【1−1】いつも通りの見慣れた見慣れない風景
「………………」
目が覚めた。
「あれ…ここは……?」
ここはどこなのか、そして僕、もしくは私、あるいは俺。確固たる自分を証明するために存在する一人称すらも判然としない。どうやら記憶を失っているようだ。
「……っ!」
突然の頭痛に思わず顔を顰めてしまう。脳裏に流れてきたのは断片的な自分という存在の記憶。
「………」
全てを思い出した『僕』は、視界に広がる風景に意識を向けた。
今まで寄りかかっていた木、辺り一面に敷き渡る薄灰色の草原、そして────
灰色の青空が広がっていた。
いつも通りの景色が、そこにはあった。
「で、ここは一体どこなんだ?」
数分後、ようやく落ち着きを取り戻した僕だったが、内心バックバクで少しでも油断したら声を上げて泣いてしまいそうになっていた。
「誰か説明とかしてくれる人は……いないか。」
当たり前だ。この異世界転移(?)された先では知り合いもいなければ人間すらも見つからず、ファンタジーにはお馴染みの獣人やエルフ、魔物だって見当たらない。
一つ気になったのは、僕の今の服装。革製の胸当て、腰に巻き付いたベルトとポーチ、そして剣
「…まるで冒険者じゃねぇか」
展開のご都合さがなろう小説でもあまり見ないレベルで思わず笑ってしまう。
とりあえず昔本屋で立ち読みしたサバイバル本の内容を思い出しながら、一歩目を踏み出そうとした。
その時、ザザッと草むらをかき分けたような音が聞こえて、その方向に振り向くとデカめの猪のような動物が3匹、獲物を狙うかのような眼光で僕を見ていた。
「さっきまでいなかったのに…」
目の前の光景に呆気に取られていると、三匹のうち一匹が僕に向かって突進してきた。
「あっ」
死ぬ、死ぬ、死んだ。
一般人の反射神経では太刀打ちできない速度で迫ってくる巨体に、僕はなす術がなかった。
それなのに、僕は笑っていた。
(やっと死ねるんだ……)
そう思うと、自然とさっきまでの焦りが嘘だったんじゃないかと思えるくらいに頭が冴えて、自分でも違和感を覚えたくなるような落ち着きを取り戻している。
だから
『ボク』は笑った。
腰の剣を初めて引き抜く。剣の刀身が3分の1ほど顕になったところで剣の輝きを抑えていた鞘がシュオンという音と共に消え、剣の姿が明らかになる。
剣は刀身が70cmほどで、これが短いのか長いのかはボクにはわからない。ただ一つわかるのはこれがボクの剣だということだけ。
(でも、それで十分)
ボクの胸に飛び掛かった獣を体を思いっきり下に下げて回避し、丸出しになった腹を引き裂く。
次の瞬間には、後方数メートル先で血溜まりを作る獣の死体があった。
そうしているうちに残りの二匹がボクを挟みこむようにして突進してきた。
片方はジャンプせずに突進し、もう片方はジャンプする。さっきのようなカウンターを許さない挟撃だった。
(あぁ、ダメかも)
そう思いながら、ボクは不思議な感覚に襲われた。
その直感を信じて、ジャンプせずに突進してきた獣だけを斬った。
いつまで経っても仕留めなかった獣が来る気配はない。
なぜならもうすでにどこからか放たれた矢によって撃ち抜かれていたから。
「今のは────」
そう思って矢の放たれた方向へ顔を向けると、何者かが接近してくるような音が聞こえた。
(マズイ!!!)
そんな直感が頭によぎった刹那、接近してきた相手が短剣の突き攻撃を仕掛けてきた。先程のイノシシとは全く違い、微細の隙も感じられない、完璧な突きだった。
(あっ駄目だ)
そう感じた時、僕はフツリと糸が切れた感覚がして────────
眼に、ズキリと痛みが走った。




