透明な少年
夕暮れのあたたかいオレンジが街に差し込む中
長い影を揺らして、坂を登る。
おい!危ねーだろ!
わりいわりぃ
次はちゃんと投げろよな!!
パシっ
元気な少年たちの、声が聞こえる
もう帰る時間ではなかろうか。
ーーあはは、あはははっ
はは、まだ帰りたくなさそうだ。
きっとみんな仲良しの友達.......いや
あの子は、違う。
真っ白い肌。向こうが透けてしまいそうなその少年は
キャッチボールをしている少年たちの向こう側、植木の陰にひとり腰掛けている。
最近、あたたかくなってきたとはいえ
あの位置では寒いのではなかろうか。
ーーぱち
少年がこちらに気づき、長いまつ毛を伏し目がちに揺らした。
その奥には真っ黒で仄暗い瞳があった。
私は何故か、その瞳から目を離すことが出来なかった。
かと言って、どうしたらいいのかもわからなかった。
足が地面に縛りつけられ、どんどんと吸い込まれていくような感覚に恐怖した。
とっさに動いたのは手だった。
手を振った。透明な少年に。
仄暗い瞳の奥が微かに揺れたのがわかった。
薄ら寒い風が吹き、私はキャッチボールをしていた少年たちの痛い視線を浴びていることに気づいた。
足は地面に埋まってなどなかった。
でも、少年は確かにそこにいた。
○
次の日、同じ時間、また同じ場所を通ってみた。
ーーあはは、あはははっ
同じ少年たちの声だ。
なんでもない振りをして、チラリと声のする方を見る。
ーーいた
今日は少しだけ、瞳が丸に近づいた。
手を振った。透明な少年に。
そしたら、ほんの僅かに少年の小さな手が揺れた気がした。
また、キャッチボール少年たちの痛い視線を感じる。
やべやべ。
でも、少年は確かにそこにいたんだ。
○
次の日も。また次の日も
同じ時間、同じ場所を通った。
そして、また彼に手を振った。
彼は少しずつ、手を振り返してくれるようになった。
キャッチボール少年たちは、いつしか私を見なくなった。
○
何回目にこうしたかわからない。
同じ時間、同じ場所を通った。
キャッチボール少年たちの笑い声が聞こえる。
今日も彼はいるだろうか。
手を振ろうとして気づく。
彼がいない。
あれ.......。
ふっと寂しくなって踵を返す。
キャッチボール少年たちの笑い声が聞こえる。
昨日のことを思い出す。
彼のことを思い出す。
同じ時間、同じ場所を通った。
西陽の影に彼はいた。
手を振った。
彼は手を振り返してくれた。
それは今までで一番穏やかなサヨナラだった気がする。
そんな都合のいい解釈で気持ちを満たしながら、私はまたオレンジの街の中
長い影を揺らして、坂をのぼった。
まだ少年たちの笑い声が聞こえる。
ーーあはは、あはははっ
ーーーさよなら、お姉ちゃん。