サンプリングホラー それはかつて「かつて茶碗蒸しと呼ばれた私」と呼ばれた男
どこかで甲高い男の奇声があがった気がした。
魂を絞り出してシャウトしているような。
かすかに読経も流れているような気もする。読経に乗せてシャウトしているような。
いまは金曜の深夜、もちろんそんなことあるはずもなく。
なにかの物音を聞き間違えたのだろう。
気のせい、気のせい。
そう流そうとしたら、インターフォンが鳴った。
誰?
こんな夜中に?
空気がいきなり密度を増したように感じる。毛穴の一つ一つに生ぬるい空気が絡んでくるような気がして、息苦しい。
沈黙のまま固まっていると、再びインターフォンが鳴った。
安アパートのこの部屋にはインターフォンにモニターなんてものはついていない。
足音を殺して玄関のドアに向かう。
玄関ドアの確認用レンズを覗くと、ドアに外にはツーブロックの若い男の姿が。
なぜか夜でろくに灯りもないのにはっきりと見えた。
若い男は口を開いた。
「お○んこぉおおおおっ!!!」
ドアがビリビリと震えるほどのシャウトだった。
え?
え?
なに?
なになの?
こんな夜中にお○んこってなんなの?
け、警察? これは警察に電話すべき?
でも、お○んこって。
それで警察来てくれるん?
そもそもまだいるの?
じっと耳を澄ます。
なにも聞こえない。
いやだけど、とってもいやだけどドアレンズを覗くとそこには夜の暗がりが見えるだけだった。
よかった。いなくなった。
なんだったんだ、あれ。
ただの変態だったんかな?
俺男でよかったわ。男でもあれ怖かったもん。女の子だったら、あれ泣いちゃうよ。
ガタっとベランダで音がした。
え?
まじ?
さっきのあれベランダにいるの? もしかして。
え?
え?
待って、待って。それはなしでしょなんでも。
ここ二階だし。
ゆっくり振り返った。
べランダの窓にはカーテンが引いてある。
外に誰かがいたとしても見えない。
見ない振りもできる。無視することもできる。
でもそれでいきなりガラス破って入って来たら怖すぎる。
武器、武器。なんか武器になるもの。
包丁くらいしかない。なんでスタンガンとかメリケンサックとかそうゆうの買っておかなかったんだよ、俺。
震える手で包丁を握り、空いている手でカーテンを開く。
その手もぶるぶる震えていた。
そこにいたのは。
白いぬいぐるみを抱えた女の子だった。
あれ?
あれあれあれ?
女の子はガラス越しに叫ぶ。
「ミ○フィィィー!!!」
え?
ミ○フィー?
なんでなんで?
「怖い、怖いんだけど」
なにか喋らないと頭がおかしくなる。
「どこの界隈の人? どこから来たの?」
ガタっと今度は天井の隅で音がする。
天井についている点検用のハッチが開いてそこからおでんの汁で煮しめたようなおっさんの顔が逆さ吊りになっていた。
おっさんは甲高い声で叫ぶ。
「おい、お前ぇ! 博士論文なにカイた?」
俺、博士だけどさ。
「は、博士とかそういうのじゃないし」
自分でも情けなくなるくらい弱々しい声が出た。
「おい、リスナーども! さっさとネろ!」
な、なんなの?
まじこの人たちどこの界隈の人なの?
ドアの外から
「お○んこぉおおおおおお!!!」
ベランダから
「ミ○フィィイイイイイー!!!」
天井から
「おい、リスナーども! 丁寧にシばいてやる!」
「こ、怖い、怖いんだけど」
消していたテレビが勝手についた。
照明は狂ったように点滅している。
テレビの画面にはなぜか菓子パンの画像が映しだされた。
そしてテレビがうなりをあげた。
「いっくぅー!」
そのシャウトですべてが反転した。
誰もいない。
音もしない。
部屋の中で動いているのは俺しかしない。
「な、なんなの? なんなの?なんなの?なんなの? 怖いんだけど」