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坊ちゃまが魔法騎士学校に入学した。

奥さん聞いてくださいよ。うちの坊ちゃまがね、魔法騎士学校の入学試験に合格したんです。凄くないですか。凄いですよね。いやもう嬉しくって昨日の晩は宿屋の皆で、お客様まで巻き込んでどんちゃん騒ぎですよ。そうそう、だから今日、市場に来たって訳なんです。いつもでしたら葉の日に来てるんですけど、昨日の飲み食いで食糧庫がすっからかんになっちゃいまして。


あ、その果物美味しそうですね。酸味が強め? 坊ちゃまが好きそうだなぁ。お客様のデザートにも良さそう。うーん、20個下さい。あと、そっちの葉物野菜と……。はい。いつも通り、うちの宿屋に配達で。え、おまけでマンゴドラの浅漬け下さるんですか。わぁ、ありがとうございます! 坊ちゃまが好きなんですよね、これ。サラダに入れると嬉しそうになさるんです。

うちの坊ちゃまが王都の魔法騎士学校に入学した。


もし私の勤め先が貴族の家なら「へー」で終わっただろう台詞だ。しかし、私の勤め先は王都の宿屋。しかも、ものすごく庶民的で普通な宿屋だ。主人と女将が気さくに相手をする、アットホームな宿と言えば聞こえは良いが、つまるところ、ちっちゃくて経営者一家と少しの使用人が総出でどうにか回している宿屋なのだ。メインの客層は、小規模な商隊や、地方から来た農民が中心の平民層。銅貨7枚で一泊朝食付き、銅貨15枚でちょっと豪華な夕飯も付く。ただし、酒代は別。綺麗なお姉ちゃんが欲しい奴は外で食ってきな。と、まあ、そういう、庶民がリーズナブルに王都で滞在できる店だ。


そんなド庶民の子供が魔法騎士学校に入学した。末代の子孫まで語り継げるレベルの偉業だ。宿屋の食材調達に行った市場で話したら「そいつはすごいね! おめでとう!」と喝采を浴び、林檎一個なり、鶏の足一本なり、おまけにクラーケンの足を付けたげようと、祝いの品をもらえるくらい凄いことなのだ。幼少のみぎりよりお世話をした私は鼻高々。そうであろう、そうであろう、凄いんだぞー、うちの坊ちゃまは、と自慢して回り、当の坊ちゃまを恥ずかしいから勘弁してくれと半泣きにした過去のある使用人。それこそが私である。


反省はしているが後悔はしていない。だって美味しかったでしょう、坊ちゃま?


市場でぶんどった、もとい、ご厚意で頂いた食材は全て坊ちゃまの胃袋に収まった。


騎士団学校付属の寄宿舎は食事が質素だと、宿舎の食堂で下働きをしている料理人に聞いたのだ。騎士は長期にわたって地方に駐在することもある。粗食に耐えるのも訓練のうちとかドン引きである。体が資本の騎士、しかも成長期の青少年に必要なのは、栄養バランスの整った美味しい食事に決まってるではないか。


美味しい必要があるかって? 馬鹿め、あるに決まっている。美味しい食事は心の栄養になり、坊ちゃまの笑顔につながる。つまり、私のモチベーションアップにつながるのである。


宿舎入学の当日まで『坊ちゃまを肥えさせよう作戦』は続いた、その後も帰省の度に実行していたが、先日作戦名がバレて怒られた。ついでに魔法騎士学校の校長に怪文書を送ったこともバレた。


別に私は、大聖堂の骨ガラ大司祭と第一騎士団の筋肉だるま騎士団長の食事が同じものだと思うか、食べるものが人間を作るのだぞ、この愚か者めが、という書簡をマイルドに匿名で届けただけなのだが。なんでも書簡を誰にも気づかれずに校長の執務机の上に置いた所業から何らかの政治的意図のある暗号文だと思われたらしい。遺憾である。もし犯人だと学校にバレたら、私が尋問を受けることになると坊ちゃまに心配されてしまった。ちょっと反省した。


どうやったんだと尋ねる坊ちゃまに、さあ、と答えたらまた怒られた。胡麻化しているのではなく、本当に知らないのである。


私は手紙を書いただけであり、校長の机に置いたのは、学校専属庭師の老人なのだから。彼の奥方と私は井戸端会議仲間で、坊ちゃまが心配だと零す私に、貴族は書簡でご子息ご令嬢に関して要望を送っているようだ、分厚い手紙を前に唸る校長をよく見るらしい、とアドバイスをくれたのだ。なるほど、モンペと頷き返したのも記憶に新しい。


話を聞いた時には気づかなかったが、よく考えたら、しれっと校長の執務室に庭師が侵入している。しかも、よく唸っている姿をみるほど、自然体な校長の姿を観察している。


彼女の夫は仕事熱心で常に学園のどこかで木や草の手入れをしているらしい。そのせいで最近、景色の一部としか認識されず、空気のように扱われると言っていた。もしや、本当に風景としか認識されず、歩く魔木とでも思われているのではないのだろうか。


坊ちゃまに推論をお伝えしたところ、心あたりのある老魔木が一本あると顔を引き攣らせていらっしゃった。随分な高齢で葉も落ち切り、若葉の気配はなく、余命いくばくとも知れない老魔木。それでも校内を徘徊しては、まだ年若い木々の世話をする仲間想いな様が学校の人々の心を打ち、どこに老魔木がいても、木々の手入れをする彼の邪魔にならぬよう、基本的に不干渉でいることが暗黙の了解となっているらしい。


坊ちゃま、その老魔木は奥様もお子さんもいて、ひ孫が両手に足らぬほどいる歴とした人間で、学校に正式雇用された庭師の一人ですよ。そう言えば、坊ちゃまは遠い目をなさり、何も聞かなかったことにする、とおっしゃった。実害が無いものを、わざわざ魔木が人間でしたと騒ぎ立てる必要もあるまい、ということらしい。


さて、話は長くなったが、その坊ちゃまが今、目の前で頭を抱えていらっしゃる。正解に言えば、お一人ではなく、ご学友だというお貴族様や大商人様のご子息ご令嬢4名様と一緒に、泊り客が出払う閑散とした時間帯の宿屋の食堂で、傷やシミのある古い木製の長机に両肘を付けて、5人仲良く頭を抱えていらっしゃる。違和感の塊である。良く言えば歴史ある、悪く言えばぼろくて古い宿屋の食堂と、よく手入れされている御髪やほつれ一つない衣装と上流階級の人間特有の整った顔立ち、恵まれた体格の騎士団候補生達。背景のミスマッチが酷い。


彼らの前に置かれた木製のマグカップに入れたお茶は、とっくの昔に冷め切ってしまっている。お友達を連れての久々のご帰宅に、私めが腕によりをかけてお入れしたというのに。ここ数日、難題を解決しようと東奔西走していた彼らの目の下のクマを心配して、睡眠作用のあるハーブを煎じたというのに、無念である。


もちろん副作用などない安心安全な一品である。


宿屋をしていると、いいからもう寝とけ、という客がよくいる。人生の大一番を前に爆睡できる人間は少ない。それぞれが人生の岐路で眠れない夜を過ごす。明日のために今日はもう寝た方が良いと分かっていても神経が高ぶって眠れないのである。


そんな彼らを、深い眠りの後の爽やかな目覚めと心地よい一日の始まりに導くのは、残念ながら予算の都合でほどほどに庶民グレードの寝台ではない。深夜になるというのにごそごそと物音のする部屋にノック3回と共に届けられる、当宿屋からのサービスのお茶なのである。ポットから注ぎたての温かいお茶をふうふうと冷まして啜るうちに下がる瞼、微笑む従業員、おやすみなさいという従業員の挨拶を合図に、ふらふらと寝台に横になり、気づけば翌朝となっている。


ちなみに、前日の晩の記憶はノック3回辺りからほとんど無いらしい。なんで記憶が飛ぶかは、市場でハーブを扱うエルフにも分からないそうだ。悪用する人間には売らないから大丈夫、と笑っていたが、それでいいのだろうか。


さて、そんな強制終了ハーブを煎じたくもなる顔色のお坊ちゃまは、なんでも、夏季休暇中に出された課題が一つ、どうしても解けないらしい。言語学の授業は卒業に必修の単位である。その取得には全ての課題に合格しなくてはならない。そして、そんな学生泣かせな課題の締め切りは明日。現在時刻は13時ちょっと過ぎ。解決策は糸口すら掴めていない。端的に言ってやべぇ状況である。


自慢ではないが、いや、正直に言えば全世界に自慢したいが、うちの坊ちゃまは秀才であり、天才である。正真正銘、努力の大天才だ。ド庶民ながら、生まれつき豊富な魔力量に驕ることなく、下町の教会の門を叩き、老神父と彼が有する乏しい書物から読み書きや基礎教育を学び、日々の地道な訓練で魔力制御を貴族並みにできるようになり、自警団出身の使用人に剣術指南を受けて、宿屋の客から他国や魔獣に関する知識を蓄えてと、とても人生一周目とは思えない聡明さと勤勉さで魔法騎士の夢に向かって一心に努力してきた。


その、俯仰不屈の精神を持つ坊ちゃまが、為すすべがないと頭を抱えている。そんな課題がこの世にあるのか。あってもいいのか。というか、坊ちゃまが解けないって、今期の学生は全員不合格で留年決定なのでは。


先生が課題の難易度設定を間違えたのでは、と坊ちゃまに進言したが、力なく頭を振られた。本来であれば、解決可能な課題であるらしい。


この課題は5人1組のグループごとに与えられて、全員で協力して解決することが求められるそうだ。坊ちゃまのグループの課題は、教師が渡した手紙への返事を手に入れることだった。


魔法騎士学校の最終学年生への夏季課題だ。勿論ただの手紙ではない、隣国のそのまたずーっと向こうにある魔術国家における昔からの伝統に則った書簡に対する返答なのだ。言語も、文法も、そもそも開封の方法すら、並みの人間には分からない代物だ。そんなものを、正しく封を開け、読み解き、返事を書ける人間がこの国に何人いるのか。例えるならば、現代のイギリスにおける、日本の平安時代の巻物に書かれた書状を正しく読み解き、作法に則った返答のできる人間の数を尋ねるようなものだ。


私が今いる、この国におけるその人数は、二人だ。そう、課題を出した言語マニアと名高い教師以外には、たった一人、外務大臣の第三秘書だけが、曾祖母がその国の出身で、代々その国の文化風習言語を学び、かの国とこの国の橋渡しをしてきた人物だけが、この手紙の返事を書くことができた。


一人は少なすぎるって? 仕方がないだろう。辺境の小国でしか使われていないドマイナー言語の、しかも当の国ですら古語に該当する、現代ではもはやその国の王侯貴族と専門の学者だけが使う、化石みたいな文章だ。読める人間が言語の変態と呼ばれる教師以外に一人でもいるとか、逆に流石大陸有数の大国だといえる。


さて、そんな貴重な知識を有する第三秘書は今どこにいるか。

当の辺境の小国家に絶賛出張中なのである。丁度、坊ちゃまが課題を受け取った一週間後に出発し、帰ってくるのは夏季休暇が終わった後、つまりは課題の締め切り後なのである。例え今から竜便運送で手紙を送っても、距離と間にある魔獣生息地の規模から考えて、返事が返ってくるのは一か月後である。夏季休暇は今日まで。詰んでいる。


先生も鬼ではない。解けない課題を出したりはしないのだ。本来は、課題グループ全員が力を合わせれば第三秘書に会って、相応の対価を払い、手紙の返事を書いてもらうことが可能であった。

具体的に言うと貴族の子供が有する貴族的コネクションによるアポイントメントと、大商人の子供が有する商業的ルートによる貢物と、それらを求める上で大活躍する我らが坊ちゃまの有する平民的口コミ力、つまりは第三秘書の周りにいる使用人の更に下働き達により提供される情報、第三秘書の身長体重趣味特技食事の好みに性的嗜好、昨日の行動歴に明日の行動予測を含めた詳細情報である。


ところがどっこい、坊ちゃまたちが、手紙の言語を解析し、誰に依頼をすべきかを含めた情報のすり合わせと役割分担を定め、第三秘書に会うためのアポイントメントを取ろうとした、その日に、当の第三秘書が例の小国家に旅立ってしまったのだ。


仕方のないことだった。何かが悪かったというならば運が悪かった。その一言に尽きる。かの国の国王夫妻に待望の第一子が生まれたのだ。これ以上ない慶事に、外交官たる第三秘書が祝いの品と書簡を届けに向かったのは当然のことであった。ついでに、普段から交流のある曾祖母の実家でバカンスを過ごしてくることにしたのも、自然な流れであった。第三秘書は、課題の存在すら知らずに旅立ったのだ。協力を得られなかったことを怒る方が理不尽というものであろう。


一応、教師に事情を話し、別の課題を出し直してもらう特例措置を取れないかと申し入れたが、運も実力のうちと断られたそうだ。

大変哀れみに満ちた眼差しで来年頑張りなさいと言われたらしい。実質の留年宣告である。


個人的には、特定の他者の協力が必須ならば事前に根回しぐらいしておけよ、それなら第三秘書も何らかの配慮をしてくれたかもしれないのに、と思わなくもない。実は第三秘書は、坊ちゃまの課題仲間である貴族令嬢の姉上の知人の恋人で、貴族令息の伯父の嫁の従妹なのである。顔見知りの親族二人が留年の危機なのだ。ちょっとは憐れんで出発前に手紙の返事の一枚や二枚を書く時間を作ってもらえたかもしれない。


しかし、課題の内容は教師の自由裁量に任せられている。ド庶民の使用人に口出しできることではない。


―――だから。


私は、俯く坊ちゃまの頭を見下ろした。色だけなら姉弟のようだと言われたこともある紫紺色の髪に隠されて表情は見えない。でも、知っている。きっと、その下にある澄んだ紫色の瞳は、どうにか方法がないか、ギラギラと輝いて思考を巡らせているに違いない。だって、坊ちゃまは挫けない。


―――そう、あの時も。


檻の中。ただ売られるのを待っていた私に、まだほんの子供だった彼は吠えたのだ。諦めるな、絶対に一緒に助かるぞ、と。


生まれながらに大貴族並みの魔力を持ち、それを知った良からぬ輩に攫われて売られそうになっている子供が、変わった毛並みの奴隷として檻の片隅で震える私を励ましてくれた。あの時に、紫の瞳に宿っていた強い光を今でも覚えている。私を照らしてくれた明るい光を。


―――だから、私はここにいる。


違法な人身売買を取り締まる第7騎士団に救い出された後、彼と彼の両親に希ったのだ。恩を返させてほしい、と。この身一つ以外何も持たぬ私ではあるが、下女でも何でも構わない、どうか坊ちゃまのお役に立たせてくださいませ、と懇願した。そんな不審極まりない少女の何を気に入ったのか、宿屋の若夫婦は、私を使用人見習いとして雇って下さった。


鶴のように(はた)は織れないけれど、でもね、坊ちゃま。私に恩を返させて下さいませ。


*****


「『異世界特典言語チート』ってご存じですか。坊ちゃま」


それまで影のように控えていた使用人女性が突然放った、聞いたこともない言葉に私たちは目を瞬かせた。


来客へのお茶を出す時ですら、使用人は口を利いてはならない。彼らと我々は住む世界が違うのだから。その儀礼に則り、口を閉じていた彼女が唐突にしゃべりだしたのだ。何事か、と彼女の主人である同期を見やれば、当人も困惑したように紫の瞳を揺らして彼女を見ているだけだった。


「私の祖国における言葉で、『人生に一度起きるか起きないかの不幸に見舞われる代わりに、言語に関する能力がずば抜けて高い』という意味でございます。」


言語に関する能力。………まさか!


思い至り、椅子から立ち上がった我々に、彼女は片膝をついて(こうべ)を垂れた。否、(かしず)いたのだ、彼女の主人に。


「坊ちゃま、私に恩を返させて下さいませ」


続けて何か言おうとした彼女を、いい加減坊ちゃまはやめろ、と同期が語気荒く遮った。彼は、慌てて彼女に駆け寄り、跪くと、怒ったように早口でまくしたて始めた。


「おま、お前ぇぇ! 『人生に一度起きるか起きないかの不幸』ってなんだ。今度は何をやらかしたんだ。というか、これからか? これから何か起こす気なのかっ。俺は許さないからな。お前が不幸になったら何の意味もないんだからな! 何のために魔法騎士を目指していると思っているんだ。あの時に言っただろうがっ。俺が主人になったからには、お前とお前が大事に思ってるものもひっくるめて全部守ってやるって。その、守りたいお前が厄介事に頭から突っ込んでく後姿を何度見させられれば済むんだ。頼むから、黙って暴走するのは止めてくれ。せめて先に相談しろ。………それで、その不幸ってのはどうやったら回避できる。どういうものなんだ!」


ガクガクと肩を揺さぶられている使用人は、不幸でしたら坊ちゃまがもう(はら)ってくださいましたよ、と微笑んだ。同期が「いつの間にっ!」と叫ぶのを見やりながら、私は遠い目をした。他の奴らも似たようなものだった。


同期の彼は、庶民だと侮られようが馬鹿にされようが笑って流す度量の大きさを持ち、王族貴族といった上流階級とも卒なく付き合い、どのような課題も顔色一つ変えず熟し、教師陣から高い評価と信頼を得て同期の憧れの的となっている、いっそ人間味がないほど完璧な魔法騎士候補生だった。そう、この瞬間までは。


それがどうだ。自分の胸ぐらいまでの背丈の、小柄な女性に取りすがり、真っ青な顔で彼女を心配している青年は、まるで別人のようではないか。―――とても平凡な、大事な相手を心配する、ただの人間に見えた。


どう声を掛けたものかと悩みながら、悪くない課題だったかもしれないと、頭の片隅で思った。


正直に言えば、課題グループにこの男がいると知ったときは外れくじを引いたと思ったのだ。案の定、優秀な彼がいるからと、他とは比べ物にならない難易度の課題を押し付けられた。それでも言語を特定して依頼するべき人物と方法をグループをまとめながら見つけた彼はさすがとしか言いようがなかった。


課題の言語と相手を知っておもいっきり脱力したが。


あの言語マニア教師のやつ、自分自身が文献しか有しておらず、実際に使う人的コネクションを持ってない東方の古代言語の使い手と知り合うための口実に、生徒を使いやがった。君たち優秀な候補生ならば問題ないだろうと思ったのだが、今回は運が悪かったね、と同期の彼を見ながらしれっと言う教師に、思わず額に青筋を浮かべた。そんな教師相手にも、そうですか、では提出期限まで努力してみます、と淡々と返す同期に、こいつに人間的な感情はないのではないのだろうかと思ってしまったのも記憶に新しい。


他の連中はどうだか知らないが、私は、コイツが苦手だった。何をするにも卒のない彼を見ていると、私には血筋以外に誇るものがあるのか、と囁く声が聞こえる気がした。この課題も、必要最低限の関わりで済まそうと思っていた。だが。


「あー、そのぐらいにしておけ。それで、その、『ゲンゴチート』とやらで、我々の課題の手紙に返信を書くことはできるのか」


そんなことより不幸の詳細をっ、と騒ぐ同期をあしらいながら、こいつとは長い付き合いになりそうだと、そんな予感がした。

陰キャ商人娘は戦慄した。課題グループの発表時以来の驚愕度だった。


上流階級トップクラス二人組と学園一のエリート様、王都随一の商人さん宅の三男坊のグループに、何故、下の中をキープしてきた平凡なモブキャラを突っ込もうと思ったのか。嫉妬した学生に絡まれるかと思いきや、逆に優しく気遣われた。同情したくなるほど真っ青で、今にも倒れそうだったらしい。


個性で殴り合っている煌びやかなメンツに囲まれて、気疲れから窶れた様子に、絶対にその立ち位置にはいたくないと強く思った。そう友人に評された私は、今日も今日とて空気になって、エリート様の実家である宿屋にいたのだが。


―――これ、聖月葉を煎じた、強力な入眠剤じゃん!


北方エルフの秘伝薬がなんでこんな宿屋に。 え、これ、万が一、貴族令嬢ちゃんとかが飲んで倒れて記憶飛ばしてたら、やばくない!? お貴族様に一服盛ったとか罪に問われるんじゃ。


貴族組とエリート君は分かってないっぽいな。まぁそうか。一般人が知るはずもない薬草だもんな。


商人息子は………あ、気づいている。気づいて茶器をガン見して、エリート君を二度見した。そうだよね。意図がまったく謎だよね。


でもこれ、主人のエリート君の指示じゃないと思うよ。多分、そこにいる古馴染みの猪突猛進娘が相も変わらずの自己完結と暴走癖で、ちょっとお休みなられたら程度の気持ちで出したんだろうなぁ。


ああどうか、誰もお茶を飲みませんように!

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