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平山明神山殺人事件  作者: iris Gabe
出題編
6/10

6.第三の容疑者

「小和田桜子がいなくなった日のことですか。めんどうくさいなあ。まあ、一人死んじまったから仕方ないか。あのお、それで俺が容疑者の一人ってことっすか?」

 佐久間阿智夢は、茶色の髪を短く刈り上げた背の高い青年で、無遠慮な軽口を叩く言葉遣いから、自由奔放、勝手気ままな性格の持ち主であろう、と容易に推測できた。

「いえ、警察ではあくまでも事故と認識しておりますが、一応、手続きの一環としてお話を伺いたいということです」

「そうすか。ああ、良かった。いやねえ、小和田さんが亡くなったことは本当に残念だと思ってますよ。あんな所に行かなきゃ良かったと、今では後悔しているくらいですからね」

 佐久間はいくぶん落ち着きを取り戻した様子であった。

「あの日はですね、俺の車で出かけました。大神田集落の登山口に着いたのは、たしか、十二時よりもちょっと前だったと思います。高速道路を降りてからがかなりありましてね。いやあ、俺は二十分くらいで現地に着くものと思ってたけど、延々と一時間もかかっちまいまして、しかも、どれもこれもが狭っちい道路ばっかで、正直、車をこすったら誰に責任を取ってもらおうか、なんてひそかに考え事をしながら運転していましたよ。はははっ。

 それでも、現地の集落に着いてからが急傾斜の道路が続きまして、ありゃ最悪でしたね」

 ここで佐久間は心底疲れたようなため息を入れた。

「千代子ですか。今年のはじめに彼女の大学の研究室とうちの研究室とで懇親会がありまして、そこで知り合いました。ええ、仲は今でもうまく行ってますよ」

「平山明神山は危険な山だとうかがいましたが、山登りは大変でしたか?」

 千田がさりげなく切り出した。

「そうですね。俺は山登りなんかしたことなかったけど、まあいっちゃなんだけど、たいした山じゃなかったっすね。その平山なんとかって山は。頂上までとくに何があるわけでもなし。ただ、千代子だけがとにかく亀のようにのろくってねえ」

「そうですか。それで、頂上へ着いたのはいつでしたか?」

 千田がうんうんとうながすように相槌を打った。

「頂上へ着いた時刻ですか。ええと、登ってから一時間半は余裕で経っていたような気がするなあ。細かい時刻は覚えてません。それに、あの山は千メートルしかないから、山頂に行ったって、それなりに暑いんですよ。正直、そいつにはほとほとまいっちまいましたね。それから、俺と千代子は頂上へまっすぐ行きましたけど、高遠とやつの彼女は、西の覗きへちゃっかり回り道をして、二人切りになって、しばらくなんかいちゃいちゃしていたみたいっすよ」

 佐久間がテンポよく説明を続けた。

「その日ですが、ほかに登山客はいなかったですか?」

「そうっすね。俺たち以外には、頂上には、誰もいなかったですね。でも、下山をしている時に、老人夫婦と出会いまして、いっしょに登山口まで降りました。小和田が行方不明になっていることを成り行きで説明したら、それはなにか事故があるといけないよ、必要とあれば警察に証言もするから、その時は連絡をしなさいと、ご丁寧に名刺までもらいましたよ」

「その名刺は今でもお持ちですか」

「ああ、持ってきましょう」

 そういって、佐久間阿智夢は部屋の中へ引っ込むと、名刺を一枚持ってきて、千田に手渡した。そこには、TYサービス代表、大田切おおたぎりはじめ、と書かれてあって、連絡先の電話番号も記載されていた。千田は記載事項のメモを済ますと、名刺を佐久間に返した。

「頂上での行動を、もう少し詳しくお話しください」

「ええと、何をしゃべればいいんすか?」

「それでは、二人切りでいちゃいちゃしていた高遠君と小和田さんは、そのあと何をしましたかね?」

「さあね、そんなこと。俺がその場に居合わせなかったんだから、分かるわけねえじゃんかよ!」

 逆撫でをするような千田の質問に、佐久間はむっとしたのか、一瞬、言葉が乱暴になった。

「そのあと、二人には会わなかったってことですか?」

「いや。いったんは四人で顔を合わせましたよ。それから小和田と千代子がなぜか女同士で東の覗きを見に行きたいといい出して、やがて二人はいなくなりました」

 バケツの水に放り込まれた熱した鉄球のように、佐久間の言葉遣いは、瞬時に穏やかになっていた。

「それはどこで起こったお話ですか?」

「うーん、なんていったらいいんだろう。その、西の覗きと東の覗きの分かれ道ですね」

「分岐地点にT字で行き先が記された標識がありませんでしたか?」

「ああ、ありました、ありましたよ。かなりボロっちい標識がね」

「その時の時刻を正確に思い出せませんかねえ?」

「そうですねえ。刑事さん。俺、あんまり時間は気にしないタイプなんで、細かいことは覚えていません」

「そうですか。じゃあ、先ほどのあなたからのお話では、頂上へ着いた時刻は一時半を余裕で過ぎていた、ということでしたけど、高遠君たちと別れて、あなたと飯田さんが頂上付近を散策していた時間は、だいたいどのくらいでしたか?」

 千田は具体的な質問に切り替えた。

「高遠と別れてからは、まず頂上に登って、付近を探検してたら、奥にちゃっちいほこらがありましてね。でも、そこからの眺めはめっちゃすごかったっす。そのあとで高遠たちと合流しましたけど、まあトータルで三十分くらいかかっていたんじゃないかな」

「ということは、小和田さんと飯田さんの二人が東の覗きへ向かった時刻は、二時から二時半の間とみてよろしいでしょうか?」

 千田が、時刻を絞り込むように、佐久間に確認をうながした。

「そうっすね。だいたいそのくらいでいいと思います」

 さほど考えていない感じで、佐久間は軽く同意した。

「女性二人が立ち去ってから、あなたはどうしましたか?」

「俺っすか。さあ、なにしてたっけな? ああ、西の覗きを見ていたような気がします」

「高遠君とご一緒に?」

「まさか……。あいつと一緒にいたくねえから、俺はあえて西の覗きに逃げたんですよ。そしたら、あいつ、どこかに消えちまいましたね」

「あなたは西の覗きにどのくらい居ましたか?」

「それも多分、三十分くらいじゃないかな。まあ、だいたいっすけどね」

「その間、おひとりで」

「そりゃ、そうですよ。千代子も小和田も高遠も、別の場所にいっちまったと、さっき説明したじゃないですか?」

 千田の質問がまわりくどかったのか、佐久間が再度ブチ切れた。

「それから、どうされました?」

「標識の場所へ戻ると、千代子がいて、小和田さんを見なかったか、と訊ねてきたから、見ていねえよ、と答えました。なんでも、東の覗きに一緒に行ったくせに、小和田がすぐに居なくなっちまったそうですよ」

「小和田さんはどこへいってしまったのでしょうね」

「さあね。俺がいた西の覗きには姿を見せなかったし、頂上へでも行ったのかな?」

「その時に小和田さんを探さなかったんですか?」

「いや、さすがにその時は、千代子といっしょにいたはずの小和田が、こっそりいなくなっているなんて、俺に分かるはずもないですしね。あとになって、千代子が困り果てて立ち尽くしていたから、ようやく事態がのみ込めたわけですよ。

 ちょっと探してみようか、と千代子と相談していた時に、タイミングよく、高遠が飄飄とした顔で戻ってきました。小和田がいなくなったことを告げたら、自分は小和田を見てはいない、と呑気な答えが返ってきました。

 それから、高遠と一緒に頂上付近も調べましたが、小和田は見つかりません。つまり、小和田は我々の眼前から煙のごとくものの見事に消え失せてしまった、というわけです」

「どこにもいなかったとはっきり断言できるのですか?」

 千田が首を傾げた。

「だって、そうじゃないですか。あそこから行くことができる場所は、西の覗き、東の覗き、頂上と下山方向の、四カ所しかないんですよ。そのうち、東の覗きには千代子がいて、西の覗きには俺がいた。下山する道には高遠がいたわけで、それらに見つからずに隠れていられる場所はといえば、すなわち、それは頂上しかありません。

 でも、その頂上にも小和田の姿がなかったのです。つまり、どこにもいなかった、と結論付けられますよね。刑事さん、もう少し頭を使ってくださいよ……」

 佐久間は得意げにまくしたてるに合わせて、千田が申し訳なさそうに肩をすぼめたから、うしろで控えていた恭助が苦笑いをした。千田が取っている言動は、むろん、佐久間にいろいろ物をしゃべらせるための迫真の演技というわけだ。

「そのあと、下山をされましたか?」

「いや、その前にナイフリッジへ行きました。大きな岩の馬の背が登山道となっていまして、まず俺が試しに登ってみましたよ。けど、あそこはかなりやばかったっすね。途中で怖くなって先へ進めなくなりました。どうにか、冷静さを取り戻して下まで降りることができましたけど、あそこを高所恐怖症の小和田桜子さんが登るなんて、まあ、あり得ないと、俺は強く保証しますよ」

「その時、崖下に小和田さんの姿はありませんでしたか?」

「まさか……。

 そういえば、高遠が、俺のあとに大岩へ登って下をのぞきましたが、やっこさんがいうには、下には何も見えなかったらしいですよ」

「でも、翌朝になって、捜索隊が小和田桜子さんの遺体を発見したのが、その大岩の崖下でしたよね」

 千田がさりげなく付け足した。

「ええっ、そうなんすか。小和田の遺体は、あのナイフリッジの下で見つかったんすか?」

 佐久間が驚きの表情を見せた。どうやら、遺体の発見場所を知らなかったらしい。

「そうです。だから、あらためてうかがいたいのです。あなたたちがナイフリッジに訪れた時に、小和田さんの痕跡は崖下にはなかったのですね」

 千田が再度確認をうながした。

「刑事さん。本音をいうとね、俺は怖かったから、あの大岩の崖下は見てません。でも、高遠が、何もなかった、と断言したからには、そういうことで話は落ち着きませんか?」

 佐久間が投げやりに返した。

「分かりました。それから下山をされたのですね」

「はい。ただ、高遠のやろうが、一人でナイフリッジの向こうへ行って、そちらのルートから降りると、妙な主張をしましてね。仕方ないから、俺と千代子だけで大神田登山口に戻りましたよ」

「高遠さんと別れた時刻は思い出せませんか?」

「ああ、それなら、千代子が時計を見て、時刻は三時二十分だ、といっていた気がする。そうです、刑事さん。今、思い出しましたよ」

「そうですか。下山の最中に特になにかありませんでしたか」

「そうですね。途中でいくつか分かれ道がありましたけど、全部いちいち調べながら降りましたよ。万が一にも、そこに小和田がいるかもしれませんからね。

 それから、途中で一回高遠へ電話しましたけど、その時、やっこさんはスマホの電源を切っていて、つながりませんでしたね」

「高遠さんはどうしてスマホを切っていたのですかね?」

「さあね。さすがの俺でも、やつの気持ちまでは読めませんよ」

「それからどうされました」

「あとは、例の老夫婦と出会って、いっしょに下山しました。そのあと、和市登山口まで車ですぐなんですけど、車で移動をして、そこで高遠と合流しました。

 それから、警察へ連絡して、しばらくその場に居残って、やって来た警察官から事情聴取を受けたから、すっかり遅くなってしまいましてね。互いに夕食を食べる元気もなく、千代子と高遠を家に帰して、俺が最後に帰宅したのは、夜中の十時過ぎでしたよ。いやあ、心底まいりましたね」

「そうですか。大変な一日でしたね」

「でも、もしもですよ。小和田桜子の死が、事故や自殺じゃないってことだったら、刑事さん、俺たち三人の中に犯人がいるってことになりゃあしませんか。そいつはちょっと洒落にならんっすねえ」

 そういってから、佐久間阿智夢は不敵な笑みを口元に浮かべた。


 佐久間の家の玄関を出たところにある車庫に、くれないのデミオが駐車してあった。

「ふーん、これが坊やご自慢のお車か。どうせ、親にせびって買ってもらったんだろうけどさ」

 口をすぼめながら、恭助が愚痴をこぼした。

「あれれ、ちょっと、千田ちゃん。こっちへ来てよ」

 急に恭助が千田を呼び止めた。

「恭助さん、なんでしょうか」

「ほら、これ見て何か思わない?」

「ふむ、なるほど……」

 恭助と千田は、佐久間の車が有する、とある特徴を目にして、互いに顔を突き合わせた。


挿絵(By みてみん)


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