8話 関所事変 フェーズ2
「火炎龍……普段は親子や雄単独で山深い場所に住んでいる。
こちらから攻撃を仕掛けない限りは、大人しく温厚なドラゴン種だ。
ただ、仲間が被害を受けたときには温厚な性格が一変し、恐ろしい存在へと変わる。
太古の文献には、我が子を奪われた報復として幾つもの国が滅ぼされたと記録にある。
火炎名の付くとおり、炎のブレスを得意とする種族だ。
この火炎は一週間も消えることなく燃え続け、全てを灰塵へと化す」
お……おう。
説明どうもありがとう、リョウマ。
さすがドラゴンヲタク、略して『ドラヲタ』だ。
このドラゴン達が集まった理由が分かったわ。
降り立った真っ赤なドラゴンの視線が、火炎龍の幼体を積んだ荷馬車へと向けられている。
「ねえ、リョウマ。ドラゴンって人の言葉って分かるのかな?」
「……数万年も生きた種なら人語も話せると聞く。だが、火炎龍の寿命はせいぜい千年ほどだ。こちらの言葉を理解できても、向こうは話すことは出来ない」
ふむ……一方的ではあるけれど、わたしの言葉は理解できるのね。
なら話は早い。
「どこへ行く?」
「うん? えっと、ちょっとドラゴンと交渉しにね」
「……そうか」
「あの。普通ならこう言う場合止めるんじゃ無いの?」
「お前を信じてる。だから止めはしない」
「へぇ〜わたしのこと信じてくれてるんだ」
「ああ、信じている。ただしドラゴン関連に対してのみだ」
「ドラゴン関連だけ? あっそう……まあ、いいわ。じゃ行ってきます」
それってあんまり信頼が無いなぁ。
でもまあドラゴンに対しては信頼してくれてるみたいだし。
ここは任せて貰いましょうか。
わたしは真っ赤なドラゴンの足元まで近づき、出来るだけ大声で話しかけた。
普通に話しかけただけじゃドラゴンには聞こえそうも無いしね。
「ねえ! 聞こえてると思うから一方的に話かけるわよ!」
「……」
「火炎龍さんだっけ? わたしが必ずあそこに居る幼体を連れ戻してくるから、砦に攻撃するのを辞めてくれないかしら!」
「……」
反応がない。
本当にわたしの言葉を理解できているの?
「え〜っとお、火炎龍さあん? 何か反応しめて欲しいんですけどお〜……人間の言葉、分かります?」
「聞こえている、人間」
ってええ、喋った!?
火炎龍は話さないとか言ってなかった?
聞いてた話と違うぞ!?
……でもまあ、話ができるなら交渉しやすいから嬉しい誤算ってやつね、これは。
「ねえ、さっきの話なんだけれど――」
「ならんっ!!」
火炎龍が吠えた。
なんつー威圧感よ。
肌がビリビリとして逆立つ。
森であったドラゴンなんて比にならないくらいの威圧感。
だからと言ってここで怯むわけにもいかないわ。
「ちょっと落ち着いてくれないかしら。わたしが幼体を連れ戻してくるからさ。ね?」
「人間の話など聞くつもりは無い。そうそうに我が眷属を返して貰おう」
「だーかーらー! わたしが取り戻すから、そんな怒らないでよ、火炎龍さん」
「そして我は火炎龍ではない! 我はこの世界を守護する五大龍の一角、赤龍! 矮小な存在である人間の話など聞く耳ないわっ!」
「えっと、そんなに偉いならわたしの話を聞いてくれてもいいんじゃ〜……」
「ならん! 貴様ら人間が我が眷属を奪った大罪は、己ら自身で償ってもらうわっ!」
うわあ……めちゃくちゃ怒ってるじゃないの。
あの隊商、何やってくれてんのよぉって……
ここは早く隊商からドラゴンの子供を返して貰った方が良さそうね。
「あれ、いない!? さっきまで後ろに居たはずなもに……あ」
火炎龍の子供を載せた馬車だけが、この混乱に乗じて逃げ出そうとしてる。
自分達が巻いた種を知らんぷりして逃げようとは、いい根性してるじゃない。
「ちょっと待ってなさいよ、ドラゴン!」
「ぬぅ……?」
ドラゴンとリョウマをその場に残して、わたしは走り出した。
全速力で走る馬車を逃がさないためにだ。
二頭の馬に引かれ疾走する馬車。
疾走する馬車に追いついたわたしは、その前に飛び出した。
わたしが前に来たって止ま気配なんか微塵も感じない。
馬車を運転する奴が馬に鞭を打って速度を上げている。
「邪魔だ! 退かねえなら引かれて死んでしまいなっ!」
『死にたく無いならそこを退け』じゃなくて、『死ね』ですか。
はあ〜……仕方がないわね。
「いいから止まりなさいっ!」
疾走する二頭の馬に、わたしは本気の殺気を当てた。
わたしの殺気に恐怖したんだろう。
馬は前足を高く掲げ、馬が嘶いた。
「なっ!?」
馬車に乗ってたおじさんが目を丸くしている。
まあ普通は驚くわよね。
馬が何の前触れもなく止まるんだから。
「ごめんね。あんた達は何も悪くないのに」
落ち着かせるように、わたしは馬の頭を撫でてあげた。
鼻息を荒げてた二頭の馬も徐々に落ち着いてきたみたい。
懐っこくわたしに頭を擦り付けてる。
「おい、小娘っ! 何をした?」
「ふっ。別に何もしてないわよ」
「貴様……ふざけてなんかあ?」
「ふざけてなんか無いわよ。それよりも、そこの檻に入れたドラゴン返して貰うわよ」
馬上にいるおじさん。
顔を真っ赤にして、額に青筋まで立てちゃってから。
怒り心頭って奴なのかしらね。
どうやら他のお仲間も追いついてきたみたい。
怖い顔を並べてるけれど、女の子に向けるような顔じゃあないわよ。
「ドラゴンを返して貰う? はっ! 餓鬼の冗談に付き合ってやるほど暇じゃあねえんだよ!」
「こっちも冗談なんかじゃないのよ! この状況がどう言う状況か分からないあんた達じゃないでしょ!」
「知らんなぁ。こんなところがどうなろうと、俺たちの知ったことじゃあねえよ」
「なんですって? 仮にここにいる人達が死んでも知らないって言うの?」
「ああ、知らねえ。ここにいる連中より、このドラゴンの方が大事なんだよ」
他の人達の命はどうでも良いってこと?
なんて最悪な連中。
仕方がないわね。
ま、元々話し合いなんて無理だと思ったいたけれどね。
「そうよね。じゃあ、ここは腕尽くでもって奴で。さあかかってらっしゃいな」
数人の雄叫びが上がる。
十人のおじさん達が一斉に飛びかかってきた。
けれど、わたしの相手じゃあない。
素早く十人の顎先に拳を叩き込んで、脳に衝撃を与えて揺さぶる。
遅いかかってきた連中はバタバタと次々と倒れてしまった。
やっぱり相手にすらならなかったみたい。
魔女の森にいた盗賊団より弱いんじゃないかしら。
さてとこっちは片付いた。
「――あとは」
「ひぃ!?」
「失礼ね。わたしを見て悲鳴を上げないでくださるかしら、お・じ・さ・ま!」
荷馬車の影に隠れて怯えている、数人の商人さん達。
わたしを化け物でも見るような瞳をしてるんだけれど。
いったいどう言うつもりなのかしら。
「ま、いっか。それよりも檻にいるドラゴンの幼体を返してくれないかしら? この状況を収めるにはそれしか無いと思うのだけれど……ダメ?」
「ひぃいいい!? い、命だけはお助けをお!」
全力のお嬢様スマイルを振りまいたのだけれどね。
どうして泣きながら命乞いしてるのかしら?
失礼極まり無いとはこのことだ。
命だけは〜って泣きながら商人の一人が、檻の鍵を開けてくれた。
無事、ドラゴンの幼体を奪還することができたのだけれど……ちょっとこれどうなってんの!?
さっきまで小さいドラゴンだったのに、今はなんか人間の子供みたいになってる。
まあ、完全に人間ってわけじゃない。
頭にはドラゴンっぽい角が二本生えてるし、背中には小さい翼。
お尻あたりには短い尻尾がある。
「えっ? えっとぉ……」
「ドラゴンの上位種である成体の火炎龍には天敵がいない」
いつの間にかリョウマが、わたしの背後にいた。
相変わらず気配を感じさせないわ、この人は。
「だが、幼体は弱く常に天敵に襲われてもおかしく無い環境にいる。
幼体は天敵の幼体へと擬態する。そうすれば天敵から襲われないと、生存本能で理解しているんだ」
「へえ……って、ちょっと待ってよ。じゃあ、この子達を拐った連中もこれ見て拐ったってこと!?」
「そう言うことになる。こいつ等は愛玩動物、幼児趣味がある貴族や金持ちに売られると、昔の記録にもあるくらいだ」
「……最低最悪ね」
わたしがぶっ倒した連中もこの商人達も軽蔑する。
どの世界にもこんな趣味の連中がいると言うことを、わたしは痛感した。
「もう、大丈夫だからね。全部の人間が悪いわけじゃないのよ」
わたしは出来る限り優しく微笑んで、一匹の幼体を抱きしめた。
言葉は通じてはないと思うけど、気持ちは伝わるはずだからね。
ほんのりとした体温を感じる。
人間みたいな感触にちょっと戸惑うな。
足元にいる二匹の幼体が、じぃっとわたしの顔を見上げている。
抱き上げて欲しい、と言わんばかりの潤んだ瞳でだ。
「……えーっとぉ。はい、お父タマも抱っこしてあげてねぇ」
「……誰がお父タマだ?」
「はいはい、もっと笑って笑って。この子達が怖がるじゃないのよ、お父タマ」
渋々、幼体を抱き上げるリョウマの姿。
仏頂面のままだし、すごく似合ってないのよね、これ。
――うおっほん!
頭上から鼓膜が破れそうなくらい大きな咳払いがした。
見上げた先には困ったような表情の赤龍がいる。
律儀に待っててくれたの?
意外にいい龍なのかも知れないわね。
「はい。約束どおり火炎龍の子供を奪還してあげたわ。だからあなたもこの砦を攻撃するのを辞めて欲しいのだけれど?」
「……」
っと、また沈黙か。
リョウマの話じゃ、このドラゴン達は仲間想いだから、許してくれる可能性が低いのかも。
うん、もし仕掛けてきたら倒そう。
リョウマと二人ならなんとかなりそうな気もする。
アイコンタクトをリョウマ送った。
リョウマもその気になってるみたいだ。
わたしとリョウマは、いつでも戦えるように臨戦態勢に入った。
「え? は、はい!?」
驚くわたし達の前に、飛んでいたドラゴン達が一匹また一匹と地上に降りてくる。
この世界を守護する一角と自ら名乗った赤龍は、地面に伏し頭を垂れているし。
何、いったいどう言うことが起きてるの、今の状況は!?
「まさか貴方様がこの現世に降臨され、此処ような場所でお会いできるとは想いもしませんでした」
「えーっと……はい? あなたなんか知らないんですけど、わたし……」
「……なるほど。貴方様は今は人間として、その存在を偽っていると言うことですか」
「……あのお〜?」
「ふむ、分かりました。ならばこの赤龍、このことは秘密であり決して他の龍共に漏らしは致しません」
なんのことを言ってるのか、まっったく理解できない。
なんか誰かと間違えているんじゃないの、このドラゴンは?
「あのねえ。あなた、いったい誰と間違えて――」
「さあ、これをお受け取りください」
「え? いやだからね、人の話を聞いてって……何これ? 鱗?」
赤龍が渡してくれたのは、キラキラと光る真っ赤な自分の身体から抜いた鱗。
「もし何かあれば、これに魔力を込めて我の名をお呼びください。いつ如何なるときでも直ぐに駆けつける所存でございます」
「だからね。ちょっと!」
「はははは! 演技がお上手いお方だ。では、これより我と我が眷属である火炎龍は貴方様の忠実な僕となりましたゆえに!」
翼を羽ばたかせると、赤龍はグンと一気に上昇していく。
それにより続くように火炎龍達も地上から飛び上がった。
わたし達が抱いていた火炎龍の幼体も、既に手元から消えている。
雲の間に消えてしまった龍の群。
姿が見えなくなってもなお、ドラゴンの咆哮がずっと空から聞こえていた。