いつも彷徨い続けた、私の心 03
―あれから、28年たっているのね。―
私は、窓からの日差しに少し目を細めて、久高島を見た。
新婚旅行で、久高島に行った。おなかも大きかった私に付き合って、無理のないコースでゆっくりと観光した沖縄で一番印象に残った場所だった。島の真ん中に、まっすぐ伸びる道があって、手をつないでカベール岬まで歩いた。まっすぐ伸びる道の両側に、ビンロウジュの林が続いて、海は見えないの。カベール岬まで伸びる、神の道とも呼ばれる一本道をゆっくり、ゆっくり、彼と手をつないで歩いた。どこまでも続くと良いなあと思ったわ。
でも、当然、カベール岬についてしまった。
それが、岬から見える海がとてもきれいで、風が気持ちよくて、なんだか、涙が出た。彼は、不思議そうに私の顔を見てたけど、彼がいなくなってしまう未来が来ても、大丈夫だと思えたからだった。
―いつか、終わりが来ても、次の世界が待っていると言うことなのかもしれない。―
だから、彼が、離婚しようと言ったとき、カベール岬のことを思い出していた。そう
―いつか、終わりが来ても、次の世界が待っている。―
そして、ここへやって来た。
楽しかったわ。年が離れた若者たちが慕ってくれて、日本中の人が、ここへやってくる。みんな、笑顔になって帰っていくわ。私もエネルギーをもらって笑顔になっていた。そして、今も笑顔をもらう。幸せだ。だから大丈夫、あなたと笑顔で会えるわ。
コンコンとドアを叩く音がした。
少し、待たされて、先ほどの若者に、由子の部屋へと案内された。コンコンとドアをたたき、どうぞとドアを開けて、由子は、以前と変わらぬ笑顔で迎えてくれた。明るい部屋だ。由子は、椅子から立ち上がって、にっこり笑って、私の顔をしみじみと見ている。気持ちの良い風が、清潔そうなレースのカーテンを揺らしていた。少し、戸惑っていると
「今日は、来てくれてありがとう。
元気してた?
ちゃんと、食べてる?
仕事は?
あなた、ちっとも変わらないわね。
あっ、ごめんなさい。せっかく来てくれたのに、私ばかり話しているわね。」
そう言って、くすくす笑っている。
由子は、本当にもう余命の短い病人なのか。にこやかに話している顔を見ると、このまま、ずっと元気で80歳すぎまで、このペンションをやっていくのではと思えた。それでも、現実は変わらない。一度、ごくりとつばを飲み込んで、それでもかすれた声で言った。
「元気そうで、良かった。」
―私は何を言ってるんだ。バカな。―
何も気の利いた言葉が繋げないまま、固まっている私に、由子が言った。
「ごめんなさいね。余計な心配をかけて。貴文、一人では耐えきれなくなっていたのね。
でも、おかげで、最後に貴方に会えたのね。うれしいわ。」
そう言われても、掛ける言葉が出なかった。
少し沈黙が流れて、由子が話し出した。
「ほら、あそこ。新婚旅行で、行った久高島よ。」
由子が指さす先には、平坦な島が見えた。かすかな記憶をたどる。でも、良く思い出せなかった。
「やっぱり、忘れてるのね。
でも、いいわ。あの時、久高島に連れて行ってくれて、ありがとう。
わたしが、ここで、幸せに暮らせているのは、あの時、ここへ来ることができたからよ。」