いつも彷徨い続けた、私の心 02
今、私は、那覇空港への便に乗っている。由子との新婚旅行以来だから28年ぶりだ。由子は、離婚の後すぐに、沖縄へ移住して、小さなペンションを経営しているとのことだった。
南城市知念と言うところで、一人で始め、その後、彼女をしたって、手伝ってくれる若者が増えて、順調にリピーターを増やしているらしい。今、彼女は退院して、ペンションの一部屋で療養していると言う。退院と言っても、良くなったわけじゃなく、最後は、自宅で迎えたいと言うことだった。
那覇空港から、タクシーで向かった。途中、ニライカナイ橋を通る時、太平洋が一望できた。タクシーの運転手は、私が一人旅を楽しんでいる中年と思ったのか、しきりとこれから向かう知念近辺の見どころを話してくれている。適当に相槌を打っているうちに、目的のペンションの前に着いた。
エメラルドグリーンのサンゴ礁の海が目の前に広がり、その美しさに目を見張った。そう言えば、新婚旅行の時も、どこの海岸だったか海の青さに、二人で歓声を上げたことを思い出した。そして、また、何時か子供と来たいわねと由子が言っていたことを思い出した。でも、その約束は果たせないままになった。
今、終えんを迎えようとしている由子と、どんな顔をして会ったら良いのだろう。ペンションの玄関の前で、もたもたしているところを、若者に、声をかけられた。
「何か御用ですか?」
「こちらに、中川由子さんがいらっしゃると思うのですが、東京から浅野が来たと伝えていただけないでしょうか。」
「あー、貴文さんから、伺っています。遠いところ、ご苦労様でした。今、由子さんに伝えてきますから、少し待っていてください。」
迎え入れられた玄関のホールは、由子らしい趣のあるつくりとなっていた。ゆったりと座り心地の良いソファーに座り、眩しい南国の日差しの中、あざやかに咲いているブーゲンビレアの花と青い海を見ていた。
昨日、貴文から電話があった。
「おやじ、母さんに会いに行くって言ってる。
突然だけど、明日になりそうだって、連絡貰った。
ごめん。かあさんに無断で、連絡したんだ。」
何となく、貴文が彼に伝えるだろうと覚悟していた。
「うん、教えてくれて、ありがとう。私は、大丈夫よ。」
彼が、明日ここへ来る。
「明日だけは、元気で居させてください」
と、久高島に手を合わせた。
私は、ずっとずっと彼にあこがれていた。でも、手の届かない人だと諦めていた。だから、きっと、ただの気まぐれだったと思う。彼に付き合おうと言われて信じられなかった。うれしかった。だからこそ、彼のまわりに、他の女性たちがいても、何も言えなかった。だって、一瞬でも、彼と一緒にいられる時間があることが奇跡みたいに思っていたから。
そして、貴文がおなかにいると分かったときも、彼の子供が授かっただけで生きていけると神様に感謝した。産んではダメだと言われることのほうが怖かったから、黙って会社を辞めた。それが、彼は、必死に私を探してくれて、結婚してくれた。どれだけ感謝したことか。だからいつか、彼から離婚したいと言われたら、笑顔で別れようと思っていた。だって、彼を、私みたいな人間が、束縛してはいけないと思っていたから。
そうやって始まった結婚生活の中で、私は彼に甘えることができなかった。彼にとって良き妻でありたいと、必死に日々の生活を送って来ただけだった。そして、彼は、良き夫を演じていてくれているような気がして、彼にとって、これで良かったのだろうかと。不安を感じていた矢先、彼から、『離婚』の話が出たのだった。
どこか、ホッとした。
-やっと、彼を解放してあげられる。―
まったく涙も出ず、どちらかと言うとほのかな安心感と共に、口元がほころんでいることに、自分自身が少し驚いたが、すぐに、当然のように思えてきたことを、今でも覚えている。
ベッドから下りて、着替える。どの服がいいかしら。白い服だと顔色が悪いことが判ってしまうかも。明るめのピンクのカーディガンを羽織ろう。やつれた顔を見せたくない。鏡の前でファンデーションを塗り口紅を引いた。
「これで良いかしら」
「うん。これで良い。大丈夫。」
やつれた顔を見せたくないとの抵抗もあるのに、五年ぶりに彼に会えることが、こんなにも心弾ませることになっている。鏡の中の自分に、苦笑いした。
―あれから、28年たっているのね。―
最後まで、お読みいただきまして ありがとうございました。
よろしければ、「いつも彷徨い続けた、私の心」の朗読をお聞きいただけませんか?
涼音色 ~言ノ葉 音ノ葉~ 第45回 いつも彷徨い続けた、私の心 と検索してください。
声優 岡部涼音君(おかべすずね♂ )が朗読しています。
よろしくお願いします