夜明けへの道と自演舞台
夜の海は綺麗だ。
私が期待に胸を膨らませていたものが、
それよりも揺さぶるものがそこにはあった。
部の合宿で海に近い土地に来ていた。
夏ではないにせよ、心踊るのも無理はない。
とは言ってもあくまで合宿。
水着を持って来ている人なんかいない。
昼の休憩になると皆で来て、海を眺めた。
どうしても夜の海が見たくなった。
それも一人で。
この海に限らず、明るい浜を訪れたことはある。
想像に難くない遊興施設としての海。
もっと静かな海が見たかった。
誰もいない砂浜を一人で歩きたかった。
そう思ったら、やるしかない。
合宿最終日の前の、最後の夜。
早々に風呂を出て、こっそり抜け出した。
ジャージを二枚来て、お湯を入れたカップ麺を手に。
突発的な衝動の割に、周到だったと思う。
音を立てずに宿の玄関へ。
靴を履いて引き戸に手をかける。
あくまで静かに。でも速やかに。
どの窓からも見えないルートで敷地を抜け出す。
宿を出て初めの角を曲がる。
とりあえずは安心だ。
誰にも見られる心配が無くなった。
そんな所で落ち着いてイヤホンをつける。
お気に入りの曲を流して歩き始める。
夜道に街頭は無い。
携帯のライトと自販機の照明だけを頼りに進む。
少しだけ怖くて、足取りが早くなった。
もしかすると、
楽しみで待ちきれなかっただけかもしれない。
ただ一人の夜を、私だけの明かりを辿る。
そんなレッドカーペット。
軽い足取りと共に聞いていた曲はサビにはいる。
ちょうど見えた最後の角。
見えた。
歩いてなんかいられなくて、
お湯がこぼれないように小走りで浜に出た。
パッと開ける視界。
誰もいない真っ暗な海。
その浜辺に音を立てて寄せる波。
視界の隅にはかすかな民家の光。
ああ、なんて綺麗なんだろう。
私の知らなかった景色が、
しかし確かに思い描いた景色がここにある。
世界中から自分以外の生物が失せたようだ。
何者の気配も感じさせず、
かつて何かがいたことだけを思わせる闇に私はいる。
暗転した舞台に一人で立っている。
寂しさを感じさせる景色に高揚する自分がいる。
今の私が求めていたものは。
きっとこれなんだ。
息詰まった自分に、それ以上の絶望で殴られた。
そんな印象を受けた。
今この瞬間の私は何にも害されず、
同時に何を得ることもない。
行き止まりの夜。停滞の浜辺。
もしもここに星の一つでも降るのなら、
言うことはないのにな。
急に後ろから光が差す。
思わず振り返ると、白い車がゆっくりと過ぎていった。
また海に視線を戻して、闇に目が慣れるのを待つ。
薄っぺらい言葉のみで表せば、
この景色に私は感銘を受けている。
そういうことになる。
それでも、慣れというものは恐ろしい。
こんな景色さえも毎日見ていたら、
いつか飽きるのだろうか。
そんなことを考えて少し嫌になる。
変わっていく自分が嫌になる。
停滞を許さない周囲が嫌になる。
明けぬ夜は無いと囁く世界が。
それを良しとするこの世界が。
少し冷えて来た。
気づけばラーメンはスープまで飲み干されていた。
心霊現象というわけではない。
もちろん私が食べた。
美味しかったです。
結構な時間が経った気がする。
それこそ永遠のような。
流石に言い過ぎだろうか、永遠の半分ほど。
しかし携帯で確認すると、そうでもなかった。
でもそろそろ帰らないと。
もしかしたら誰かが気づくかもしれない。
ごめんね、私は行くよ。
また来年、きっと来るから。
それまで君はこのままでいて。
時を経て変わってしまう私を戒めるために、
後悔を罰とするために、
君は変わらずにいて。
多感な時期なのかもしれません。
少しでも誰かに共感してもらえたら
文字にした意味はあったのかなと。
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