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008 恋バナでドキ!

 パク。


 優は、俺のくわえた箸を自分の口に持っていった。


 ドキ!


 え、ええー。


「なんで空の箸をくわえんのよ」


「だって、ペロッとしないと次の料理に味が移るじゃん」


「いやっ、それはないだろ。大体にして俺がくわえた後だろ」


 顔から蒸気が噴き出しそうだ。恥ずかしくないのか。優は、普段通りにシレッとしている。


「ダブル除菌!」


 ニカッ。


 白い歯が眩しい。だけど、美少女ならそこは『ニコッ』だろ。歯は見せない。って思いつつも見とれていたら話は進まない。


「なに、それ?」


「唾液には抗菌や殺菌作用のある分泌型免疫グロブリンや殺菌性酵素であるリゾチームが含まれています。ですから、このお箸は、一哉と私の二人分の唾液成分によって除菌されたのです」


 んっ。学園での神聖女子アンタッチャブル優等生モード。言っている単語は難しすぎてサッパリ分からんが、クールな物言いに説得される。


 てか、そうだ。容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能!三拍子揃い組のクールビューティは、クラスではいつも丁寧語で話している。


 なのに、今日、俺と話す時は普通にタメ語。つーか、甘え言葉だったり幼児語まで混じっているような。


 朝から違和感を感じていたのはそのためか。


「ようわからんけど、わかりました。頭痛くなるし、ダブル除菌と言う事にしとくわ」


「ダメです。キミは、もう少しお勉強が必要です」


 まだ話を続けようとする優。これ以上、難しい話を聞いたら、脳みそがとろけて鼻から出てくんぞ。無理やり話題を俺の疑問に変える。


「あのさ。優は学校では同級生に丁寧語を使うよな。俺と話す時みたいに、普通にタメ語で話した方が親近感が持てるし、なによりかわいんじゃないか?」


「ふにゃ?」


 目を白黒させている。こんな優は初めて見た。動揺している顔さえ、いとおしい。美少女ってすげぇわ。感心させられる。しかし、今日は優の色々な顔が見られる。


 気分がコロコロ変わるなんて優も年頃の普通の女子っぽい。ちょっと安心する。優等生モード一本だとさぞ疲れることだろう。


「失礼しました。丁寧語には相手に対する敬意を示す一般的な使い方と、相手との距離を取るために使う裏用法があります。学校では土足で私の心にあがり込もうとする人たちが多いといいますか、自然にそんな話し方になってしまいました」


「デキる美少女にも苦労があるんだな」


「・・・」


「優、俺には普通でいいぞ。甘え言葉でも幼児語でもかまわん。悪友ワルトモだかんな」


「一哉。うん。ずっと悪友ワルトモ


 わかったから。急に言葉と態度をかえんなよ。肩に頭とかのせんなよ。デレデレモードは悪友ワルトモちゃうし。


 まいっか。こいつ、思った以上に孤独なのかも知んない。温もりが欲しい時もあるもんな。


 ドキ!


 俺の野獣さん、堪えてください。焚火の前、二人でしばらく寄り添った。


 お互いのお弁当を食べ終えて、まったりタイム。満腹感は人に幸せと眠気をもたらす。ここで寝る訳にはいかない。再び寄り添ってこられたら、今度こそ死にかねない。話題をつくらねば。


 って、いっても彼女いない歴十六年。女子とろくに話したことない俺に、どんな気の利いた話題があるっちゅうのよ。


 あっ。そうだ。ポリタンクを探していた時にみつけたサプライズ。えっと、どこいった?


 あれしかこの場を乗り越えられない。俺はポケットの中をまさぐって、拾った小さなガラスの小瓶を取りだした。


「中にお手紙が入っている!」


 優は目を輝かす。なんかいいな。自分の力で女の子が喜ぶなんて。しかも、相手はアイドル級美少女。報われない恋にエネルギーを注ぐ一部の平民男子の気持ちが理解できる。


「ああ。拾ったんだ」


 キャップをひねって、中の小さな紙きれを取りだす。鉛筆書きだろうか。ひらがなばっかりの文字が記されている。


 小さな子が一生懸命に書いたのだろうか。なんども消して書き直している。


『たーくんへ


 わたしは たーくんが だいすき です


 おおきくなったら たーくんの およめさんに なりたいです


 でも ゆうきが ないから いえません


 てがみを たくさん かきました


 でも わたせないから うみにながします


 いつか みつけてほしい です


 さとこ』


「かわいい!小学校低学年くらいかな。ねっ、ねっ。一哉の初恋っていつ?」


「忘れた」


 俺はぶっきらぼうに返す。この話題には触れてほしくない。


「初恋を忘れるなんて嘘だ。懐かしいなー。私も小学校の時、初めて好きになった子がいたなー」


 思い出に耽る優の横顔を見つめる。


 ドキ!


 これって、だよね。木綿の白いハンカチの男子。つまり、俺ってこと。私のお守りとか言ってたし・・・。


「小学校三年で転校するまで、ドンくさデブとか言われてたから。好きって言えなかったなー。ふふ。初恋かー。人生で一回しかできないんだよねー」


 遠くを見る様な目で海を見つめる。さざ波が浜辺に押し寄せては消える。


 俺の中のテンションは大いに燃えあがる。目の前のちびっこい炎と違って爆発炎上寸前だ。


「で、で誰よ。そこまで言ったら言うっきゃない。悪友ワルトモだろ!俺ら」


 俺はダメ押しの言葉をかける。どうして人間というものは、他人の色恋ごとが好きなんだろうか。


 関係ないのに。でも、聞かずにはいられない。さすが俺、ヘタレ平民男子。


北条出流ほうじょう いずるくん」


 俺じゃねーのかよー。ガクってなったぞ。


 当時、ドンくさデブの三島優みしま ゆう


 北条出流かよ。普通にミーハーじゃんか。


 そりゃー、告白せんといて正解。


 あいつ、ちっちゃい頃からイケメン度マックスだもんな。当時の優なら、心がズタボロ。間違いなし。


 って、北条出流。俺の幼なじみかつ、唯一の親友。スポーツ万能、神童と呼ばれる頭脳の持ち主。んで、御多分に漏れずイケメン美形男子。


 なのに気取らず、ひけらかさない。まぶしいぐらい爽やかで嫌味のない頼られ男子だ。


 しかも同じ私立、渋川学園高校二年一組。つまり、横にいる神聖女子アンタッチャブルこと佐伯優さえき ゆうとも同級生。


 今の彼女ならドンピシャ。間違いなく世紀の美男美女カップルが誕生する。優の父親おとんも喜ぶことこと請け合いだ。


 こりゃー。俺のでる幕ないわさ。戦う気もおきない。


 美形男子が、俺みたいな平民男子達と普通につるむから、いまいち女子が寄りつかんのだよな、あいつ。


 あやかり男子を取り巻きにすれば、お膳立ても整ってモテモテだろうに。


「そっかー。北条出流かー。そうだよな。ピッタリだ。悪友ワルトモの俺が仲介役で良いんなら、今度、紹介するぞ」


 とは言ってみたものの心の中の、このモヤモヤはなんだ。なんか天気いいのにハートがどしゃ降り。たった半日、一緒だっただけなのに。


 期待しないって誓ってもこうなるよなー。やべっ。笑顔、笑顔。平民男子にだって意地がある。俺はあわてて口角を持ちあげた。


「工藤一哉!なんか勘違いしてない。私、今はそんな気持ちはさらさらないし。あんときはあん時、ただ懐かしかっただけ。そんなんで、一哉に近づいたと思われたくない」


「じゃ、なんでよ。優みたいな美人は、俺みたいな平民男子を避けて通るぞ、普通。それが世間の常識だ」


不憫ふびんな子」


不憫ふびん言ぅな。傷つくだろが」


「やーい、不憫ふびん男子!」


不憫ふびん言うなって。茶化すなよ。自覚してんだから」


「キミ、美男美女のカップルはあまり見ないって知ってますか?」


 やべっ。再び神聖女子アンタッチャブル優等生モード。


「知らん。どっちみち俺には縁遠い」


「まあ、聞きなさい。美男子は美女を求めるけど、美女は美男子を求めないものなのです。それは、うまくいかないことを体験で学ぶからです」


「そんなことないだろ。世間はそうは思わんぞ。美少女が平民男子とくっついたら、嫉妬の雨嵐あめあらしだ。イケメンとくっつくから諦められるっていうもんだぞ」


「男子の容姿が良いことは女子に緊張や不安などのネガティブな影響を与えます。逆に女子の方が外見的魅力が高いと自覚しているカップルは、互いに満足度が高いという研究成果があります。『満たされている』と感じている男子の側にいることで、女子は癒されて幸福度があがるんです」


「そっ、そうなのか。そんなことを言ったら、優の周りは大変なことになるぞ。学園中の平民男子が列をなして求婚してくる」


「そっ、それは・・・」


「だろ、今の理論は事実かもしれないが、おいそれと言って回るのは危険だ。墓穴を掘ることになる」


「そうですね。控えます」


「って、さー。おもろいからいいけど優って時々、優等生モードに入るよな」


「だって、癖なんだもの」


「笑える」


「意地悪」


悪友ワルトモだかんな」


悪友ワルトモでも、意地悪は嫌いだよ」


「努力する」


「うん」


 うやむやだけと、こうして俺の中のモヤモヤはおさまった。佐伯優かー。神聖女子アンタッチャブルなんて呼ばれているから冷たいイメージしかなかったけど、結構、おもろい。


 平民男子と神聖女子アンタッチャブルというたかーいバードルはあるが、割と気が合うかも。


『女子の方が外見的魅力が高いと自覚しているカップルは、満足度が高いという研究成果があります』かー。嫉妬の雨嵐は怖いけど、ちょっとだけ勇気がでた俺だった。


「ねっ。ところで一哉の初恋の人の話はどうなったの?私は話したよ。正直に言いなよ。不幸な話でも聞いてあげるから」


 不幸な結末と決めつけてやがる。が、事実はそのうえをいく。驚くなよ。


「十六年間彼女無し。初恋もなし。悪ガキ大将から平民男子まっしぐら。いたのは悪友ワルトモばっか。今はそれすらいない」


不憫ふびんだね」


「平民男子にむかって不憫ふびん言うなって。海に入って死にたくなるだろ」


 俺は青く輝く海を見つめる。


「んじゃ、初恋、これからなんだ。ふーん」


「悪かったな。新米の悪友ワルトモ、佐伯優」


不憫悪友ふびんワルトモ工藤一哉くどう かずや。よろしくな!」


 優はぺろりと舌をだした。どうしても、俺を不憫ふびんにしたいらしい。でも、優の顔に安堵あんどが見て取れるのはなぜだ。気のせいか?


 悪友ワルトモかー。優を癒せる存在になれるのだろうか。


 不憫ふびん男子に認定されて、俺の心臓がトクンと鳴った。

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