第9話 雨の中のポーラと過去
どんよりとした雲。
鳴り響く雷鳴。
地上は大雨の下。
大会二日目は最悪と言っても過言ではないほどの酷いコンディションの中、闘技台の上に立つポーラ。
対戦相手のクリス・エンジェルも、この雨に打たれている。
マーティは用意していた大きな傘を広げ、ヘレナとシンシアを中に入れ、濡れずに観戦出来た。
試合が気になるエルダは、観戦者の方の席ではなく、選手の入場する方でコッソリと隠れながら観戦しているので、自分が試合をする前からぐっしょりと濡れてしまう。
そんな事は気にもならなかったが。
係員『君は本当に武器はいらないのだね?』
ポーラは尋ねられて振り向きもせずに頷く。
係員が視線を左右に動かし、二人の戦いの準備が万端整った事を確認すると、利き腕であろう右腕を高々と上げて宣言する。
係員『始めっ!』
周りの声援よりも雨の落ちる音のほうが大きい中、ポーラは先制の一撃を放った。
鋭く的確に対戦相手の付けた2枚の板を狙っている。
鋭いパンチと突きあげるキック。
だが、2発とも外れた。
柳の様に揺れる身体と、のれんを押すような感触。
攻撃が外れたショックなどすぐにすてたポーラは、反撃の好機を与えず、連続攻撃に出た。
右から左から繰り出されるパンチ。
しかし、どれ一つとして当らない。
ヘレナ『なんで当ってるのに割れないのかしら?』
と、観戦者達が錯覚するほど、わずか数ミリ単位でかわし続けている。
攻撃が当っているように見えるだけで、板が壊れる音など一切聞こえない。
この雨では、割れても聞こえるかどうか難しいが。
マーティ『鋭い攻撃をする・・・。だが、あのスピードを紙一重で避け続けているあの天使の様な女も気になるな・・・。何者なんだ、一体?』
その疑問に返答出来る者など、彼のそばには居ない。
シンシアとヘレナは、試合を食い入る様に無言で見ているし、この大雨では観戦者も少ない。
他の闘技台でも試合が続けられているが、知り合いか、関係者か、そのぐらいしか人がいないのである。
闘技台の上で、連続攻撃が無駄に終ったポーラは、出来る限り相手から離れ、闘技台の角に立った。
離れても反撃をしてこないので、少し様子を見る事にしたのだが、実際のところ少し疲れたのである。
クリス『・・・。』
ポーラ『・・・?』
言葉では言い表せない不思議な感覚に襲われるポーラ。
身体中に悪寒が走る。
クリスはにっこりと微笑んでいるのだが、それがとてつもなく恐ろしい。
クリス『怖がらなくても良いのよ。』
ポーラ『!!』
クリス『ほら・・・また怖がってる。』
くすっと、小さく笑う。
シンシアの様に優しそうな笑顔だが、激しく感じる違和感。
天然のシャワーを浴びているポーラは、身体が重く感じた。
呼吸が乱れ、妙に身体が熱い。
クリス『よーく私を見て。貴女には私の本当の姿がわかるはずよ。』
何を言っているのだろうか。
普通に見ただけでも、天使に間違えるような姿なのである。
ポーラ『あ・・・。』
クリス『わかった?』
ポーラ『うん。二度目だね、会うのは。』
嬉しそうににっこりとするクリス。
クリス『そう、覚えていてくれたのね。貴女にとって私はエルダにも見えるしヘレナにも見えるしシンシアにも見えるわ。』
ポーラ『私のトモダチ!』
クリス『うふふ・・・。』
ポーラ『でも、どうしちゃったの?凄く怖いよ・・・。』
クリス『怖いのは、貴女が私を必要としていないからよ。』
ポーラ『どうしてここに来たの?』
クリス『昔の事を覚えているかしら・・・。私は貴女の心が創り出した幻。一人で寂しかった時に貴女が私を呼んだのよ。』
ポーラ『・・・?』
周りの観戦者達に、二人の会話は聞こえない。
ただ一人、ポーラだけが聞こえる。
だが不思議に感じている者もいた。
シンシア『なにか、凄い不思議な魔力を感じるわ。こんなの初めて・・・。』
マーティ『あのクリスってやつからか?』
シンシア『いえ、ポーラから。』
ヘレナ『ポーラって魔法が使えたかしら?』
シンシア『使えないはずよ。昔からちょっと不思議な感じはしたけど、普通の女の子で・・・。』
闘技台の上で微動だにしない二人。
そこでは時間の経過なども意味であった。
クリスとポーラの謎めいた関係など誰も知らないのである。
クリス『私は貴女の心の半分。それを返さないとならないのよ。だから、貴女に会いに来たの。』
ポーラ『半分・・・。』
クリス『もう、寂しくないわよね?もう、一人じゃないわよね?』
ポーラ『・・・うん。』
クリスはにっこり笑った。
その笑顔が今度は心地良い。
ポーラはその笑顔に酷似した笑顔で、にっこりと返した。
エルダ『なんで笑ってるんだ・・・。』
意味のわからないのはエルダだけではなく、数少ない観戦者達も同様に思っただろう。
しかし、その笑顔が突然消えた。
すると、大雨の闘技台の上で、対戦相手のクリス・エンジェルは突然倒れたのである。
ポーラには、彼女が自分の中に吸い込まれていくような感覚で、他の誰にもわからない事であった。
そして、目の前に残ったのは、本物のクリス・エンジェルである。
姿は同様だが、受ける印象がまったく違う。
むくりと起きあがると、いきなり叫んだ。
クリス『ちょっと、なによ!なんでここにいるの!?』
係員『何を言ってるんだね、早く戦ってくれないと困るのだが・・・。』
クリス『だって・・・ぇ・・・私は二回戦が始まるからって・・・。』
何事か理解できないのは、誰もが同じであるが、この場合は、対戦相手である彼女、クリス・エンジェルが一番わかっていない。
ポーラ『そっかぁ・・・あんまりにもそっくりだったから、私が呼んじゃったんだ・・・。』
クリス『なんの事よ、あー、もぅ!イライラするぅ!!』
ポーラ『だから、当らなかったんだ。もぅ、当るかな?』
クリス『何をぶつぶつ・・・って、試合中なのよね!?』
と、係員に向かって尋ねる。
係員『当たり前じゃないか。だから・・・ぁ。』
クリスが確認しようと係員の方向を向いた隙に、ポーラは急接近して軽く板を2枚とも割ってしまった。
クリス『ぁ・・・。』
ポーラ『・・・。』
係員は数秒判断に迷ったが、結果は結果である。
係員『ポーラ選手の勝ち!』
クリスは、その判定に納得が行かない。
闘技台を飛び降りると、係員に怒鳴った。
激しく言い訳と罵声を混ぜながらである。
とにかく、ルール上によってポーラは勝ったし、クリスはルールによって負けたのである。
決着のついた闘技台を降り、係員からフリーパス券を受け取ると、ガミガミと抗議を続けるクリスに近づいた。
ポーラ『・・・あの・・・。』
クリス『今、忙し・・・って、さっきの・・・名前はたしか、ポーラだったかしら。何の用?』
見下ろすクリス、見上げるポーラ。
たんに身長差が原因だ。
ポーラ『・・・お姉さん、私の・・・トモダチにそっくりなんです。』
クリス『トモダチ?なんの話かよくわからないけど。』
ポーラ『私が夢を見ちゃったので・・・んと・・・その・・・。』
少し弱くなる雨。
係員と対戦相手のクリスに見つめられる中、言いにくそうにモゴモゴしていたポーラは、突然大きな動作で頭を下げて叫んだ。
ポーラ『ごめんなさい!』
きょとんとするクリスと係員。
その声を聞いて飛び出したエルダ。
雨は急速に弱まり、どんよりとした雲が波を打って空を高速で流れる。
クリス『突然謝られても困るんだけど・・・しかも年下相手に。私が惨めじゃないのよ。』
と、両手を腰に当てて大きく息を吐き出す。
クリス『で、私はあなたの魔法にやられたわけ?』
エルダ『魔法!?』
いつのまにか、ポーラの両肩を掴んでいるエルダが話に割り込む。
ポーラはなんて答えて良いのかわからず、エルダの方を向いた。
近くにいるのだから、頼られるのは当然だろう。
エルダ『ポーラは魔法なんて使えないはずだが・・・覚醒でもしたのかな。』
ポーラ『かくせい?』
エルダ『ん~、自分でも知らなかった才能に目覚める事さ。』
エルダの説明は相変らずなにか不足しているような感じを受ける。
ただし、本当に魔法を使ったとなれば問題は生じる。
係員『試合前に相手に魔法をかけるのはルール違反となるが、本人に自覚はないようだし・・・困ったな。』
クリス『もう良いわよ。』
と、なげやりな言い方である。
クリス『不覚をとったのは確かな事だけど、私は闘技台に上った記憶もないし。でも、子供相手にゴタゴタいうのもプライドがね。』
散々ゴタゴタ言った後なので説得力がないのは如何ともしがたい。
クリス『さぁ、もう終わり。何がなんだかわからなくても、結果が全てだし。』
やはり、悔しさは残っていると受け取れる言葉である。
ポーラ『・・・ごめんなさい。』
本当に困った表情でうつむくポーラ。
それを見て、小さく息を吐き出すと、ポーラの身長に合わせて背を縮めた。
クリス『あなたは悪くないわ。悪いのは私。それに、私に勝ったんだから、これからも負けてもらっちゃ困るわ。もっと元気一杯にがんばってもらわないと。』
にっこりとした笑顔で、ポーラの頭を撫でる。
恥かしそうで嬉しそうな複雑な表情のポーラは、突然泣き出しそうな表情に変わると、クリスに抱き付いた。
ポーラ『お姉さん・・・お姉さん・・・。』
と、呟きながら。
クリス『・・・。』
今度はクリスが困った表情になったが、何も言わずに抱き返した。
もちろん、意味はわかっていない。
ただ、こうしてあげたほうが良いのではないかと直感したのだ。
エルダ『なんだろう・・・昔こんなの見た記憶があるなぁ・・・。』
そう呟くエルダは、思い出せなかった。
それは当然であり、ポーラの記憶の中にしか存在しない"お姉さん"であり"トモダチ"なのだから。
そして、ポーラは二度と会う事がないだろう。
今は、とても大切で素敵なトモダチが三人もいるのだから。
ポーラの試合が終わって約10分後。
エルダの試合はまだ始まらず、大雨の影響か幾つか番狂わせが生じていた。
コンディションの悪さで試合が長引き、エルダの試合開始予定時刻は大幅に遅れ、午後からになることもわかった。
そーゆーわけで、5人は大会会場の近くにある酒場で早めの昼食を取る事にした。
ついでに言っておくと、ここでの食事代の支払いは全てマーティが支払っている。
その食事中、先ほどのポーラ試合が話題にのぼった。
一番近くにいたエルダでさえ、事象を把握できていないのである。
気になる事この上ない。
エルダ『あのクリスって、知り合いってワケじゃないよな?』
ポーラ『・・・うん。』
口の中にスパゲッティーとチキンを同時に放り込みながら、ポーラの説明を待つエルダ。
行儀が悪いとは誰も指摘しない。
ポーラ『昔ね・・・。』
ポーラはまだ14歳で、昔と言ってもそれほど遠い話でもないが、この場合は仕方が無いだろう。
ポーラ『ちっちゃいころ、ずっと一人だった・・・。まだ、みんなの事もよくわからなかった。』
みんなとは、エルダ、ヘレナ、シンシアの3人である。
エルダ『ってゆーと、7歳ぐらいかな・・・それ以前のポーラは俺もあんまりよく知らない。』
シンシア『私はポーラが生まれた日の事を知ってるけど・・・。』
と、その後に続いて何か付け加えようとしたのだが、言うのを止めたシンシアはコーヒーを口に含んでごまかした。
年がばれると思ったのである。
ポーラ『毎日一人だったの。ずっと、ずっと、一人だと思ってたの・・・。そんな時、私の前にアノ人が来たの・・・。』
エルダ『来た?クリスってやつがか???』
ポーラは首を横に振った。
ポーラ『名前はしらない。お姉さんって呼んでたし・・・。すっごく似てるんだけど。』
耳を傾けつつ無言で食べるその他の3人。
マーティは自分がここにいて良いのか少し悩んで、早めに食事を切り上げると他の席へ移って行った。
それに気が付いたのはシンシアとヘレナだったが、気を使ってくれたと思ったので、この時は何も言わなかった。
お礼など後でいくらでも言えるのである。
ポーラ『あのお姉さんは突然私の前に現れて、いろんなお話をしたの。なんの話だったのか全然覚えてないけど、にっこり笑って頷いてた・・・・・・ちょっとシンシアに似てるかなぁ・・・。』
シンシア『私?』
ポーラ『あ・・・一つだけ思い出した・・・。お友達は心の財産よ・・・って。今はちょっと意味がわかったような気がする。』
ヘレナ『それは、ポーラが一つ大人になった証拠よ。』
エルダ『財産ねぇ・・・子供相手に難しい事言うじゃん?』
ヘレナ『まさか、エルダは理解していないんじゃないでしょうね?』
エルダ『あのな、そのくらいわかるぞ。』
ヘレナ『本当かしら?』
エルダ『・・・信用ねぇなぁ・・・。』
ポーラ『ないもん。』
エルダ『あっ!ポーラまで・・・俺はそんな奴に育てた覚えはないぞ!』
育てられた覚えなどあるはずもないが。
ポーラ『エルダって、お父さんに見えるときあるんだよなぁ・・・。』
と、本気で首をひねって悩むポーラ。
シンシアは苦味のこもった笑顔で、ヘレナは大きく頷く。
エルダ『ぉぃぉぃぉぃ・・・一応女だぞ。俺は。』
何故か説得力が感じられないのはエルダの性格が原因だろう。
ヘレナ『一応・・・ね!』
シンシア『とにかく・・・。』
とは、すでに昼食を終えたシンシアが、横にそれてしまった話を引き戻そうと努力を見せる。
シンシア『ポーラの昔のお姉さんは、何が目的で来たのかしら?』
ポーラ『あ・・・うん、半分の心を返しに来たって。』
シンシア『半分の心?』
ポーラ『私も良くわかんないんだけど、お姉さんを創り出したのは、私の半分の心だって。』
シンシア『・・・召喚魔法とは違うみたいね。でも、あの時、確かに魔力をポーラから感じたのよね・・・。』
ポーラ『やっぱ、私って魔法が使えるのかな?』
エルダ『そうそう、それはあるかもな。半分の心ってのは、本当はポーラに備わっていた魔力で、それを取り戻したとか、覚醒したとか。何かありそうじゃん?』
シンシア『・・・魔法って発動している時に、とっても楽しい事もあるし、とっても悲しい事もあるし、とっても怖い事があるの。ポーラはなにか感じなかった?』
質問を受けると、確かに該当する項目がある。
小さく頷くと、答えた。
ポーラ『怖かった。』
シンシア『・・・と言う事は、まだ魔法に対して信頼感をもってないって事ね。それとも、魔力に自分がコントロールされているって可能性もあるけど。』
ポーラ『私って変わった?』
との突然の質問に、三人三様の表情でポーラを見るが、外見的に変わった様子などどこにもない。
ただ、それとなく気になった事はあったようだ。
気が付いたのは父親とも呼ばれるエルダである。
エルダ『そういえばさ、ポーラってこんなに良く喋ったっけ?』
言われて納得したのは他の二人であって、当の本人であるポーラに自覚はない。
自覚があるのなら魔法の事も少しは気が付きそうなものである。
と、思うのはシンシアとヘレナで、二人は魔法が使えるのだ。
ヘレナの場合は回復魔法も初期段階のみで、それほど強い魔力を持っていないが。
シンシア『あまり強力な魔法を修得すると、性格に大きな変化が表れる事は実際にあるらしいわ。過去の魔法歴史の中でも、強大な魔力と強力な呪文をわずか半年で極めたという伝説の人について記載されていて、その人物は虫ですら殺せないようなおとなしい性格だったのに、その一年後には街を破壊し、更に一年後には国を滅ぼし、更に一年後には暴走した魔力によって自分の身を滅ぼしたって・・・。』
例えとしては悪過ぎ、発言者がシンシアであり、ポーラを不安にさせるには十分な材料が揃っている。
小さく身震いすると、弱々しい声で質問する。
ポーラ『・・・私もそうなっちゃうの?』
エルダ『ポーラはそうならないさ。もし、そうなりそうだったら俺が根性をたたきなおしてやるしな。』
変に自信に満ちた笑顔で答える。
ヘレナ『エルダに叩かれたら、余計変な方向にねじれちゃわないかしら?』
その発言に不満いっぱいのエルダである。
何か言い返そうと思ったが、すぐに言葉が思い付かなかったので沈黙してしまったが。
シンシア『本当に魔力を身に付けたって事になれば、何らかの変化は現れるかもしれないわ。でも、怖がっちゃダメよ。魔法は自分の感情を表す為の一つの手段であり道具なの。道具に使われてしまっては、自分が自分でいられなくなるわ。』
実はこの台詞、自分が魔法を教わった時に良く聞かされていた言葉で、魔法使いとしては基本的なことである。
エルダ『シンシアも今日は良く喋るな。長すぎて覚えきれないぜ。』
ヘレナ『エルダはいつも話をきいていないだけでしょう?このぐらい普通よ、ふ つ う 。』
エルダ『どーせ魔法が使えない俺は関係ないよーーーだ。』
ヘレナ『なに可愛くすねちゃってるのよ、エルダには似合わないわよ。』
エルダ『べっつにぃ。』
二人のどーしようもない会話を横に、椅子から飛び降りたポーラがエルダに近づく。
不思議そうにポーラを見たエルダ。
二人の顏がだんだんと近づき・・・突然、ポーラがエルダの頭をなでなで。
ポーラ『良い子だからわがまま言っちゃダメ。』
ヘレナに大ウケの大爆笑。
シンシアも誘われたか、こらえきれずにクスクスと小さく笑う。
エルダは、表情に困り、ただ憮然とするだけだった。
その時、席を離れたマーティが戻ってきた。
楽しそうな笑い声に、なにやら話題は変わったと判断したのだ。
マーティ『楽しそうだな、そろそろ混ぜてもらえんかね?』
そう言って空席になっていた元の自分の席に腰をおちつかせると、横から不機嫌な声が聞こえる。
エルダ『俺は楽しくない。』
マーティ『なんだ、それは?』
ポーラ『エルダがすねてるの。』
マーティ『???』
ヘレナ『まぁ、話に夢中になってあんまり食事も進んでいないし、さっさと食べてしまいましょ。エルダが試合に遅れたら大変だわ。』
と、話の本題をそらした事を言ったが、実際問題として事実であったから、エルダは食べる事に夢中になることになった。
話自体がつまらないのではなく、話に参加した所でたいした事を言えないのが本当のところだったかもしれない。
マーティはさっぱり意味のわからないまま、とりあえず魔法についての話題を持ち上げた。
自身、興味のある話題であったが、エルダとしては余計に面白くなくなってしまい、魔法についての話はシンシアが中心となって対応する事になった。
もっとも、マーティはシンシアと魔法の事を話たかったのであり、エルダの事はあまり感心が傾かなかった。
午後になって、アレほど激しかった雨雲はその存在を失っていて、驚くほどの澄みきった青空が広がっている。
エルダの試合は予定よりも2時間以上遅れて始まったが、遅れたわりには、意外過ぎるほどあっけなく終わってしまい、試合時間は2分満たなかった。
対戦相手の男は、何も出来ないまま救護班によって担架で運ばれている。
2枚の板を割ると同時に、あばらを3本と左腕を骨折させたのだ。
心配するどころか応援する暇もなく、素早く闘技台から戻ってきたエルダは、満足の笑顔と、不満足の苦笑いとを微妙に混ぜた表情で言ったのだった。
エルダ『強い奴と戦えないのはつまらないが、予選であんまり強い奴と当っても決勝まで進めなくなったら困るなぁ・・・。』
その微妙な心配は杞憂に終るのだったが、いかにもエルダらしいと思う3人だった。
ポーラとエルダの二人は、その後も勝ち進み、予選トーナメントの決勝、いわゆる、決勝トーナメントへ進むための最後の試合を明日に控えるところまで駒を進めたのだ。
運が良かったのか、エルダは魔法を使う相手と対戦する事はなく、ほぼ完勝していたのだが、ポーラはそれと比べるとかなり運が悪かったといわざるをえない。
対戦相手の約半数が魔法使いで様々な魔法攻撃を受けながらも耐え抜いた。
一度ならず巨大な火球をその身に受けてはいるのだが、何故か大きなダメージはなかった。その代わりというのか、服を焦がしたり、靴が燃えてしまったりと、不運の連発である。
もしも、マーティが援助していなければ、ポーラは自分の着る服すら手にいれる事が出来なくなった可能性が高い。
とは言え、ほぼ毎日の様に違う服を着て試合に臨むポーラは、いつしか注目の的になっていた。
”強くて可愛い女の子”
という一般的な評価ではあったが、試合は常に素手で挑み、激しい魔法を喰らってもびくともせず、勝つたびに見せる恥かしそうな笑顔は、観戦者達に好意と愛を持って迎えられている。
ポーラは大会のアイドルになってしまったのだ。
そうなると応援する声も多くなり、今までは試合中にエルダの声しかなかった声援が、全く知らない人からの声援に囲まれ、対戦相手が驚く前にポーラがビックリしていたのだ。
こうして、予想外の大人気に驚かされつつも、4人はマーティに用意してもらった部屋で、明日の対戦相手に付いて話し合っていた。
16ブロックに分けられ、1000人を越えていた参加者達は32人となり、相手の事を調べると言う必要性と、調べるだけの時間が用意できるようになったからである。
ABCDEFGHIJKLMNOPと、ブロックがあるが、Nブロックは既にシンシアが敗退しているので調べる気もなく、Aブロックのエルダ、Hブロックのポーラは対戦相手の事を調べていた。
その他にも、前回の準優勝者であるコール・デュオンと言う男はBブロックで、余裕があったら試合をじっくり見ておくと言うことにとどまった。
はっきり言うと、目の前の試合に勝つ事の方が重要なのであって、それ以降の事などあまり考えていない。
エルダ『ギデオン・・・変わった名前だな。』
と、明日の対戦相手の名前がわかってもその程度の言葉しか出ない。
ポーラも相手の名前を知っていて、それを声に出す。
ポーラ『私の相手はね、ヘンリーだって。ぁ・・・。』
エルダ『ん、どうしたんだ?』
ポーラ『この人、魔法使いで登録してる・・・。』
エルダ『なんだ、また魔法使いかよ。ウンザリだな。』
エルダがウンザリしているのは、正確に言うと対戦相手の事ではなく、試合が終るとボロボロになった服を買いかえるために商店街に買物に行くことであった。
ポーラは服を買う時にだんだん悩む様になってきて、最近では、一着の服を買うのに、店を何軒も渡り歩き、いろんな服を試着し、あちこちの店でいろんな服をすすめられ、すぐに終わらないのである。
更に、有名になってしまった為に、洋品店の店員が、ポーラに家の店の服を着て出場して欲しいと頼まれる様になった事も時間を長引かせる要因の一つになっているのだ。
無料になると言われるのは魅力的ではあるが、エルダとしては勘弁して欲しい。
エルダ『今度は服をボロボロにされないでくれよな。』
ポーラ『う・・・うん。』
ヘレナ『そんなにいやなら買物についてこなければ良いじゃない。』
という言葉は以前にも言われているのだが、実はポーラがエルダを引っ張り回しているので、エルダとしては放置することも出来ずにしぶしぶ連行されるのだった。
シンシア『それにしても、本当にここまで勝ち残ってるなんて夢みたいだわ。』
エルダ『世界は意外にも狭かったと言うことかな。』
ポーラ『狭かったかな?』
などと、ふてぶてしくも言い放つ。
ポーラはいつもの癖で同じ言葉を短く繰り返しているだけだが。
ヘレナ『決勝に進むための決勝なのよね。』
とは、当り前のことなのだが、言葉には緊張感が含まれている。
強くて良い男を見つけると言う目的を、この時の4人は完全に忘れていた。
エルダ『そーいや、おっさん遅いな。』
いつのまにかエルダはマーティの事を『おっさん』と呼んでいた。
言われる方も気にしていないので、定着した呼び方になっている。
流石にヘレナとシンシアは『おっさん』とは呼ばなかったが、ポーラは『おじさん』と呼んでいるのだった。
シンシア『何か資料を持って来ると言ってたわね。』
ヘレナ『ふ~ん、顏が広いのかしら?』
いまだに半信半疑のヘレナである。
それでも、多少は慣れてきたが。
ノックが数回部屋の中に響くと、誰が返事をするよりも早く扉が開いた。
エルダ『なんだ、遅かったじゃないか。』
マーティ『いゃ、すまんすまん、エルダの相手のギデオンとかいう奴の資料がなくてな、大会委員に無理を言って過去の戦歴を教えてもらってたんだ。』
エルダ『遅くなったってことはバッチリかぃ?』
ポーラ『バッチリ?』
マーティ『あぁ、バッチリだ。』
そう言って、手にした資料を広げる。
明日の対戦相手であるギデオンとヘンリー以外にも、合計で30名分の資料がそこにあった。
Aブロックがエルダvsギデオン
Bブロックがコール・デュオンvsD・マイスター
Cブロックがマイセンvsヴィクトル
Dブロックがフレイムvsシャルル
Eブロックがピエールvsレイモンド
Fブロックがダニエルvsジャンニーニ
Gブロックがアントニオvsエイブ
Hブロックがポーラvsヘンリー
Iブロックがガブリエルvsエリック
Jブロックがアルバートvsバルバロス
Kブロックがヤマムラvsニック
Lブロックがデネールvsヴァネル
Mブロックがストラウスvsフォン・アムンゼン
Nブロックがルーシアvsソフィア・ローレン
Oブロックがバルザックvsロビン
Pブロックがアーサーvsハンター
女性はたった4名。
ポーラとエルダを除けば、Nブロックでシンシアに勝ったルーシアが決勝まで残り、その対戦相手も女性なのだ。
女性のような響きを持つ名前もあったり、偽名であったり、愛称であったりとあるが、資料によって男女の区別は確定されている。
注目すべきはコール・デュオンと言う、前回の準優勝者である。
前回の優勝者は今回の大会で登録されていないらしい。
ただ、エルダは自分の相手のギデオンとポーラの対戦相手のヘンリーに着目していた。
エルダ『ギデオンって、強いのか?』
マーティ『大会の戦歴は・・・まぁ、悪くはないな。トーナメント形式で闘っている以上、試合数の多い奴ほど勝っていると言うのは必然だ。とは言うものの、このギデオンとかいう奴の場合は良くわからんな。確かに勝っている試合の方が多いが、負けたのは一度しかない。それが前回の大会らしくて、それ以前は出場していない。』
エルダ『ヘンリーとかいう奴は?』
その言葉にポーラも身を乗り出す。
マーティ『以前の大会が魔法禁止だったから、不明な点が多いな。ただし、剣術だけでもそれなりの腕前はもっているぞ。決勝トーナメントには、過去3回進出している。』
ポーラ『強いんだ。』
エルダ『みたいだな・・・。まぁ、ここの大会での強さの基準がわからない以上、無駄に終るかもしれないけどな。』
マーティ『おぃぉぃ・・・せっかく資料を集めてきたんだから、少しぐらい褒めてくれよ。』
苦笑いしながらそう言ったマーティに、シンシアがねぎらいの言葉と同時に五杯のコーヒーを用意して運んできた。
シンシア『ご面倒ばかりおかけしてしまいますね。』
マーティ『うん、まぁ、なんて言うか、ここまで来るととことんやりたくなるんでね。』
と、テーブルに配られたコーヒーをすする。
ポーラとエルダの二人は対戦相手の資料を読んではいたが、すぐに飽きてしまい、結局別の事を話している。
別の事としての話題に持ちあがったのはルーシアであった。
エルダ『なぁ、このルーシアって、やっぱシンシアと試合した相手だよな?』
マーティ『うむ。あのまま順調に勝ち進んだ様だな。』
シンシア『私は負けて当たり前だったのね・・・。』
ヘレナ『そんな、負けて当たり前なんて事はないわよ。あの時、勝っていたら決勝まで残れたかもしれないじゃない。』
そう言ってなだめたが、あまり成功したと言う感じはしなかった。
それでもシンシアが笑顔をつくったのは、ヘレナの気持ちを理解したからだろう。
エルダ『まぁ、とにかく勝てばいいのさ。』
ヘレナ『言って勝てるんなら苦労はないけどね。』
エルダ『あのなぁ・・・少しは俺達の苦労も理解しろよ。』
ヘレナ『理解してるわよ。でもね、過信は禁物って言ってるの。』
マーティ『そうさな、自信を持つのは悪い事じゃないが、あまり自信ばかり先行しても弊害になりかねんってこった。』
ポーラ『ヘイガイ?』
シンシア『悪い影響になるかもしれないってことね。』
と、すぐに解説した。
ポーラの場合は自信があるのか不明だが、少なくとも、自分が負けると言う考えは持っていないようで、エルダの場合は、勝つと思っている。
この差が試合の結果にどう影響するのかはわからないが。
マーティ『しかしな、決勝トーナメントはくじ引きで決められるから、もし勝ち残っても、いきなり第一戦で二人で試合なんてこともあり得るんだぞ。』
エルダ『え・・・。』
露骨に嫌な表情をするエルダ。
ヘレナが間髪いれずに突っ込む。
ヘレナ『ポーラ相手だったら勝つ自信ないのかしら?』
エルダ『ポーラと試合をやった事がない。いつも男ばかり相手にしてたからなぁ・・・喧嘩もしたことないし。』
シンシア『二人とも仲が良かったものねぇ・・・。』
ポーラ『私、エルダ好きだもん!殴れないよ・・・。』
表情が暗くなってしまい、ポーラとエルダは互いの顔を見合わせたまま沈黙する。
しばらく続く沈黙の中で、マーティは突然席を立った。
マーティ『資料は揃えた。相手の得意技とも言えるものも少しは書いてある。後は参考にするのも無視するのも好きにしてくれ。ただし、考え過ぎて寝不足とか、体調不良だけは絶対ダメだぞ。どんなに相手の弱点を知り尽くしても、自分が動けなければ意味がないんだからな。』
エルダ『あぁ、おっさんも取引が上手く行くと良いな。』
と、まるで他人事の様に言い放った。
マーティはニヤリと笑ったが、口に出してまで何かを言おうとはせず、そのまま部屋を出ていった。
エルダは資料には目を通さず、コーヒーも口に含まず、そのままベッドに倒れこんだ。
ポーラ『寝るの?』
エルダ『考えるのは苦手だからな。』
目を閉じたまま応えると、自分の身体に何かが重く圧し掛かる。
驚いて目を開くとポーラであった。
ポーラ『一緒に寝よ。』
そう言いつつも、エルダの身体にがっちりとくっ付いて離れない。
断らせないつもりなのは一目瞭然だった。
エルダ『いつまでたっても甘えん坊だなぁ・・・。』
呟いたエルダは、再び目を閉じるとポーラを抱き寄せた。
そして、そのまま二人は寝てしまう。
ヘレナ『この二人に考え過ぎで寝不足になるって事はなさそうね。』
その言葉にシンシアは困ったような笑顔を少しだけ見せて、口には何も言わずに自分でいれたコーヒーをゆっくりと飲み干すと、何故となくこの場とは関係ないことを言った。
シンシア『私達って運が良いのかしら?』
ヘレナ『今の状況で言うんなら悪くはないってところじゃない?』
シンシア『そうね・・・悪く考えるのも変な気がするわ。』
ヘレナ『って、なにか不安でも有るの?』
シンシア『何事もないと逆に不安で・・・。』
ヘレナ『それは心配し過ぎよ、シンシアも今日は早く寝たほうが良いわ。』
シンシア『そうね。じゃあ、お先にやすませてもらおうかしら。』
ヘレナ『あ・・・。』
シンシア『どうしたの?』
ヘレナ『これ洗ってくれない?』
シンシアは、小さく声に出して笑うと、優しい声ではっきりと言った。
シンシア『いつまでたっても、ヘレナも甘えん坊さんなのね。』
ヘレナは反論出来ずに、苦く笑っていた。