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第5話 戦闘

深夜。

現在の詳しい時刻はわからないが、自分達の立っている場所よりも背の高い山は見えない。

山頂に到着したという実感は、その時初めてだった。

正確に言うと、現在は四日目。

今日中に山を降りて町に到着しなければ、大会に間に合わないだろう。

大会当日に到着した場合、登録出来なくなる可能性が有るからだ。

旅の疲れも癒さねばならない。

今はまだ、その事に気がついてはいないが、急がなければならない事は十分にわかっている。


ヘレナ『やっとここまで来たって感じね。』


エルダ『あぁ、昼間の天気が良い日なら、ここから町が見えたんだろうな~。』


そう答えるエルダは、背伸びして遠くを見るが、真っ暗でなにも見えない。

月の光しかなく、隣に立つポーラの姿も、間近にしないと顔がわからないぐらいである。


シンシア『一気に行きたい所だけど・・・ここまで魔物が出現しなかったって事が気になるわね。』


エルダ『う~ん。運がよかったって事でさ。気にしなくても良いじゃん?』


ヘレナ『下り始めたら、いきなりわっと現れるって事が無ければね。』


悲観的な発言である。

そういう気持ちになってしまうのもわからなくも無いが、エルダはとにかく進みたいし、魔物と遭遇したら迷わず戦うつもりでいる。


ポーラ『なんか、誰かに見られてる気がする・・・。』


それは、4人が進もうか休もうかの相談をはじめた直後だった。

4人に緊張が走る。


エルダ『どっちから感じる!?』


慌てて左右を見るが、それらしい気配は感じられない。

それ以前に、暗くてよくわからない。

ポーラは視線を過敏に感じていて、エルダが気がつくよりも早く、今まで通った道の方向を睨んだ。


ポーラ『あっち!』


エルダ『おぅおぅ、沢山いるじゃないか。月明かりに反射して目が光ってやがるぜ。』


シンシアとヘレナも同じ方向を見ると、小さな光りが幾つも見える。

どうやら、数は相手のほうが多いようだ。詳しくはわからないが。

更にわからないのは、どんな敵なのかという事だ。

シンシアの話によると、人獣系の魔物が出現するらしいのだが。


エルダ『先制攻撃と行くか・・・。』


舌なめずりしてつぶやく。そして、激しく同意したのはシンシアだった。


シンシア『私の魔法がどこまで通用するか試してみたいわ。』


ヘレナ『なんか、シンシアが恐いんだけど・・・。』


エルダ『・・・アレが本来のシンシアじゃないのかな?』


ヘレナ『どう言う意味?』


エルダ『ほら、今までなんだかんだ自分を抑えてきたわけじゃん?シンシアはそんな自分を変えたかったんだと思う。』


ヘレナ『エルダにしてはまともな意見ね。』


エルダ『あのな・・・。』


二人の会話の間、シンシアは両目を閉じ、両手を胸の前でボールを掴むように構えている。

魔力を集中させているのか、自分以外には誰も聞こえないつぶやき。

口元が微妙に動いているから、つぶやいているのではないかと思っている。

しかし、相手は魔法を唱えるまで待ってくれるほど優しくはない。

数匹が急接近して来た。


ポーラ『来たっ!』


叫ぶと同時に、向かってくる相手に自らも突入する。

エルダは、出遅れてしまった事に悔しく思いながらも剣を抜きポーラを追うように駆け出す。

ポーラはわずかな光の中で見える相手の動きよりも早く拳を突き出した。

避けられずまともに喰らった魔物は吹き飛ばされ後方の大木と背中を打ち付け気を失った。


エルダ『俺にもやらせろ!』


嬉しそうな叫びとともにポーラの前に躍り出たエルダは抜いた剣を素早く横に振った。

ぼんやりとしか見えない相手の姿から、丸い物が弾け飛び、地面を転がる。

その時、後から激しく輝くなにかが、魔物達の姿を映し出した。


エルダ『ワーウルフだ!』


地面を転がっていたのが魔物の首だとわかって、両手で両目を覆ったヘレナ。

ポーラは目の前の首のない魔物を蹴って倒す。

魔物の首から大量の血が溢れ出ているが、そんな事を気にしてはいられない。

相手を殺さなければ自分が殺されるのだ。

魔物との戦いは常に生と死が争い競う。


エルダ『ポーラっ!魔法だ魔法!退くぞっ!!』


口よりも早くポーラの身体を左腕一本で抱えると、魔法発動直前のシンシアの真横まで後退する。

そのシンシアは、今までのシンシアにないほどの激しく鋭く表情で、口の動きを早くしている。

両手の中に出現した炎は小さな太陽を思わせるが、上に向かって燃え上がっているのではなく、火球の内側に向かって炎が進んでいる。

二匹の仲間を倒された魔物は怯む様子を見せずに、更に突進し、咆哮と同時に飛びあがった。


エルダ『シンシアっ!早く!!』


両目を閉じているシンシアに、魔物がどれほど接近していてもわかるはずがない。

エルダは、魔法を唱えるシンシアと飛び込んでくる魔物を交互に素早い視線を送り、間に合わないと思ったか、剣を構え、迎え撃つ姿勢をつくった。


シンシア『・・・魔炎咆哮!!』


創り出した火球を正面に押し出すように手をかざすと同時に叫んだ。

両手の中におさまる程度の小さな太陽が急激に膨張を始め、飛び込んで来た魔物を弾き飛ばす。

膨らみ続ける火球から溢れ出るように無数の光のすじが発生するが、一瞬で消えてしまう。

だが、その直後に、一本の太い光が前方に向かって伸びてゆく・・・。


エルダ『すげぇ・・・。』


率直な感想だろう。まさしく、他に言いようが無かったのだ。

直線に伸びた光は、その線上に立つ魔物、大木、岩、全てを貫き、一瞬にして焼き尽くした。

直撃を受けた魔物は下半身の足しか残らない。その他は全て蒸発してしまったかのように消えている。


ポーラ『見ちゃダメだよ。』


エルダ『なにがだ?』


ポーラ『・・・魔物の姿が見える?』


エルダ『あっ!しまった・・・。』


あれだけの激しい光を直視したあと、残った暗闇にエルダの目はなれていない。

魔物の姿は闇に溶け込んでしまっているかのように見え、月の光を頼りにしても、ほとんど無駄だった。


エルダ『で、どのくらい残ってる?』


ポーラ『・・・わかんない。』


エルダ『おぃおぃ、ポーラもよく見えないのか!?』


ポーラは首を横に振った。


エルダ『なに?』


ポーラ『数えきれないぐらいに増えてる・・・。』


エルダは答えるまでに時間が必要だった。


エルダ『・・・そいつは、戦いがいがありそうだな。』


口ではそう言っているが、さすがに全てを倒す自信はない。

もう一度魔法を頼ろうとシンシアを見たが、後ろに隠れていたヘレナを巻き込んで、一緒に仰向けに倒れている。


エルダ『なにやってんだよ。』


ヘレナ『シンシアが気を失っちゃったよ。多分・・・魔力の使いすぎね。』


ポーラ『・・・やばいね。』


その声自体は小さかったが、心の奥を激しく揺らすほどの言葉だった。


エルダ『まだ、そんなに近づいてないよな?』


ポーラ『うん。』


ヘレナ『逃げるの?』


エルダ『このまま戦って、俺は俺だけを守る自信はあるが、みんなまで守れない。』


ポーラ『私もちょっと自信ない。』


ヘレナ『ちょっとぅっ!守ってやるとかって自信はどこに飛んじゃったのヨ!?』


エルダ『・・・今の状況じゃ無理だ。すまん。』


確かに今の状況は厳しい。

シンシアは戦闘続行不能。

ヘレナは魔物と戦うことになれてはおらず、無理に戦わせる訳にも行かない。

ポーラとエルダはまだまだ戦える状態にあるが、魔物の数が多過ぎる。

囲まれて逃げ場を失うぐらいなら、少しでも魔物から離れて町に向かった方が良いのだ。


ヘレナ『ちょっと!あんた・・・まさか・・・。』


感づかれた事を無視してエルダは言う。


エルダ『ポーラは自分の荷物背負って、更にシンシアを抱いて山を下りるぐらいわけないよな?』


ポーラ『・・・うん。』


ポーラもエルダが何をしようとしているのか気が付き始めている。


エルダ『ヘレナはシンシアの荷物も持って下りれるよな?』


ヘレナ『・・・無理だなんて言える訳ないじゃない。格好付け過ぎよ、エルダは。』


エルダ『わかってるんなら話は早いじゃないか、今は他に方法が思い付かないんだ。』


ヘレナ『いくわよ、ポーラ。』


ポーラ『・・・うん。』


自分より身長の高いシンシアを軽がると抱えたポーラが、名残惜しそうに後を振り返るが、その視線の先には背中しかなかった。

低い唸り声をあげる魔物達相手に、たった一人が対峙している。


ヘレナ『心配したって始まらないわ。一人がみんなに迷惑をかけるのも困るけど、みんなで一人を困らせる方がよっぽど問題だわ。』


ポーラはこの意味をすぐには理解できなかった。

気を失ってぐったりとするシンシアを大事に抱え、ゆっくりとエルダから遠ざかって行く。

それが、ポーラにはとても寂しかった。


エルダ『さぁーて、誰から相手してくれるのかな?』


暗闇になれてきた視界に、ワーウルフとの名称が付けられた魔物の姿がうっすらと見える。

そして、魔物の数を心の中で数えている。

魔物達の一斉攻撃が始まったのは、二人の足音が聞こえなくなった直後だった。

2匹同時に突進してくる魔物を、大きく横に一閃しただけで仕留める。

剣の切れ味も然ることながら、技術と腕力が優れていることを証明している。

続いて襲ってくる魔物に対しては、自らが接近し、先制の一撃を浴びせた。

恐れを知らない人獣相手に戦うエルダは、自分も恐れを忘れていた。


何時間経過したかわからない。

背負っていたリュックは肩紐が切れ、地面を転がっている。中身が散乱していないのは、リュックを中心として、円の動きを作り、接近する魔物をそのつど撃退している。

いや、本当だったら、撃退では無くその場になぎ倒したであろう腕力に疲労を感じていた。

重い荷物を背負ったままでは素早い動きはできない。もはや、逃げるにしろ戦闘を続行するにしろ、捨てるしかなかった。

エルダの足下には、倒れて動かなくなった魔物が何匹いるのか数えるのに両手両足を使っても不足する。

避け切れなかった鋭い爪によって、服は破れ、腕や足に無数の傷を作っている。


エルダ『だいぶ減ってきたなぁ・・・。』


つぶやく言葉に力は無い。

それでも、自分が死ぬとは思っていないところがエルダの本当の強さかもしれない。

どんな苦境に立たされても、絶対に生残れると信じ切っているのだ。

包囲され続けていく中で、囮となった自分が最後に逃げるチャンスを待ちつづけている。

常にまわりを警戒し、自分の進むべき方向を見失わずに、走って逃げるだけの余力を残しつつ、戦いつづける。

これだけでも驚異的な体力を持っている事がわかるが、それ以上に驚異的な精神力の持ち主でもあった。

そのチャンスは夜明けと同時に訪れた。

昇り始める太陽を背にして咆哮しながら突進してくるワーウルフに、自分のリュックを投げつけた。

突然の飛来物を受け止めてしまって魔物が一瞬立ち止まってしまうと、それを確認するよりも早く、下山する道へ走り出す。

行く手を遮る魔物の一匹を斬り倒し、もう一匹を更に加速して勢いを付けた飛び蹴りで倒した。

下り坂に突入すると更に加速し、自分で制御できないほどの速さに達すると自分の右足に自分の左足をぶつけ、道以外の場所を転んで落ちていった。

魔物達は追いかけられるはずもなく、半ば崖となった場所を悔しそうに見下ろしていた・・・。


夜が明けて数時間後。

シンシアが目を開けたが、覚えの無い場所にいる為、一瞬混乱していた。


シンシア『あ、あれ・・・。魔物はどうしちゃったのかしら?』


二人は無言だ。

ポーラはそわそわしていて、質問に答えられるような余裕が無いように見える。

ヘレナは心配そうに自分の顔を覗き込む。

エルダは・・・。


シンシア『エルダはどうしたの?』


数秒の沈黙が、シンシアを不安にさせる。

自分で記憶しているのが、魔法を発動させた直後までという事もあり、沈黙が続けば続くほど不安を募らせた。


シンシア『ヘレナ!?答えてよ、エルダはどうしたの!?』


ヘレナ『・・・私達が逃げれるように、魔物と一人で戦ってるわ・・・。』


まわりに魔物がおらず、自分たちが安全地帯にいると言うことは、置き去りにしたともいえる。

シンシアはこの時、強い悔恨の念で涙をこぼした。


シンシア『私が無理して魔法なんて使ったばっかりに・・・。』


そうつぶやいたが、何も出来なかったヘレナに比べれば遥かにマシだろう。

ヘレナ自身、その事で後悔してるのだから。


ポーラ『ちょっと見てくる。』


シンシアが目を覚ました事と、現在の場所が安全だと言うことが確認されたという二つの条件により、ポーラはそれを言い残して下山した道を逆行しようと駆け出す。

ヘレナとシンシアが声をかけた時には、ポーラは登り始めている。


シンシア『私達も追いましょう。大会なんかよりももっと大切な事よね。』


ヘレナは頷き、リュックをその場に置いて追いかける。

しかし、数秒もしないうちに、ポーラの悲鳴が聞こえた。


ポーラ『エルダ!!』


ポーラの正面からヨロヨロとした足取で下りて来るのはまぎれもないエルダだった。

一応、服は着ているが、ほとんどその役目を果たしていない。

右腕は露出し袖は存在せず、両足の膝から下は、縫い合わせて雑巾に生まれ変わる事も困難なほどボロボロになっている。

身体全体が泥にまみれ、無数の傷を作り、髪の毛には野草が顔を出し、左太ももは赤くにじみ、持参した剣を杖代わりに自分の体を支え、それでもポーラの姿を見ると笑顔を作った。

そして安心したのだろう、力なく崩れた。

ポーラが何度か転びそうになるほどの慌てぶりで近づくと、必死に声をかけるが、反応は無い。

遅れて駆け付けたヘレナが、その場で魔法による治療を試みる。

左太ももが血に染まっていたが出血は止まっていて、全身の傷も思ったより浅い。

しかし、いくら傷を塞いでも、疲労を回復する事は不可能だ。

回復魔法にも種類があり、ヘレナの会得している魔法は怪我の治療のみ。骨折等も治療可能だ。

だが、体力回復の魔法は高度で、病気回復は更に高度である。

怪我の治療については人間の本来持っている自己回復能力を促進させる。

体力の回復は自分の魔力を注ぎ込むことで疲労回復を促進させる。

病気治療は魔力を体内の抗体に注ぎ、強化させるのだが、魔力を注ぎ過ぎると抗体が暴走し別の病気を発生させ、魔力が弱過ぎると効果が表れない。

だが、科学による薬の発明によって、病気治療を魔力に頼る事は少なくなっている。


エルダの治療が終わり、血や泥で汚れた身体を綺麗な布で拭い、置き去りにしたリュックの場所まで運ぶ。

3人とも疲労困憊ではあったが、エルダの声を聞くまで眠れそうも無かった。

交代で休もうという案も出たが、結局誰一人寝れず、最大の功労者を無言で見つめていた。






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