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「はじめまして、8番の高橋です」
「3番の佐藤です。よろしくお願いします」
にっこり。
とびきりの笑顔を作って、千咲は手元のプロフィールに視線を落とした。
玲奈とご飯に行った1週間後である。
あの時はもう結婚相談所にはいる気満々だったが、1週間のうちに怖気付き、結局は婚活パーティーに参加している。
「すいません、緊張しちゃって。僕こういうの初めてなんですよ。今まで参加されたことあります?」
「あ、初めてではないんですけど、何回か…」
「そうなんですねー」
嘘である。
何回かどころか、下手したら常連と言えるのではないだろうか。
千咲が初めて婚活パーティーなるものに参加したのは、社会人になってすぐ、22くらいの時だ。
もともと結婚願望が強く、友だちに誘われて二つ返事で参加した。
はじめは何が何だかわからないうちに終わっていたが、だんだんコツも掴めるようになり、3回目に参加した時にはその時知り合った人と付き合った。
以来、2〜3度パーティーに参加しては恋人を見つけ、1年半くらい付き合っては別れるという事を続けている。
「トークタイム終了です。男性は一つ番号の大きい部屋へご移動をお願いします」
「ありがとうございました」
「ありがとうございます、お話しできて楽しかったです」
膝の上に置いたハンドタオルの下、隠すように置いてあるスマホを落とさないように握って立ち上がり、部屋を移動する男性を見送る。
今日の参加者は男性8名、千咲と同じ3番の男性から始まったから、残りは3人である。
―――今日は収穫なし、かなー
千咲の持つ相手の印象をメモする用紙は、空白のままだ。
トークタイムは一人あたり10分足らず。何を書いたって混乱するだけだと気づいたのは2回目にパーティーに出た時だ。むしろ、下手にメモなんかしようものなら返って悪印象なことばっかり覚えてしまって、いいと思ったのが誰だかわからなくなる。
だから、千咲がメモに書くのは○のみだ。
○か✖︎か。
今日の参加者で一番いいと思うのはだれか。
それだけだ。
趣味も、性格も家族構成も仕事も年収も、その後の付き合いの中でいくらでもわかる。
この場で判断するのは、生理的にありかどうかだけである。
それが、千咲の婚活パーティーでのやり方だった。
「違ったらあれなんですけど、佐藤さんて前にもこのパーティー出てませんでした?」
「えっ」
挨拶をして、席に着くなり飛び出した男性の発言に、ニコニコと弧を描いていた口の端がひきつるのを感じた。
「先月くらいのやつ」
「先月…」
身に覚えがありすぎる。
先月、あまりに連れない俊の態度に、避けようのない終わりの気配を感じて次の恋を探しかけた事があった。
でも、参加したものの俊以上の人には出会えず、千咲にとっての運命の恋(その当時は)を手放さないためにあらゆる努力をしようと決めたのだ。
「俺、なんでこの人婚活パーティーなんてくるんだろうって思ったからよく覚えてるんですよ」
1番、牧田慎二。
プロフィールと目の前の顔を見つめるも、千咲の記憶には微塵も残っていなかった。
「なんで、って結婚したいからですよー‼︎ごめんなさい、わたし覚えてなくて」
だいたい、千咲にとって先月のパーティーは俊の良さの再確認と、自分の市場価値の確認程度の意味合いしかなかったのだ。
「え、だってカップリングしないこととかあります?白紙で出すとかですか?」
「いやいや、普通に書きますけど、成立しないことだってそりゃありますよ」
「えー、だれが佐藤さん断るんですか?逆に見てみたい、そんなやつ」
「あはは、ありがとうございます。褒めてもらっても何にも出せないんですけど」
千咲は、取り立てて自分がかわいいとは思わない。かといって、ブサイクとも思わないが。
ただ、もし世の中の女の子を「かわいい」と「ブサイク」の2つにきっぱりわけるなら、かわいい部類だろうなーとは思う。
くっきり二重の大きな目は自慢だし、目元のホクロと思春期のニキビ跡は大嫌いだけど、メイクしていれば気にならない程度。鼻はちょっと大きいけど、サラサラのストレートヘアは天使の輪を作るキューティクルを持っている。
自分の嫌いなところも好きなところも半々なのだから、わたしなんて…と必要以上に卑下しなくなっていいはずだ。
だいたい、自分がブサイクだと思っていたら世の中は生きづらいに違いない。
街を歩けば自分よりかわいくない人がいる。それは所詮千咲の主観だが、わざわざ「わたしはあの人よりかわいくない」と思うより「わたしはあの人よりはかわいい」と思ってた方が精神的に良さそうな気がする。
そんな考えだから結婚できねーんだよ。
と、いうのは2つ下の弟の意見である。
ぐうの音もでない。
「俺あの時友だちと参加してて、佐藤さん婚活パーティーじゃ無双してんだろうなーって話してたんですよ」
「無双って…全然そんなことないですよ」
謙虚でいようと努めながら、千咲は緩む口元を手で隠した。
基本的に婚活パーティーの参加者は恋人なり、結婚相手を探している。そこそこの容姿なら、にこにこ笑って、相手の話に興味を持ち、正しい相槌を打っていれば貶される事はない。
恋人になるかもしれない人を初対面で貶すような人と遭遇するのはよほどのレアケースだ。
例えお世辞でも、褒められれば気分がいい。
俊との別れでボコボコに叩きのめされた自信を取り戻すのに、婚活パーティーは打って付けである。
そんな考えだから結婚できねーんだよ。とは(以下略)。
「それでは只今よりいいなアピールの時間へと移らせていただきます。お手元の―――…」
伏せたままのスマホを弄びながら、千咲は結局○のつく事のなかったメモ用紙を見つめた。
褒めてもらえるものの、やはり若さとは武器である。
初めてパーティーに参加した22の時と比べれば、やっぱりもらえるアピールの数は下がるのだ。
―――1500円、プラス交通費の出費かあ…
このまま次に行われるカップル希望も白紙で出せば、今日はただお金を払って褒めてもらっただけである。ホストクラブでもあるまいに。
―――だれか適当に書いて、ご飯おごってもらって、ついでに地元の駅まで送ってもらおうかなあ
そんなナメきった考えが脳裏をかすめたものの、「そんな考え(以下略)」という弟の発言を思い出して、千咲はスマホを握りしめたまま一人帰路に着いた。
実は結構傷ついていたりするのだ、弟の発言には。