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「なんですかそれ‼︎電話一つで、ってナメてんの?」
「ちょ、しーっ‼︎声が大きい‼︎」
怒りに震えて立ち上がった同僚の服の袖を引っ張りながら、千咲は小声で訴えた。
週末である。
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失恋から2週間たっても、千咲には相変わらずなんの実感もわかなかった。
普段通りに働き、アフター5に買い物をして、スマホ片手に録り溜めたドラマを見る。
1週間もすれば失恋で涙が止まらないなんてドラマや漫画の世界の話だな、と冷めた気持ちでパックジュースを飲みながらネット通販するほどだった。
「千咲さん、彼氏さんどうですかー?胃袋捕獲作戦、どんな感じ?」
昼休み、お弁当をつつきながらなんとなしにスマホを眺めていた千咲に、後輩である山本玲奈が詰め寄ってきた。
「んー?」
「占いだと、今月いい感じだったんですよね」
玲奈の言葉に苦笑が漏れた。確かに、藁にもすがる気持ちで3ヶ月前に行った占いではそんなことをいわれた。奮発してパワーストーンのブレスレットも買った。…結果は、ご存知の通りだが。
去年、千咲の会社に契約社員として入ってきた玲奈は4つも年下とは思えないほどしっかりしている。正社員の後輩よりよっぽど仕事ができて、2人で飲みながら業務改善について話したりする仲だ。
そして、職場で唯一の恋バナをする相手でもある。
「あー、……別れたの」
なんとなく、小声になってしまった。
「は?」
「おしまいにしようってさ」
「えっ、マジですか?いつ?え?いつ⁇」
驚くほどの食いつきである。
別に玲奈が人の不幸を面白がっているとかそんなんではなく、幸せな話よりちょっと残念な話の方が盛り上がるなんてのは女子の定番じゃないだろうか。
28になる千咲が女子かどうかは別として。
「2週間くらい前かな」
「会ったんですか?」
「ううん、電話が来て、それで」
玲奈の目が大きく見開かれた。自分のことのように辛そうな顔をする玲奈に、本来こうあるべきだよなーなんて他人事のように思う。
「ちょ、ちょちょちょ、ご飯‼︎ご飯行きましょう‼︎」
「うん、行きたいー‼︎話聞いて‼︎」
「聞きます‼︎聞きますよ!千咲さん、ほら、スケジュール見て‼︎スマホ弄ってるならスケジュール見てくださいよ。直近ならいつです?明日は?週末とか?」
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そんな感じで現在に戻るわけである。
「はいはい、ほら。飲んで飲んで」
「えー、なんかほんともう…腹立たしい‼︎」
「本当にねえ」
オシャレなトラットリアの角のソファ席。長話するにはもってこいな場所だ。机に置いたスマホの真っ暗な画面に、天井のオシャレなランプが写っていた。
「わたしに悪いーとかわたしにとってウンタラカンタラって言ってて全然話進まないからさ、わたしのことはわたしが考えますからって言ってやったの」
「あー‼︎わかるー!お前のためとか、人のせいにするのやめてくれる!?って思いますよね‼︎」
「そう!ほんとそれなの!」
千咲が思ってたことと同じ事を言う玲奈に、思わず声が大きくなった。
だれかに話せば、少しは悲しくなるんじゃないかと思った。涙の一つも流れるんじゃないかって。
でも実際は声高に不満を言い合ってすっきりするだけで、千咲はいよいよ自分の薄情さに嫌気がさしてきた。
「もうさー、会えるかわかんないのに予定空けておくの疲れちゃった」
「そんなの、終わりにして正解です。次行きましょう、次」
「ね、もう婚活も疲れちゃったなー」
俊と出会ったのは、婚活パーティーだった。一目見たとき、きらきら輝いて見えた。この人だ、と思ったのだ。
「わたしに運命を感じとる力はないみたいだよ、玲奈ちゃん」
「運命は掴みとるものです、千咲さん‼︎」
「もういっそ結婚相談所に入ろっかな」
「結婚しようって思ったら、まあ、それも手ですよねー……すいません、千咲さん、ちょっと写真いいですか?」
「ん?いいよー」
ピース、で素早く写真を撮った後、玲奈はメッセージアプリの画面を千咲に見せた。
「ほんと、しょうもないと思いません?うざー」
<ウザくてごめん>
<玲奈のこと信用してないわけじゃなくて>
<心配になるんだ>
<1年付き合って玲奈がそんなやつじゃないってわかってるけど>
<男と会ってるんじゃないかって思っちゃう>
<ごめん>
ひっきりなしにでる通知に、千咲は思わず遠い目をした。向かいの玲奈の目も同じようなものである。
「…し、心配性なんだね」
「頭おかしいんですよ」
「まあ、あれじゃない、愛されてるんだよ」
「本人にもウザいからやめてって言ってるんですけどね。まあ写真送って安心するならそれでいいかって」
本人同士がそれでいいなら、何も言うまい。
玲奈と撮った写真が彼氏に送られるくらい、千咲にはなんの害もないのだから。
恋を叶えるとか言う天使の待ち受け画面をつけたり消したりしながら、話題はちょっぴり問題児な後輩の話に移っていく。
―――来週、結婚相談所で話聞いてみようかなあ
玲奈の話に相槌を打ちながら、頭の中で来週の予定を組み立てる。
最後の恋だと歌った割に、あっさりと次を考えている自分に、千咲はなんとなくがっかりした。






