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Act,01―空―

 


――十年前



「ねぇ、空っ、待って待って!」

「早く、早く! 時間がないんやって!」

「もー、こけるよっ? 知らないよ、怪我してもっ」

「へっちゃらだって。ほら、おいで」


差し延ばされたその手のひらを、とらなければよかったのだろうか。その手を取るのに何分か待てば善かったのか。


すぐに取ったのがいけなかったのか。なにがダメ、なんて今から考えればどれだけでも出てくるものだ。誰がダメなことは明確なのに。


「ねー、大人になったら、何になりたい?」

「決まってる、俳優!」

「んじゃ、僕も!」

「えぇ、お前は違う道に行って、時々俺と入れ替わる……面白いやろ?」

「うん、じゃぁ……同じ世界がいいから……芸人? ミュージシャン?」

「いいねぇ、芸人だったら一緒だし、ミュージシャン!」

「決まり!」


そんな、叶いもしない夢を重ねて僕らはいつまでも語り合った。なぜかその日は語り合ってた。まだ、見もしない将来のことを夢、夢で埋め尽くすのだ。まるで、その場を見ているかのように。






そんな夢。



叶いもしないのに――




――その日。

彼は死んだ。



僕の目の前で。



気付けば血の海の中に居た。真っ赤な真っ赤なその血は、自分と彼をどんどん染めていく。自分の血ではなかった。彼のだった。



その後、幾人もの人が僕や親父に話し掛けていたけれど、一切頭の中には入ってこなかった。


ただ、親父と一緒に毎晩彼の前で涙を流していた。


母親は、彼が死んだ直後、寝込んでしまった。起きてこなかった。葬式の間もずっと。


目の前で横たわる彼は、今にも動きだしそうで、本当に生きてるみたいだった。


何度彼の名前を呼んだだろう。何度、彼の手を握ろうとしただろう。応答は当たり前のようになく、握ろうとしても握り返して貰えないのが怖くて握れなかった。




今になって後悔する。


何故あの時、手を握ってしまったのだろう


何故あの時、彼の冷たい手を握れなかったのだろう、と。



後ろめたさ全開で、僕らは彼を置いて歩きだした。







――十年後(現在)


「空、空ッ! 早く起きて――」

「――起きてるよ、母さん。今、用意してる」

「……むぅ、今日ぐらい起こさせてって言ったじゃないっ。もう、昔からそうよー、全く手のかからない子なんだからー」


膨れる彼女はエプロンをひらひらさせながら部屋から出ていった。一方、“空”と呼ばれた少年は大きな荷物を部屋から出すところだった。


部屋からあらゆるモノを取り出したからだろう。部屋が変にすっからかんだった。


少年は、だいたい168くらいの背丈を持ち、線は太くないがある程度付いた程よい筋肉、そして、整った顔つきをしていた。精悍、という言葉が一番似合うのだろう。開いた目は、それなりに大きく、透き通ったスカイブルー。


その目がすべてを語っていた。


その目は海がキラキラと光るかのように輝いていた。小さい子供が冒険を楽しみにしているかのように。


彼の名前は城島空。


この春、上京することになった。


彼の夢を果たすためである――




――ガシャンッ


何かが割れる音がした。空少年は急いで荷物とともに一階に降りる。大きいカバンを玄関口においてキッチンへ駆け付けると、そこには案の定皿を割ってしまって、固まっているエプロン姿の母親が居た。


「あー、やっちまったな」


後ろから声がした。少年の父親だった。同じく精悍な顔つきをしていた。

ただ、少し種類は違っていて瓜二つという訳ではなかった。というよりむしろ、あんまり似てはなかった。


「母さん、焦んないでいいんだよ。ゆっくり」

「そうそう。焦ったってどうせこいつは花の東京に行っちゃうんだからさ」

「うるさいな」


きっと父親を睨む空とは裏腹に母親は割れた皿を見てあたふたしている。


「あぁ、新聞紙持ってきてくれる?」

「ごめんねっ」


謝っていく彼女はまるで小さな女の子のようで、全然年相応には見えなかった。それを心配そうに見守る空を見て父親はため息をついた。


「……大丈夫だって。倒れたりはしねぇよ、死ぬんじゃないんだから」

「……あんた一人だと色々心配にもなる」

「なら、残るか? ここに居るか?」

「いや、残らないよ」


そう返ってくるとわかっていたかのように笑う父親に少々腹をたたせながら、また睨む。父親は、また、おどけて笑った。




皿を片付けて、しばらく、会うことのない家族とともに朝食をすませてとうとう、空少年の旅立ちの時がやってきた。


「ねぇ、一週間に一度は必ず電話、ちょうだいね?」

「うん、大丈夫? 母さん。こんなへなちょこジジィ独りだけで大丈夫?」

「うーん、なら、毎日できるだけ電話が欲しいっ」

「おいおいおい。俺はそんなに役立たずか?」

「「うん」」


二人一緒に頷けば、空少年と母親は微笑み合った。


「一応、俺だって男だってのー。女一人守れないわけねぇだろっ」

「はいはい、なら、一週間に一回は必ず電話するよ。一応、そのおっちゃんに充分頼ってよね」

「うーん、一応こいつで我慢するわ」


母親が笑い、空少年は安堵の表情を見せる。そして、大きな荷物を抱えて玄関から外へ出た。両親は玄関口で、にこやかに笑っている。空少年は、歩きだした。


「ちゃんと健康管理するのよっ!」


振り向き頷く空少年は、もう一人の方へと目を向けた。そこには、先程まで暴れていたはずの影がなく、口パクで、何かを言っていた。


空少年は理解したのか、にこやかに笑った。



先程とは見違える程の綺麗な笑みで――



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