ちんこ投げ 第四の預言
『陳投寺』と双璧をなす尼寺が愛媛県の西条市の石鎚山の麓にあり、名を『珍峰寺』という。
四国は八十八ヶ所巡りで知られている通り真言宗の寺が多く、空海の言い伝えが多いが『珍峰寺』も『陳投寺』もいかなる宗派にも属していない。
「そんな寺があるのか」と思われるだろうが、少数ではあるが実は存在するのだ。
愛知県名古屋市にある『日台寺』もいかなる宗派にも属していない寺院である。
『珍峰寺』は『陳投寺』の陳効の元で、仏法とちんこ投げを学んだ『沈鎮』により建立された寺院である。
沈鎮は陳効のちんこ投げの教えに疑問を抱いた。
沈鎮は葛藤の末「ちんことは投げる物ではなく愛でる物だ」と言い残し、陳投寺を後にしたのだ。
全国を巡り、ちんこ投げの旅をしていた沈鎮は西日本最高峰である石鎚山の麓に『珍峰寺』を建立する。
石鎚山を見た沈鎮は「まるでそびえ立つちんこのようだ」と感嘆したという。
それだけで石鎚山の麓に『珍峰寺』を建立したのではない。
石鎚山からは豊富な湧き水が染み出してきており、水不足が懸念される四国では珍しく水の心配がなかったのだ。
沈鎮は湧き水を「ちんこより染み出る聖水が如し」と表現し、神聖な物として扱った。
『陳投寺』と『珍峰寺』の教えは似通っている。
当然だ、元は同じ教えなのだから。
では何が違うのだろうか?
『陳投寺』では千切ったちんこを出来るだけ遠くへ遠投する。
「ちんこを遠くへ投げる事で厄を遠くへ追いやる」という意味が込められているのだ。
だが『珍峰寺』では「ちんこは悪ではない。
ちんこは厄など抱えていない。」という考え方だ。
なので『珍峰寺』では千切ったちんこを決して投げない。
『珍峰寺』では、千切ったちんこは仏壇に祀られる。
「仏壇がちんこだらけになるじゃないか」と思われるかも知れないが、心配はいらない。
一週間に一回、護摩を焚く時に一緒に仏壇に祀られているちんこを燃やすのだ。
燃やされるちんこは焼肉のような良い匂いを発するという。
その匂いに釣られ、山より熊やキツネや狼が降りてくるのだ。
焼けたちんこを尼達は野性動物達と一緒に食すのだ。
尼寺での食事は生臭が禁じられており、肉食などはもっての他とされているが一週間に一回、ちんこを食べるのは許可されており、尼達の密かな楽しみになっている。
時々、千切ったちんこを投げない女性を見るだろう。
彼女達は『珍峰寺派』を学んだ女性達なのだ。
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陳投寺の朝は早い。
午前10時前後には全ての尼が起床する。
そして身支度を各々が整えて、午前11時頃、朝食兼昼食を摂るのだ。
この食事を仏教用語で「ブランチ」という。
寺でも食事は基本的に生臭物が禁止である。
なので朝食の献立は「パンとイチゴジャム」が普通である。
牛乳は普通生臭として嫌われるのだが、釈迦が苦行中に行き倒れていた時に、スジャータという名の少女にヤギの乳をもらって生き延びたというエピソードがあるので「乳はOK」という事で牛乳は飲み放題なのだ。
・・・というか牛乳がOKでないと、乳製品が使われているパンがダメになってしまうのだ。
食事が終わると13時から13時5分までは座禅の時間である。
その後が住職丹洪による有難い法話の時間である。
法話は若い尼の間では「恋バナ」と呼ばれている。
「どの尼があそこにいるイケメンに惚れている」という話をキャーキャーと言いながら夕方19時までする。
そして19時からが食事の時間である。
19時まで恋バナをしていたので誰も食事の準備をしていない。
なので食事は基本的に弁当屋の仕出し弁当である。
「たまには出来立ての温かい物も食べたいわよね」と愚痴る尼も多いが修行中の身である、贅沢も言ってられまい。
それでもどうしても温かい物が食べたくなった時は、近くのファミレスに全員で行って食べたい物を食べる事になっている。
「ファミレス内での事を仏は見ていない」という都合の良い自分ルールがあるので、ファミレス内では肉食い放題、酒飲み放題である。
毎日ファミレスに行く訳ではない。
たまの息抜き時くらいは目を瞑るべきかもしれない。
ファミレスに行くのは週に3回程度しかないのだ。
そして夜21時に消灯時間になる。
ただ見たいテレビがある場合は寝なくても良いのだ。
掃除や洗濯や炊事の時間が全くないと思われるかも知れないが、それらは外部の専門家と契約しているので、自分達でやる必要は全くないのだ。
こうして厳しい陳投寺での修行の一日が今日も終了する。
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「あなたも十五歳・・・もう分別のつく年齢ね。
本当の事を言います。
私は母親としてあなたが傷つかないように『あなたのお父さんは死んだんだ』と言ってきました。
本当はあなたの父親は生きています。
そして、他所で家庭を作り子供もいます。
それでもあなたは父親に会いたいの?」
母親は「そんなお父さんになんてもう会いたくない」と私が言う事をおそらく望んでいたのだろう。
だが私は父親に一目会って聞かねばならない。
「何で私達家族を裏切ったのか、どうして私の前から何も言わずに去ったのか」と。
別に父親を責めたい訳ではない。
でもそれを父親の口から聞かないと私は過去を振り切って、新しい一歩を踏み出せない気がするのだ。
父親は6年前、私が9歳の時に突然姿をくらました。
私の記憶の中では父親は人懐っこい、人当たりの良い笑顔を未だに浮かべている。
母親に父親の事を聞いても「お父さんは死んだ」の一点張り。
もう私も9歳、不自然さには気付いていた。
本当に死んだのであれば葬儀なり何なりがあるだろう。
大人たちが突然消えた父親を「死んだ」と言い、腫れ物にさわるように、触れないようにしているのを見て「何かある」と子供心に思ったものだ。
父親の一件は私の心の中にしこりのように残っており、この一件を振り払わねば私は前に進む事が出来ないような気がするのだ。
「気は変わらないようね。
あの人・・・あなたのお父さんは今ここに住んでいます。
あなたがあの人に会うつもりならこのメモに書いてある場所を訪ねなさい」
母親はあきらめたように言うと私にメモ紙を渡した。
父親は今、二階建ての古アパートに住んでいるようだ。
住んでいる所で判断すると、裕福な生活をしているようには見えず、金銭目的で私達を捨てた訳ではないようだ。
父親の住むアパートからは、赤ん坊を背中に背負った二十歳前後の若奥様が父親が住んでいるという部屋から出てきた。
この女が父親の相手なのだろうか?
私といくつも違わないじゃないか。
歳をとった男性が子供より年下の女性相手に劣情を催す・・・それは自然な事だと言う。
理屈ではわかっている。
でも拒絶反応が出るのだ。
赤ん坊を背負った女性がこちらを見ている。
やめて欲しい。
私はあなたに言いたい事はない・・・いや、お前と話したくなんてない!
お前が背負っている赤ん坊・・・服を見ると女の子だろう・・・は父親の娘、つまり私の腹違いの妹という事になる。
この子が成長して私の事を「お姉ちゃん」と呼ぶ・・・思わず蕁麻疹が出そうになる。
女性が近づいてくる。
私の事を父親から聞いているのだろうか?
「こういう女の子が訪ねて来るかもしれないから、対応しといてくれ」とでも言われているんだろうか?
来なければ良かった。
私が話したかったのは父親であって、この女ではない。
女は私に近づいて来ると言った。
「もしかしてやっちゃん?」
私は頭に血が上りながらも「アンタに『やっちゃん』と呼ばれる筋合いはないんだよ!」という言葉を飲み込んで頷いた。
女が赤ん坊を背負っていなかったら、怒鳴っていたかもしれない。
人として子供の前で親は怒鳴れない。たとえ子供が何もわからない赤ん坊だとしても。
「変わらないわね。
面影なんて私が知ってる子供の頃のまんまだわ!
私よ、あなたの父親だった『薫』よ」
私は激しく混乱した。
父親は晩婚でしかも母親は子宝になかなか恵まれず私は父親が50歳の時に生まれた子供のはずだ。
父親はやっと手に入れた一人っ子の子供である私を目に入れても痛くないほど可愛がっていたのだ。
こんな若い人妻は知らない。
なのにこの女性は自分の事を『薫だ』という。
私の混乱するようすを見て、女性はゆっくりと私がわかるように話し始めた。
私に理解させようとゆっくり話す様子はまるで父親を見ているようだった。
「当時私達は市営住宅の五階に住んでいたわ。
私は仕事の外回りをしていて、住んでいる場所の近くを通りかかったのよ。
ついでにせっかくだから家で食事をしていこうとした訳よ。
ホラ、外で食事をするとお金がかかるでしょう?
・・・で家のインターフォンを鳴らした訳。
でも応答はなかったわ。
もしかしたら奥さんは買い物に出かけたのかも知れない。
しょうがないわよね、何の連絡もなしで家に突然帰ってきたんだから。
私は適当に冷蔵庫の中の物を食べて仕事に戻る事にしたわ。
私が適当に食事をしていたら奥さんだって帰ってくるだろうし、帰って来なかったら書置きのメモを残しておけば良いだけだしね。
私は合鍵を使って家の中に入ったわ。
ソファーには奥さん・・・やっちゃんのお母さんが昼寝していたの。
私は『奥さんを起こしちゃいけない』と思って、そっとソファーの横を通ろうとしたの。
だけど私はコツンと奥さんを蹴ってしまったのよ。
昼寝から目を醒ました奥さんは寝ぼけて私の事を部屋に忍び込んだ強盗だと思ったのね。
奥さんは私のちんこを千切ると市営住宅の五階の窓から思いっきり投げたわ。
ちんこはトンビがキャッチしてどこかへ持って飛んでいってしまったわ。
私は女の子になってしまったけど、やっちゃんの父親であり続けようとしたわ。
でもね・・・やっちゃんは私に言ったの。
『お姉ちゃん誰?』って。
私はやっちゃんの父親としては生きられない。
やっちゃんは私の事を父親としては認めない。
私はやっちゃんのそばにいてはいけない。
私は泣きながら決断したの」女性は涙ぐみながら言った。
何だ、お父さん悪くないんじゃないか。
悪いのは母親だよ。
何勝手に父親殺してるんだよ?
でもお父さん、授乳している時は母親の顔してたなぁ・・・。
お父さんは家を出て生活をするためにファミレスでアルバイトをしていたらしい。
そのファミレスに何度も通い、何度もお父さんにアプローチしてきたのがお父さんの結婚相手で赤ん坊の父親らしい。
何度断っても、ちんこを投げられた元男だと話しても決して相手は諦めなかったらしい。
最後には根負けしてお父さんは結婚相手との交際を開始したという。
「この子『泰葉』って名前なのよ。
ごめんね、やっちゃんと同じ名前つけちゃって。
もう会えないとは思ってたんだけど、どうしてもやっちゃんの事が忘れられなくて・・・」お父さんは涙をぬぐいながら言った。
私はお父さんを抱きしめた。
小柄で童顔なお父さんは傍から見ると私の妹にしか見えないだろう。
でも間違いなく私の大好きなお父さんだ。