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空帝遺物  作者: 水芦 傑
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居酒場でのひと騒動

 マクロノのおすすめの店は最終会議を行っていた中央塔から歩いて数分のところにあった。古びれた、というわけではないがレッシュが見る限りに抱いた印象はそれだった。

 年季の入った建物はこのご時世に木製の造りをしていて、実に時代を感じられるものだ。

「ねえ、本当に、ここなの?」

「そんな顔しないでよ。ホント、ここ絶品なんだから。あの有名なメルスンのガイドブックで二つ星も取ってるくらいの店だからね」

 決してマクロノがその二つ星を獲得したわけではないのだが、まるで自分のことのように胸を張っていた。

「ふーん。そうなの」

「興味なさげだなあ。でも、実際に食べてみればわかってもらえるよ、きっと」

 二人が店の中に足を踏み入れると、そこは外から見るより広い店内と、営業用の笑顔を作る若い女性が出迎えてくれた。

「いらっしゃいませ!何名様でしょうか?」

 マクロノは指を二本立てるだけで、その回答を示した。

「わかりました。壁際の席へどうぞー」

 店内を奥へ進むと一層広い空間に、壁際に向かい合わせの席と、中央には丸テーブルが規則的に並べられていて、各々の客が楽しそうに食事を楽しむ一方で、それとは対照的に中央の丸テーブルには昼間から酒を煽る集団も見受けられた。

 酒を煽る集団の中に、二人ほど他の人間とは違い、明らかに巨大、人の二倍はあるかという図体の男も混ざっていた。

 それはディアブロイド、と呼ばれる人種の者達だろう。世界の人口はヒューマロイド、ステロムロイド、そしてディアブロイドの三種族によってその全体を占めている。

 人ではあるが、それぞれが身体に特徴を持つ、世界人口の約一割を占める人種だ。この男たちのように、人の二回り以上の肉体を持つものもいるが、ディアブの中で最も多い身体的特徴としては翼が生えている、というものが一般的だった。

 実際、空で暮らすこの世界で、翼を持つことの重要性は実に高く、ディアブはその人口の少なさからも高貴な存在として扱われることが多かった。

「ここって、まさか()酒場(さかば)?」

 嫌悪感を隠さないレッシュに、マクロノは惚けた顔で、しかしニヤけ顔を返した。元々、レッシュはこういった大衆酒場に馴染みがなく、いい印象を抱いてなかった。そして、マクロノもまたそれをしっかりと理解していた。

「マクロノ、あんたって人は―――――」

「はいストップ。まぁまぁ、たまにはいいじゃん?飯食べるだけだし、食べたらすぐ出るからさ。それに、そのレッシュの不機嫌を治してもおつりがくるくらいに、ここの料理は美味しいから」

 悪びれもせず、マクロノは空いている席についた。レッシュもその行動を辿る。忙しく働きながらも、その二人の様子を確認していた若い女性が空気を察し、近づいてきた。

「あー、レブ肉定食二つ。いいよね?レッシュ」

 マクロノは自分が案内した以上、レッシュにメニューの決定権を与えるつもりはなさそうだ。

「もう何でもいいわ」

「かしこまりました。失礼します」

 一礼して、若い女性がこの場を後にするが、それと同時にレブ二つ入りまぁす!!と厨房に叫び、なおかつメモを取っていた。

 客がひっきりなしに出入りするほどの有名店でもあるため、それほどのことができなければ店を回すことができないのだろう。

「食べたらすぐ帰るからね」

「仰せの通りに、お嬢様」

 マクロノは小馬鹿にするように返答するが、レッシュはそれを意にも介さなかった。

「もう、空帝祭も十一回目になるのよね…」

 感慨深く、レッシュは時の流れを感じていた。この世界を造り出した空帝の偉大さを改めて感じることこそ、空帝祭の実際の目的であるのだから。

「そういえばそうだね。第一回の時もオブロマン家の当主が実行委員長をやったらしいし、今回も次期当主のレッシュがやるとなると、誇らしいね」

「まあ、私は何もしてないけどね。実行委員長なんて殆どすることなくて、少しびっくりしたくらいよ」

「そーなの?なんか大変そうだなあとか適当に思ってたけど」

 マクロノの興味が半分以上失われているのはレッシュがこの居酒場に馴染んできていて、表情から嫌悪感が見られなくなってきているからだろう。

「委員長なんて、統制とって、ハンコ捺して、問題解決して、って感じでこれをやるだのあれをやるだのって追われるような忙しさはなかったわ。その分、責任が重いのがつらいところだけど」

 不服にレッシュが言葉を紡いだ。委員長の仕事内容に対してでもあるが、マクロノの態度に対しての返答でもあった。

「なるほどねー。でも、レッシュがしっかりして、的確な指示とか出してたから、やることなくて済んだんじゃないかな?」

「あら、珍しく褒めてくれるのね」

 珍しくは余計でしょ、とマクロノは拗ねた表情をするが、それさえも冗談めいている。

「はい、お待たせしました。レブ肉定食二つになります!」

 勢いのままに、先程の女店員が注文の品を運んできた。乱暴に店の商品を置くやいなや、女店員はまたすぐに店の奥へと消えて行った。接客態度としてはあまりよくはないが、彼女のその態度一つでも、この店の繁盛具合をはっきりと理解させられる。

「あら、なかなか美味しそうね」

「でしょー?食べたらもっと美味しいよ、きっと」

 マクロノは自分の定食には箸をつけようともせず、にやにやとレッシュを見詰めていた。ギャフン、とまではいかなくとも、レッシュの驚く顔を見たかったのだろう。まるで、悪戯を仕掛けた子供のように期待した顔をしている。

 レッシュはそれをわかっていながらも、気に掛けないように振る舞い、定食に箸を進めようとしたが―――――。

「うるせえ!!てめえがあの時あんなヘマしなけりゃなあ!!」

「あんだと!!!そんな口きいていいと思ってんのか!!」

 一瞬、箸を止めたレッシュだったが、その喧嘩を意識の外へ弾き飛ばし、何事もなかったかのように食事を始めた。

 一口、その定食を食べ進めたが、マクロノの期待するような事は起こらなかった。マクロノの言葉通り、舌の肥えたレッシュでも、ほっぺが落ちるほどの美味であったことは確かだ。

 この店が二つ星を獲得したことも頷ける。

 しかし、意識の外へ弾き飛ばした喧嘩が、この居酒場への嫌悪感を募らせ、その味を落としていたこともまた、確かだった。

「なかなか美味しいわね」

「なんか、思ってたのと違う。もっと感動してくれると思ってたのに」

「何を期待していたのかは知らないけど、それなりに感動はしてるわよ?」

 皮肉のように、表情を変えずに見つめてくるマクロノに視線を返した。

「まあいいや。俺も食べよっと」

 マクロノもレッシュに続き、その箸を進めたが、それよりなにより、店の店員三人ほどが喧嘩の仲裁に入っていたことがマクロノにとって気がかりでならなかったのか、ちらちらと視線を横に移す仕草が窺えた。

「いい加減にしろよ!!」

「やってやろうじゃねえか!!!」

「ねえ、レッシュ。そろそろやばそうじゃない?」

 不穏な空気を察し、しかしマクロノは楽しそうにそう告げた。

「マクロノ、やっぱり悪趣味ね」

 これも居酒場の醍醐味さ、と話すマクロノに、怏々としてレッシュは不快感を蘇らせた。だから居酒場は嫌いなのよ、と顔で語っていた。

 いかに食事が美味しくとも、二度と仕事以外でレッシュがこの居酒場に足を踏み入れることはないだろう。

「これ以上、見ているわけにはいかないでしょ」

「お、第八治安部隊の部隊長様のお出ましだね」

 正義感、というよりもその浮遊都市の平穏を保つ治安部隊としての使命感に駆られ、レッシュは箸を置いた。第八治安部隊を統括する立場の部隊長はレッシュだが、その部隊の実働を担当する部隊主任は目の前でふざけているマクロノだった。

 レッシュは気怠そうにその重い腰を上げた。この後、午後からの最終会議のことを考えると、面倒は避けたかったのだが。

 ディアブの男達二人と言えば、今にも殴り合いを始めそうな雰囲気でお互いを威嚇しあっている。仲裁に入っていたはずの店員たちも、同じく酒を煽っていた仲間たちも、身の危険を感じたのか、二人からは距離を置いていた。

 が、一人で隣の席で食事をしていた男、茶色の外套で全身を包み、フードのようなもので顔さえも隠しているその人だけは微動だにせず、食事を続けている。

 二人の男がその拳を振り上げたその時、レッシュは大きく息を吸い込んだ。

「貴方達―――――」

 レッシュの声より先に、二人の男はその拳を突き出した。どちらが勝つか、そんなことにしか興味のないマクロノは席から立とうともしていない。

 二人の拳の衝突に一瞬周りが息を飲んだが―――――拳が交わることはなかった。

 拳の間に、人が立っていた。

 実に一瞬のことで、周りの人が何を起きたのかを確認するより早く、レッシュはその事象に気が付いた。

 先程まで、食事をしていた筈の人がいない。

 しかし、気づけたのはそこまでで、なぜ男が仲裁に入ったのか、どうやってこの短時間で拳の間に辿り着いたのか、などの疑問だけが残った。

 男の、いや、フードが脱げて今ようやく男だとわかったその人は深い海の色に似た濃い青髪に、透き通ったエメラルドグリーンの瞳を持った青年だった。レッシュと同い年かそれより下だろうか。

「なっ!?」

「誰だてめえ!!」

 慄いた感情を隠すように、二人の男は今までの威勢のまま声を張り上げた。

「不味くなる」

 実に単調で明快な一言だった。しかし、それは圧倒的な一言でもあった。

 慄いている二人の表情はみるみる暗くなり、しかし自らの面子を保つために必死に恐怖に抗っているようだ。

 レッシュから見れば、それほど圧倒的でもなかったが、二人の男は店を破壊するほど本気だったであろうその一撃を、年端もいかない青年に顔色一つも変えずに受け止められたことが恐怖を生み出させたのだろう。

「なんだと!?」

「だから、不味くなる」

 もう一人の男も叫ぶ。

「何がだ!?」

「だから。飯が不味くなるって言ってんだよ、お前らのせいで」

 二人の男は言葉を詰まらせ、黙り込む。レッシュは密かにその男の言葉に共感していた。実際、不味くなった経験をつい先程済ませたとこだ。

「騒ぐ分にはいいが、喧嘩なら余所でやれ。せっかくの店主自慢の味をここにいる皆が満足に味わえないだろ」

 返答はない。それどころか、受け止められたその拳を引っ込めた。それは了承したと同義だった。

青年は涼しい顔をして二人の男を置き去りにした。背で語るように、歩きながら言葉を続けた。

「黙って食べてれば、美味い飯と美味い酒にありつけるんだ。味を楽しむのも、たまには悪くないぜ?」

 店の入り口に呆然と立つ女店員の前まで行くと、その歩を一度止めた。

「美味しかったよ、ありがとう」

 爽やかな笑顔で、女店員にそう告げると、もう一度フードを被り直し、颯爽と店を後にした。

 結局、わざわざ箸を止め、気怠そうに立ち上がったレッシュにその出番は回ってこなかった。

「いいとこ取られちゃったね、レッシュ」

「別に。私がしゃしゃり出なくて済むのなら、それが一番だわ」

 そうマクロノに対して取り繕ったが、不完全燃焼な部分を拭いきれていないのは確かだった。

 席に戻ろうとするレッシュだったが、店の入り口でここに来てから世話になっていた女店員の異変に気が付き、足を止めた。

「大丈夫?」

「あ、あ、あの……あの人……」

 感動で心が震えているのか、はたまた感謝をしきれないのか、女店員は目を丸くしていた。

「お金払ってませんけど…!」



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