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空帝遺物  作者: 水芦 傑
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忌み嫌われし守り神

  朝を迎え、一行はすぐに出発の準備を始めた。一通りの支度を済ませて、エンジ皇国の首都を目指した。

 道のりはやはり変わらず、風景に変化が起こることはなかった。本当であれば、これだけ広大な浮陸で、都市や村の一つや二つにぶつかることがあっても良かった。

 実際、エンジ皇国の都市は数えるだけでも三つはあり、村などを含めれば二十を超えるだろう。しかし、ヴァナ達の通り道にそれがぶつかることはなかった。

 真っ直ぐ、シロネに続いた一行が目的についたのは昼を過ぎた頃だった。

「皆さん!着きましたよ!」

 いい加減風景に飽き飽きしていた一同を元気付ける意味も込めて、シロネが楽しそうに声を上げた。眼前に広がるのはただの巨大な橋と崖だったのが。

「ここが?」

 マクロノが首を傾げるのも無理はない。結局、橋に辿り着いただけで、その先は見えない程遠かった。

 シロネの言葉に共感しているのは先が見えるニルのみだった。

「ここが、ヘブンブリッジです!ここを抜ければ、首都のヘブンに到着です!」

首都へ続くヘブンブリッジは四方に架けられ、それ以外に隣接した陸地はなく、孤島のように要塞化させていた。そもそも、天空の一族に橋などは必要なく、それ自体は来客向けの意味合いが強かった。

「さあ、いきましょー!」

 シロネが天に向け、拳を突き出す。

「おー!」

 それに習い、同じ行動を取ったのはニルのみだった。

 ヘブンブリッジはやはり長く、しかし進むにつれて首都の姿をどんどんと視認できるようになった。

 首都は白を基調とした石造りの建物が並び、中央には城のような荘厳な建物が同等と構えられている。首都への入り口は門によって閉じられてはいるが、外にいても喧騒が聞こえるほど、町は賑やかだった。

 門の前には門番が一人。仕事を全うする気もないのか、横になりぐっすりと眠っていた。しかし、鎧を身に纏い、槍を持っていて、何より背にはシロネと同じように純白の翼を綺麗に折りたたんでいた。

「こいつ、仕事する気ないわね。私の部隊だったら即刻クビだわ」

 レッシュが呆れたように門番の兵士を見下した。

「彼も頑張ってくれているんです。門番の仕事はあまりやることも少ないですし。それに、私にとっては大事な民ですから、そんなこと言わないであげてください」

 シロネが優しく、諭すようにレッシュに言葉を返した。シロネは門番の前まで行くと、しゃがみこみ、門番の体を揺らした。

「起きてください」

 門番は目を覚ましたが、寝起きは酷く機嫌が悪そうだった。

「ああん…?なんだ、人がせっかく気持ち良く寝てたって…言うの…に……」

 意識が覚醒しかける最中、目の前の人物を見て言葉通り顔面蒼白になった。

「し、し、シロネ様!?!?」

 門番は飛び起き、すぐに姿勢を正して敬礼した。

「そんな、姿勢を崩してください。他の人もいませんし、楽にしていてくださって結構ですよ」

 穏やかな表情で、シロネが笑って見せた。

「は、は、はい!しかし、無事でよかったです!!突然行方がわからなくなったと聞いていたので、私はとても心配していました」

 門番は素直に心からの安心を見せたが、姿勢を崩すことはなかった。

「ご心配をおかけしました。私はこの通り元気に帰ってこれましたよ。それより、門を開けていただけませんか?」

「はっ!今すぐに!それと私は皇帝に直ちに報告してまいります!」

 門番は門の境目の部分へ行き、何かの操作を行うと、門はゆっくりとその口を開け始めた。

「では、失礼します!」

 今一度、シロネに向き直り、敬礼をすると、門番は翼を広げて飛び立っていった。

「さあ、行きましょうか」

 シロネが先導して一同はそれに続いた。

 一歩、街の中に踏み入れると人々の賑わいがすぐに感じられた。行き交う人は多く、正面には大きな通りに露店が奥までずらりと並んでいた。

コーデリンの市場に似て、活気のあるところを見ると、ここは商業地区なのだろうと想像できた。

 露店には様々なものが売られており、食材からアクセサリーなどの服飾品と、多種多様だった。賑わいの中で働く人や買い物を楽しむ人々、せわしなく通り過ぎる人々の全てに共通していたのは、やはりの背に持った純白の翼だった。

 目の前を通る人達のうちの一人が、こちらに気づくと、そそくさと早足で去っていった。その行動にまた周りの何人かがこちらに気づき、同じような行動を取った。

 それを繰り返し、伝染した一定の行動によって、先程までに賑やかさはどこかへと消え去っていた。

 残ったのは静寂だけでなく、ヴァナ達を遠巻きに見守る、いや蔑むように見つめる人々の小声もあった。

それに耳を傾けると、誰もが同様に悪夢の天使なんて帰ってこなければよかった、国の疫病神よ、そのままいなくなればよかったのに、などと言葉こそ違うものの、そのどれもがシロネに向けられた、彼女の存在を忌み嫌うものだった。

シロネが国の守護神であるということは広く知られているが、それ以上に悪夢の欠片の強大な力がいかに危険なものなのかが、人づてに伝わり、危険性だけが誇張されて知れ渡った。それこそが国民にシロネが忌み嫌われる最大の要因だった。

 先ほどの門番とは大違いの反応に、ヴァナ達も戸惑いを見せていた。シロネは皇帝やその配下の国に準ずる者たちにはある程度の好意を持たれてはいるが、国民にとって彼女はただの恐怖でしかない。

暗黙のルールではあるが、それを口に出すものはいないので、実際に国に準ずる者達でも、表には出さずともシロネに嫌悪感を抱いている者も少なくはない。

 本当に好意を持ってくれているのは、少ないがそれでも一定数はいた。

 大通りの露店の中央の道がヴァナ達を避けるように空けられた。

 シロネは、浮かない顔をして、自分の最悪の居場所に帰ってきたのだと、改めて実感させられた。

ここまでの道のりが夢のように楽しかった。だからこそ、涙を力いっぱい零してしまいたかったが、そんな感情を心の奥にしまい込み、表情を切り替えて無理に作った笑顔で振り返ろうとした。

そこでヴァナの手がシロネの肩に乗せられた。

「気にしなくていい。それに、無理して笑うこともないさ」

 心の中にしまい込んだ感情が、堰を切ったように溢れ出しそうになる。感情は抑えられたものの、涙までは抑えきれず、無理に作った笑顔のまま、涙が一筋だけ零れた。

 振り返ることをやめてしまったが、ニルがシロネの前に回り込んできた。

「大丈夫。いつだって僕らは味方だよ」

 更にレッシュとマクロノがシロネの前に進んで出た。

「シロネさんを泣かせる奴は、僕が許しませんよ」

 マクロノはやはり冗談めかしていたが、その言葉は真意だった。

「そうよ、シロネ。貴方はもう、私たちの仲間だもの」

 レッシュは決意に満ち溢れた表情で、辺りの人々を威嚇した。

 ありきたりな言葉でも、シロネはその言葉達にどれだけ救われただろうか。今にも溢れてしまいそうな涙を抑えるように、顔を両手で覆った。

 シロネは、今初めて生きていてよかったと思えた。シロネはここにいる仲間に、そして初めて人生に感謝した。

「ま、そういうこった。シロネは堂々としてればいいさ」

 ヴァナがシロネの頭に手を乗せた。

「はい…!」

 力強く返事をして、両手を開いたシロネの表情に、もう悲しみは存在しなかった。

 そうこうしているうちに、空から近づく人影があった。二十ほどの大群は一直線でこちらに向かってきている。

 人影たちは鎧を身に纏い、先程の門番と同じ格好をしていることから、この国の兵士であるのだろうと推察できた。

 ヴァナ達は警戒心を強め、各々が構えた。

 しかし、兵士たちはヴァナ達の前に着地するなり、左膝を地面につき、右腕を横に平行させて前にだし、頭を下げた。

「シロネ様、お帰りなさいませ。ご無事で何よりです」

 先頭の兵士がそう告げるが、感情のない、寧ろ義務的な発言に誰もが聞こえた。その兵士は態勢を直すと立ち上がり、シロネに対し向かい合う。

「お迎えご苦労さま。私は大丈夫です」

「では、早速城へ向かいましょう。失礼ですが、そちらの方々は?」

 兵士がヴァナ達をそれぞれ一瞥した。

「彼らは客人です。手厚くもてなしてください。わかりましたね?」

 シロネの少し威圧的な態度が慣れていて、この国での姫という役割を全うしているのだと改めてわからせた。

「了解いたしました。では皆様、こちらへどうぞ」

 ヴァナ達一行は、兵士に促されるまま、城へと向かった。

 兵士たちに案内されたのは広々とした広間だった。天井は高く、壁には等間隔で蝋燭立てが備え付けられ、中央には入り口から奥まで無地の赤い絨毯が敷かれている。そして、奥には三段ほどの段差が設けられ、それを上がったところに豪華絢爛な椅子があった。

 椅子の背の壁にはこの国の紋章が大きく描かれていた。ここは謁見の間と言ったところか。

 その豪華絢爛な椅子に座っていたのはメガネをかけ、スーツを身に纏うこの場に誰よりも似つかわしくない男だった。男は肘かけにかけた右手に頬を突き、足を組むという非常にだらしのない恰好でヴァナ達を出迎えた。

 何より、男の一番の特徴はその背に純白の翼を持たないことだった。この男がヒューマかステロムのどちらかであり、ディアブでないことはほぼ決定的だった。

 案内してくれた兵士たちは絨毯の外に整列し、姿勢正しく待機した。

「お帰り、シロネ」

「ヘーレン皇帝、ただ今戻りました」

 ヘーレン皇帝と呼ばれたその男は、飄々としていて、シロネのことを心配しているようにはまったく見えなかった。

「楽しかった?旅行は」

「私を、叱りつけないのですか?」

 シロネの毅然とした態度は、まるで反抗しているようにしか見えなかった。

「叱る?何故だい?」

「こんな騒動を起こしたからです。それ相応の罰も覚悟はしています」

 ヘーレンはクスクスと笑いだす。シロネがおかしいことを言っていないのは、誰が見ても明白だったのに。

「何がおかしいのですか?」

「いや、ごめんよ。そんなこと一切考えてなかったから、逆に面白くなってきちゃってね。そもそも、自分の妻をこの程度のことで罰するような、そんな器の小さな男じゃないよ」

 四人は驚愕し、揃って声を上げた。

「はぁ!?」 「えっ!?」 「うそ!?」 「まさか!?」

 ヘーレンの『妻』という発言に驚いたのだろう。

「地位が高いとは思っていたが、まさか…」

 ヴァナが少し俯き、何かを思案していた。

「ごめんなさい、話すタイミングがなくて…隠すつもりはなかったんですが」

 シロネが皆に謝罪したが、その程度で責め立てるようなことするものはいない。マクロノだけは酷く落ち込んでいるようだが。

「それはそうと、君達は?」

 ヘーレンの問いかけには、シロネが答える。

「彼らは客人です。私をここまで連れてきてくれた恩人です」

「そうか。それなら何か褒美でも―――」

 ヘーレンの言葉をヴァナが一歩踏み出ることで、遮った。

「褒美なんてケチなことはいわねえよ。俺らは話があってわざわざこんな辺鄙なとこまで来たんだから」

 ヘーレンの表情が若干険しくなる。

「ほう?言ってみろ」

「シロネのことだ。俺たちの要求は―――」

 そこで、仕返しと言わんばかりにヘーレンが手を出して、ヴァナの発言を制した。

「いや、やはりその話はまた明日にしよう。君達も長旅で疲れているだろう?部屋を用意させるから、今日はゆっくり休んでくれ」

「そんな必要は―――」

 再度、ヴァナの言葉は遮られたのだが、今度はレッシュだった。

「ヴァナ、ちょっと待って」

 レッシュはヴァナに歩み寄り、小声で話を続けた。

「今の状況でもし仮に戦闘になったって、私たちに勝ち目はないわ。そんなことより、今は相手の言葉に甘えてこっちもしっかり態勢を整えてからでも、話はできる。万全じゃないのに、危ない橋を渡る必要はないわ。何より、彼らは好戦的じゃないのはわかったじゃない」

 レッシュは実に冷静に状況を分析していた。

 現状では、兵士の数は二十だ。そして、もし話がこじれ、最悪の展開を迎えれば、一体後何人の兵士が出てくるかわからない。ここは相手の本拠地であり、状況は常に不利であることに変わりはないのだ。

 だからこそ少しでも状況を好転させるために、休息は必要だというのがレッシュの判断だった。

 ヴァナは言い争うこともなく、レッシュの意見をすんなりと採用した。

「わかった。今日はゆっくり休ませてもらうさ」

「いい心掛けだ。人の好意を無下にするものじゃないよな。おい」

 ヘーレンは近くにいた兵士に声を掛ける。

「はい!」

「彼らの部屋を人数分用意するように伝えてくれ」

「かしこまりました。失礼いたします」

 兵士は一礼し、足早に謁見の間を後にした。

「すぐに準備ができると思うから、それまで適当にくつろいでいてくれ」



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