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空帝遺物  作者: 水芦 傑
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抱えた過去

 野営の準備が終わり、食事も済ますと、一通りの就寝の準備も終わり、各々はすぐに床に就いた。

 張られたテントは二つ。一つはヴァナ達男性陣が、一つはレッシュ達女性陣の物となっている。

 二つのテントの前には、たき火が未だ煌々と辺りを照らしていた。

 そんなたき火の前に、シロネは腰をおろし、ぼんやりと佇んでいた。明日のことを憂いてか、その表情は火とは対照的に決して明るくない。

「寝れないの…?」

 突如、後ろからの声にシロネは驚き、体を震わせた。振り返ったそこにいたのは、目を擦るニルだった。

「あぁ、なんだ。ニルかあ…驚かさないで」

 ニルだと分かり、シロネの表情が一瞬明るくなったが、視線を火に戻した時には、また元に戻ってしまった。

「なんだってことないじゃん。それに脅かしたつもりはないよ?」

 悪戯っぽくニルが笑い、シロネの隣に腰を下ろした。しかし、ニルが何かを話すことはなく、シロネもただただ火を眺めているばかりで、しばらく沈黙が続いた。

 シロネが表情を変えることなく、呟くようにその沈黙を打ち破った。

「あのね、私…」

「ん?」

「いや、なんでもない…」

 言いかけた言葉をシロネは飲み込んだ。

「どうしたの?僕でよかったら訊くよ」

「ううん。いいの。そういえば、一個聞きたいことがあったんだ」

 シロネはそれをなかったことにするように話を変えた。ニルはそれを感じ取ったが、シロネが話したくない以上聞くわけにもいかないといった様子で、ニルもまたその話に乗った。

「なに?なんでも聞いてくれていいよ」

「あのね、私、ずっと不思議だったの。あの日出会ってから、ずっと。ヴァナは、どうして私を助けようとしてくれるの?」

 シロネの疑問に、ニルはそんなことかあ、と呟いて軽く笑って見せた。

「え、何かおかしなこと言った?」

「あ、いや、ごめん。そういうことじゃないよ。でも、言いたいことはわかる。兄貴は困ってる人を助けようとするお人好しには見えないもんね」

 ふふふ、と更にニルは笑って見せた。

「いや、そんな風には言ってないよ!」

 シロネは誤解されたと思い、必死に前言撤回していたが、ニルはそれを笑って流すばかりだった。

「いいのいいの。でも、兄貴はああ見えて優しいとこあるんだよ?」

「私は別に優しそうに見えないなんて言ってないもん!」

 シロネの必死さをニルは嘲笑うかのように、楽しんでいた。一通り楽しみ終えたところで、深く息を吐き出した。

「ごめんごめん。ふざけちゃった。でもね、兄貴が助けようと思ったのは理由がなかったわけじゃないよきっと」

「そうなの?」

 ニルはゆっくりと夜空を仰いだ。

「覚えてる?あの時のこと。兄貴、レッシュに怒鳴ったじゃん?」

 シロネは記憶を巡り、あの時のことを思い出していた。シロネが泣き崩れた時、レッシュはシロネに必死に声を掛けてくれていた。あの時はそんなことを疑問に思う余裕すらなかったが、今になってどうしてという疑問が膨れ上がってきたのだ。

「う、うん。もちろん覚えてるよ」

「自分が何者なのかもわからない、普通さえ望めなかった。あれはきっとね、自分のことなんだよ。兄貴はシロネに自分を重ねていたんだと思う」

「ヴァナが…?」

「そう。兄貴も、昔シロネと同じような状態だった。いわゆる、籠の鳥ってやつだね。逃げ場もなく、自分が何者かもわからなくて、生きているかどうかも、いや、その状態を生きていると言っていいのかっていう状況だった。きっと、今もまだ探し続けてると思う」

 シロネは俯いて、自身のことをゆっくりと思い出した。

 彼女が過ごした籠の中での生活は、他の人からすれば、それは檻でしかなかった。猛獣のような扱いなら、まだよかっただろう。

 しかし、向けられる眼差しは畏怖、嫌忌、当惑、無関心。国の守護神である筈の彼女が虐げられ続ける状況を、自身で変えられる筈もなく、ただただ苦痛の生涯を、それでも全うしてきた。

 感謝されることのない檻の化け物は心の闇を抉られ続けてきたのだ。

 だからこそ、雲艦で力を使ったあの時、自分が怖くないかと問いかけたのだろう。自らに怯えなかったものは極少数だった。

「ヴァナは一体どんな…」

 言いかけて、シロネは言葉を止めた。自分自身も、そのことを問いかけられても、答えたくないと思いとどまったのだ。

「まあでも自分が何者かなんて、きっとみんな探してる。居場所があってそこが居心地良ければそれでいいかと思うんだけどね、僕は。それに過去の傷を背負って生きている人間だっていっぱいいるよ」

「もしかして、ニルも?…あ」

 口をついて出た言葉を留まることはできなかった。ニルは特にシロネに対して優しく接してくれていて、一番心を開ける相手でもあったからだ。

 ニルがシロネの方に向き直る。

「あぁ、いいよ。聞きたいって思ってくれるなら話しても。見たらわかるだろうけど、兄貴とは血が繋がってるわけじゃないけど、勝手に僕がそう呼んでるだけなんだ。兄貴は僕の命の恩人で、すべてをくれた人だから」

 ニルの言葉に興味をそそられ、シロネは聞き入るように耳を傾けた。シロネはニルにどんな過去があろうともそれを受け止める決意を密かにした。

「実は僕もね、天層圏の出身なんだ。ステロム機構国、って言ったわかるかな?」

「うん。ステロムの国だよね…?天層圏最大勢力の国だもん。誰もが知ってるところだよ。ステロム以外の人間は入国することさえ許されない鎖国状態の国で会談にも一切顔出さないから見たことはないけど。干渉されることを極端に拒んでいて、軍事力が物凄いから他国も手の出しようがなくて困ってるのよね」

 ニルが予想していた以上の情報量が返ってきたことにニルは少し呆気にとられたが、シロネはそもそもエンジ皇国の姫であるためにそういった情勢には詳しかった。

「す、すごいね、シロネ」

「私が唯一外に出られるのが他国との会談とか、世界会議の時だけだからさ。襲撃に備えて連れてかれるだけの置物だけどね」

 少し冗談めかして話すシロネに、ニルは少し悲しい顔をした。シロネがつらい状況をさらっと言いのけたことにだろうか。

「でも、あそこからよく出られたね?ステロムは外から侵入もそうだけど、中の人たちが外に出るのも不可能に近いって聞いたことあるよ?」

「あー…」

 何かを思い出したようにニルは視線を外した。

「なに?」

「やっぱり、知らないよね。ステロム最大の事件だったんだけどな、あれ。やっぱり外には何も漏れないんだ…。僕がね、ステロムを抜け出せたのは、兄貴が、っていうか兄貴がいた空賊の起こした事件のせいでさ」

「え」

 シロネは口をあんぐりした。探空者と思っていたのが、実は賊であったことに。

「あ!いや、違うよ!!今は違うんだけど、昔はそうだったってだけ」

「あ、うん。でも、空賊だろうとなんだろうと関係ないよ、私は」

 シロネはニルに笑って見せた。ニルに似た純真な笑顔を。

「ありがとう。最初っから話すね。そもそもの発端は今や伝説の義賊と言われてるあのハング・ロッド一家が起こした暴動事件、後に世紀の暴動と呼ばれるそれが始まりだったんだ。あの事件で、何人も死んだ。十や二十じゃない。それだけ凄惨な事件だった。兄貴はそのハングロッド一家の一員だったの。そして、兄貴は―――――」

「バカ。しゃべりすぎだ」

 ニルの言葉が遮られ、驚きながら二人は振り返った。そこには、ヴァナが呆れた顔をして立っていて、しかし、眠そうに頭を掻いていた。

 少し落ち込んだ様子でニルが俯くが、シロネの興味はまだ削がれていなかった。

「あの、知っておきたいです。知っておきたいんです、私」

 シロネの真っ直ぐな瞳に、観念したように仕方ねえなあとヴァナが呟いた。

「あの世紀の暴動があって、その時に俺はニルをあそこから連れ出した。そして、暴動はハングさんの死を境に事態は急激に収束した。暴動を起こしていた民衆が後ろ盾を失ったことによってな。結局、死者は千人近く出ただけで、それでもステロムは変わらなかった。それだけだ」

 淡々と語るヴァナは無表情だったが、シロネには僅かに苛立ちのようなものが垣間見えた。ヴァナにとってもいい思い出ではないのだろう。

「それ以上は知らなくていい」

「そうだね。今のシロネには関係ない話だね」

「よし。お前らもさっさと寝ろ。本番は明日だぞ」

 ヴァナはそれだけを言い残し、テントに戻っていった。



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