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空帝遺物  作者: 水芦 傑
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野宿

 夜中、延々と闇を切り開いて進んできた雲艦は、夜が明けるころには目的地を捉えられる場所まで進んでいた。

自動運航のため、ヴァナやドナサン、それにレッシュも眠りに就いていた。

 シロネはニルの隣を離れようとはしなかった。ニルはシロネに寝るように促していたが、ニルを一人にするのは寂しいだろうと、自らもそこに留まったのだ。

 しかし、ニルの監視役はいつものことで、その役割をニル自身も自覚していた。だからこそ、シロネの気遣いを嬉しく感じていたのだが。

 シロネも付き合うとは言ったものの、二時間程度は眠気と戦っていた。その戦いで勝利を収めた睡魔に簡単に取り込まれ、結局はシロネもそこで眠ってしまった。ニルはそんなシロネに、自らの防寒用として包まっていた布団を明け渡す形となった。

「やっと見えたなあ…ふぁあー」

 大きく欠伸をしたニルの目も実に眠そうだった。

 目的地は広大に広がる浮陸だった。草原が広がり、端が見えないほどの浮陸。これ程までに大きな浮陸は雲層圏では滅多に見ることのできないほどだった。

 しかし、それ以上何もなかった。ただただ広がるばかりで、特徴もない、平坦な陸だった。

 目的地はまだ先になるのだが、どんなに遠くとも雲艦で進めば、あと半日もかからないで到着できる距離だろうとニルはぼんやりと考えていた。

 朝日に照らされてか、ニルの感傷に浸った一言のせいか、シロネが目を覚ました。目を擦り、寝ぼけ眼を開くと、自分が寝てしまったことの罪悪感から、一気に意識が覚醒した。

「あ!ごめんなさい。ニル…」

「起こしちゃった?シロネ」

 ニルが何かを気にかけている様子はなく、寧ろ自身が起こしてしまったのではないか、という申し訳なさの方が垣間見えた。

 ニルにとってはその程度のことなのだ。

「ニルに付き合うって言い出したのは私なのに…本当にごめんなさい」

「気にすることないよ。シロネの寝顔、可愛かったしさ」

 悪戯っぽく、年相応の笑顔をニルは見せた。

「あの、それにこれ…」

 シロネは自身にかけられていた布団をニルに差し出した。ニルはいいよいいよと、それを簡単に拒絶した。

「私、邪魔ばっかりだったね…結局…」

「そんなことないよ。それに誰かに付き合ってもらったのって初めてだったから、なんか新鮮で楽しかったよ?」

 ニルはシロネが気にかけないようにと、精一杯のフォローをした。シロネの言葉は真実で、それを必死に隠すようでもあった。

「あ、そうだ…」

「どうしたの?」

「あのね、雲艦は浮陸のところで置いて行って、ここから先は徒歩で歩いたほうがいいと思うの」

「なんで?雲艦ならきっとすぐ着くよ?」

 シロネの提案の意図をニルは汲みきれていない。それを示すように首を傾げた。

「私たち天空の使いは、ヒューマ達というか、外から来るものへの警戒心がとても強いの。だから、刺激しないためにもそのほうがいいと思う」

 天空の使いはヒューマ嫌いとも有名だが、実際はヒューマだけではなく、自身の国の外側から来るものすべてに対し、嫌悪感を抱いているのだ。それが、ステロムだろうと、たとえ同じディアブであろうとも、その警戒心は何ら変わりない。

「そっか、わかったよー。ドナサン起こしてくるね」

 ニルは椅子から降りると、雲艦の中へと消えて行った。

 雲艦が浮陸へと上陸し、ヴァナ達がある程度の荷物を抱えて降りてきた。そこは三百年以上も前にその大半を失った大地となんら違わず、広がる草原はそれが地上であることを錯覚させるほど精巧なものだった。

 シロネの話によると、目的のエンジ皇国までは、歩けば一日半ほどかかるとのことだった。シロネが実際に歩いたことがあるわけではないが、そういった話を聞いたことがある、というものだった。シロネの、いや、天空の使いの移動手段はその背に抱える翼なので、本当の時間が正しいかどうかは定かではないが。

 そのために道中に必要な荷物を詰め、各自が分担してそれを負担した。ニルがその小さな体と同等ほどの野営用の荷物を背に抱え、ヴァナが食料を抱えた。

 一日ほどの水や食料などのものなので、それほどの荷物とはならなかった。

 マクロノは背に大剣を抱えるだけで精いっぱいということで、それ以外の荷物を持つことはなかった。

シロネとレッシュには荷物が宛がわれることはなく、それぞれ必要と思える最小限の荷物を手にしていた。

 そこにドナサンの姿はなかった。雲艦を置いていくということは、誰かが雲艦での留守を預かることになるのだが、ドナサンが率先してそれに志願した。

 実際、雲艦の操縦等を考えてもそれが適任だろうと話はまとまったのだ。

「で、ここから真っ直ぐ歩いていけばいいのか?」

「ここからは私が案内するから、ご心配なく」

 シロネは胸を張って見せた。漸く、自分が役に立つことが嬉しいのだろう。シロネが歩き出し、各々がそれに続いて行った。

 道中は、本当に何もなかった。浮陸へと上陸した際と、風景がまるで様変わりしない。一時間、二時間、三時間。

 どれだけ歩いても、何かが変わっているようには見えない程、それは単調だった。

 それでも、愚痴を吐く者はいなく、淡々と歩を進めていく。結局、一日歩き通して変わったことと言えば、日が暮れたことぐらいだった。

「そういえば、今日はどうしますか?」

 先頭を歩いていたシロネが不意に、その足を止める。後ろにいたヴァナ達にとっては疑問以外の何物でもなかった。

「どうしたの、シロネ?」

「あ、いえ。そろそろ日が落ちる頃ですし、寝泊りはどうすればいいのかなって…」

 そういえば、という顔で、レッシュが話に割って入った。

「この辺に街とかはないの?」

「ええっと、確か西に十キロ程進めば、小さな村があったと思います。ちょっと確認してきますね!」

 シロネは誰かの返答を待つことなく背の翼を広げ、飛び立っていった。

「なあ、まさか宿に泊まる気じゃないだろうな?」

 ヴァナの怪訝な眼差しがレッシュに向けられる。ヴァナにとって、その選択肢はないようだ。そのために、抱えてきた荷物には野宿をするための道具も数々あったのだが、レッシュはそんなことまるで知らなかった。

「まさかって、そのまさかだけど?」

「今日は野宿だ。そもそも、そんな遠回りしてどうする。そのためにニルにあれだけの荷物を持たせてきたんだ」

「圏境のひと騒動で、まともに休むこともできてないんだから、今日くらいゆっくり休まなくてどうするの?」

 名家の出である、いわゆるお嬢様のレッシュが野宿などしたことないのは当然で、それを拒むのもまた当然だった。

「お嬢様のわがままには付き合いきれないぞ」

「ちょっと!わがままって何よ!私はみんなのことを考えて、これからのことも考えたら休める時にしっかり休んでおいた方がいいって言っただけよ!」

 レッシュの言葉も確かに一理あったが、マクロノやニルはこういったことに慣れているのか、抵抗はないらしく、ヴァナの意見に賛同していた。

「これだからお嬢様は…」

「それとこれとは関係ない!」

 感情的になるレッシュの話にヴァナは取り合おうともしない。

 二人のやり取りをなだめるように空に舞い上がったシロネが降り立った。綺麗な純白の翼にマクロノはただただ見とれるばかりでいた。

「遠くに光が見えたので、一時間ほど歩けば村にはつけるかと思います。向かいますか?」

 シロネは翼を折りたたみ、背に納める。口をついて説明をしたのだが、それが終わると同時にこの険悪な空気感にシロネは気づいたようで、空気を感じれなかったことを後悔するように戸惑いを見せた。

「え、えっと…あの…なんかごめんなさい」

 特段、シロネに非があるわけではないのだが、それでも謝罪を言わずにはいられなかったのだろう。

「シロネはなんも悪くないよ。落ち込まないで」

 ニルがシロネを励まし、それを言い終えると、背の荷物を下ろし、今日の野宿の準備を始めた。無言でヴァナの意見に賛同したのだろう。

「え、ちょっと。私のわがままで、この話終わっちゃうの?私はみんなを思って…」

 レッシュが話を続けようとしたが、後ろにいたマクロノがレッシュの肩に手を置いて、制止した。

「まあ、今回は僕もヴァナの意見に賛成かな。確かにレッシュが思うこともわかるけど、わざわざ遠回りする必要はないと思うよ?」

 もう既にヴァナもレッシュに取り合うことをやめ、ニルを手伝っていた。吐き出しきれない感情が・レッシュの中でぐるぐると回っていたが、多数決としてみれば少数派であるレッシュにこれ以上決定を覆すことはできなかった。

「わかった。わかったわよ!それでいいわよ!でもね、決してあれは私のわがままでいったわけじゃないんだからねっ!」

 誰も聞いていないが、弁解を吐き捨てて、レッシュもヴァナ達の手伝いに加わった。


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