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空帝遺物  作者: 水芦 傑
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逃走劇

 雲艦に盛大な音が鳴り響いた。

 それはレッシュがヴァナをビンタした音だった。見事なまでのビンタはレッシュの様々な感情が含まれていた。

 真剣な表情で僅かに涙を溜めている。

 その空気感を察した他の面々は口を出せず、見守ることしかできなかった。

「ご、ごめんな。レッシュ」

 ヴァナはそんなレッシュに対し、強気に出れるはずもなく、謝ることしかできなかった。

「どうして何も言ってくれなかったの…!」

「あの状況じゃ伝えようもないし、あの形が一番自然にお前を助けられると思ったからさ…」

 ヴァナの見苦しい言い訳に、レッシュが納得するはずもない。

「他にももっと方法があったでしょう?なのに、あんな風にするなんて…!私は裏切られたと思ったし、私を突き落したことも、許さない…!」

「でも、仕方なかっただろ?それにあれは演技だし。ほら、全員が無事に圏境を抜けられたんだ。少しは喜ぼうぜ!」

 レッシュはヴァナの言葉に、もう一度その掌を振りかぶった。ヴァナにそれを避けるわけにはいかないだろう。覚悟を決め、歯を食いしばり、目を閉じた。

 しかし、ビンタはいつまでたっても飛んでこなかった。ヴァナが恐る恐る目を開けると、レッシュの目から一筋の涙が零れていた。

「レッシュ…」

 レッシュは何も言わず、その手を下ろしたかと思うと、ヴァナの首元に掴み掛った。しかし、やはり何かを言うことはなく、ヴァナを引き寄せると、そのまま顔を埋めた。

「怖かった…ホントに怖かったんだから…」

 涙を隠すようにレッシュはヴァナに寄りかかり、ヴァナもレッシュの頭に手を置いた。レッシュはありったけの涙を零した。

「あのー…」

 実に申し訳なさそうに、ニルが口を開いた。

「オイラもこんな無粋な真似はしたくはないんだけど…」

 ニルはやはり申し訳なさそうに、後方を指差した。

「敵襲だよ」

「まったく、せっかく久々にレッシュの涙を見られたのに。もう少し楽しみたかったなあ」

 マクロノは残念そうにふざけたが、レッシュの本当の涙に気づいていたためか、楽しそうな雰囲気は見られなかった。

 寧ろ、この場の空気を変えるためにそういったのだろう。

 レッシュは我に返り、ヴァナから離れる。しかし、どうやっても充血した目を隠すことはできなさそうだ。

「ちっ、ニル!」

 いち早く行動したのは、ドナサンだった。ニルの名を呼ぶと、返事を待たずにヘッドセットを投げつけた。

「任せて!」

 ニルはそれを受け取ると、首から下げていたゴーグルと共に装着し、素早く特等席と呼んでいる先端の席へと向かった。

「ヴァナ!私は操縦室に行く!ここは頼んだぞ」

 それだけを言い残し、返事を待つことはなく、階下へと降りていった。

「レッシュ、ドナサンを手伝ってやってくれ」

「うん!もう大丈夫!」

 レッシュはゆっくりと顔上げると、無言でうなずくだけで、ドナサンと同じように階下に降りて行った。

「マクロノ。腕に覚えは、あるよな?」

 そう問われたマクロノは実に嬉しそうに口元を歪ませた。

「漸く僕の出番だね。うー、楽しみ!」

 暴れたくて仕方ないのか、本当にうずうずしている。

「シロネ、君は部屋で待っていてくれ。ここは危険だ」

 シロネからの返答はない。いや、行動でそれを示した。シロネはニルの許へ駆け寄っていったのだ。それ以上、ヴァナが何かを言うことはなかった。

「シロネ…?ダメじゃんシロネ!隠れてなきゃ。本当に危ないよ?」

 ニルが自分の許へ来たシロネを諭すように話したが、シロネには聞き入れてもらえなかった。

「隠れているなんて私にはできないです。ニルが、皆が戦っているのに、私が一人だけ隠れているなんて、そんなことできません!!」

「そっか。そうだよね!オイラだってシロネの立場なら、そうするかも。戦っているのが自分の為なのに、自分だけ隠れるなんてつらいよね!」

 ニルはシロネの覚悟をすぐに受け入れた。

「でも、本当に危険になったら、その時はちゃんと隠れてね?じゃないと、皆が戦っている意味がなくなる」

「もちろんです!」

『ニル、準備はいいか?』

「オッケーだよ。6時の方向に確認。距離十八。数、三十一!多いなあ」

 後方ではヴァナとマクロノが準備をしていた。マクロノは必要以上に体を動かし、必要以上に大剣を振り回しているが、そこまでやってしまったら、体力の無駄にならないのだろうか。

「で、何をすればいいんだい?」

「そうだな。まあ飛んでくるミサイルとか跳ね除けてくれれば、それでいい」

「なんだ。敵が乗り込んで来たりするんじゃないの?」

「そうなる状況を作らないのが俺らの仕事だよ」

 マクロノは見せつけるかのように、大きい身振りで肩を落とした。その後、ちらっとヴァナの方を見た。

 余程、その大剣を振り回したいのだろう。

「どっちにしても、俺たちの仕事はほぼないと思うけどな」

「なんで?」

「それは―――――」

 前方からの掛け声に、ヴァナの言葉が遮られる。

「兄貴ー!!行くよー!」

 ヴァナは手を上げることでそれに答えた。

「シロネもしっかり捕まっててね!」

「はい!」

 ニルは振り返り、耳に意識を集中させる。

「八時の方向に数、五。四時の方向に数、五。共に、距離七!」

『ちっ。早いな』

 雲艦が速度を上げ、追い上げる敵を引き離そうとする。なおかつ、雲艦は上下左右にその巨体を揺らしながら進んでいった。

 先頭を切ってきた背後の雲艦からの攻撃を警戒してのことだろう。単調に進むことで、標的になることを避けようとしていた。

 甲板にいる四人には様々な方向からの重力を受け、シロネは必死にしがみついていた。ニルは椅子に体を固定しているため、飛ばされることはないが、それで重力の影響で体が振られている。

 そんな二人を尻目に、マクロノとヴァナはそれだけの揺れがありながら、微動だにしていなかった。何かにしがみつくこともなく、涼しげな顔で待機している。

「ドナサン!!八時の方向から、追撃弾を確認!!来るよ!」

『任せろ』

 雲艦が速度を上げ、ある程度追撃弾を引き付けたところで、一気に下降した。しかし、その程度で追撃弾を避けることは不可能だった。

 まさに追撃弾が接触するかというところで、雲艦は急激な方向転換を見せる。下降していた筈だったが、一気に上昇へと転換した。

 その振り幅に追撃弾がついてこれるわけもなく、彼方へと消えていった。

 構えていたマクロノの表情が暗くなる。

「せっかくの出番が…」

「まあそういうこった。ドナサンに雲艦を操らせたら、右に出るやつはいないよ」

 少し仲間を誇らしげにヴァナは告げた。

「まだまだ来るよ!四時の方向、距離三!!数、二!」

『ちっ、囮だったか』

 闇夜の中ではまだ視認できるほどの距離ではないが、雲艦同士の争いでは、それだけの距離は完全な射程圏内だった。

『ヴァナ!出番だって!』

 不意にヴァナの耳に装着した端末に、レッシュの声が流れた。

「こっちのことは気にすんなってドナサンに言っておいてくれ」

 ヴァナはマクロノへ目配せすることで、意志を伝えた。待ってました、とこの状況を唯一楽しんでいるマクロノが今度こそ大剣を構える。

「来るよ!!」

 ニルの言葉とほぼ同時に、後方が一瞬光を放った。それは追撃弾を放つ合図のようにも見えた。

「マクロノ、これを」

 ヴァナがロープ先端をマクロノに投げ渡す。マクロノはそれを左手に巻きつけた。逆の先端はヴァナの手に握られている。

 その間にも、みるみる追撃弾が距離を縮めていく。マクロノがそれを視認した瞬間、躊躇なく跳んだ。

 二機の追撃弾はマクロノとほぼ同等、成人男性ほどの大きさをしている。マクロノが追撃弾の間をすり抜けるその時、大剣を派手に振り回す。

 追撃弾は一瞬にして真っ二つ。そして、勢いを失った。

 ヴァナがそれを確認し、ロープを思い切り引いた。マクロノの体が空中で不自然に引っ張られ、雲艦へと綺麗に着地した。

 追撃弾は数秒の間を置いて、爆発する。ヴァナ達の雲艦は既に爆発の範囲外へと脱出できていたので、爆風を軽く受けるだけに留まった。

 マクロノの笑顔は保たれたままで、緊張感は感じられない。

「どんどん仕事回してくれていいよ」

「まったく…」

 ヴァナはその立ち振る舞いに、僅かな狂気さえも感じていた。

「ドナサン!三時と九時の方向に敵機確認!数ともに十!!」

 ニルが焦りの表情で叫ぶ。

『ふむ、囲まれたか。やはり軍用艦の性能には劣るか』

「どうする!?」

『ニル。背後は気にしなくていい。物陰になるようなものを探してくれ』

 危機的状況に陥っても、ドナサンの声は実に冷静だった。

「オッケー!」

 ニルは振り返り、前方を凝視する。ものの数秒で、その表情が明るくなった。

「あったよ!左舷前方に浮陸を確認!距離十三!森も見える!!」

『了解』

 続いて、ヴァナの耳にレッシュの声が届けられる。

『ヴァナ、十五秒だけ持ち堪えて!それくらいできるでしょ!?』

「お安い御用だ」

 ヴァナも軽く、体を回した。それに気づいたマクロノが、僕の出番取らないでよ、などと口を尖らせて、ヴァナの様子を窺っていた。

「来るぞ」

「回してもらえる仕事はきっちりやらなきゃね」

 後方、そして左右から、一斉に光が放たれた。追撃弾が放たれたのだ。

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