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空帝遺物  作者: 水芦 傑
13/34

裏切りの算段

「クソッ、こんなんじゃ埒が明かねえぞ」

 吐き捨てるようにヴァナは呟いた。

「ヴァナが変なとこに飛び込むからでしょ!」

 レッシュがヴァナを批判したところで状況が好転することはない。

 関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉を通り過ぎると、そこは無数の通路が入り組むような形で続いていた。

 どこを走っても、灰色を基調としたその風景が変わらないためか、方向感覚を失いつつある。

「仕方ねえ!ニル!聞こえるか!」

 ヴァナは耳に装着した端末に手を当て、そう叫んだ。

『へいほー!兄貴、大丈夫?』

 元気で陽気な、どこまでも呑気な返事をしたニルの声がヴァナの耳に届いた。

「よし!まだ大丈夫だ。ニル、余裕あるか?」

『ちょっとだけならー』

「俺が見えるか?!」

『もっちろーん。ずっと見てたよー。結構深いとこにいるみたいだから、ぎりぎりだったけど』

 ヴァナの台詞だけではレッシュには何を言っているのかと、辺りをキョロキョロと見回したが、もちろん誰かが見ていることはなかった。

「少しでいい!道案内頼む!」

『りょーかいっ。次の突き当りを右だよー』

「レッシュ、こっちだ!」

 ヴァナにされるがままにレッシュは連れて行かれる。

「なに、どういうこと!?」

「ニルの目は建物くらいなら見通せるってことだ!いいからついてこい!」

『次は真っ直ぐで、そこを過ぎたら左ねー』

 ニルの指示通り、ヴァナとレッシュは進んでいくが、流石に全速力で走り続けてきていたため、最初とは違い、勢いの衰えが否めない。

「ちょっと、ストップ。お願い」

 レッシュが立ち止まって膝に手をつき、荒げた呼吸で必死に酸素を求めた。

「大丈夫か?」

 ヴァナも呼吸は荒かったが、まだ涼しい顔をしていた。

「この…くらい…だいじょう…ぶ!」

 無理に体を起こし、本音を隠した。ヴァナの前ではどうしても弱音を吐きたくはなかったのだろう。

「よし、行くぞ」

 仕切り直し、再び二人は駆けた。

『今度は右側の扉の三つ目のとこ入ってー』

「わかった」

 ニルの指示に従い、三つ目の扉へと飛び込んだ。そこは広い空間にいくつもの雲艦が規則正しく並んでいた。数にして、二十。

 数十人の人が慌ただしく準備を進め、怒鳴り声が飛び交っている。この状況を作り出した張本人たちがまさにここに行き着いたのだ。

 雲艦はここから旅立っていくのか、奥には闇夜の空が広がっていた。見た目としては完全な黒でしかないのだが。

『兄貴ごめんねー。出口じゃなくて。なんかね、ドナサンがそこの雲艦半分くらいぶっ壊してほしいらしくてさ。結構厳しいらしいんだ』

 軽やかな声で穏やかではないことを、ニルはさらっと告げた。

「ったく、楽な仕事じゃねえな」

 ため息交じりに言葉を吐いたヴァナだったが、どこか楽しげにも見えた。

「どうしたの?」

 レッシュはヴァナの表情から、活路が見えたと思い、ヴァナの返答を心して待ったが、帰ってきた言葉は予想をしっかりと裏切るものだった。

「ここの雲艦、壊してから出て来いってよ」

「はあ!?こっちだって危機的状況なのよ!?そんなことしてる余裕なんてないわよ!」

 疲れからか、レッシュは感情的になり、それを反故しようとしていた。

「落ち着けって。ニル、聞こえてるか?」

『アイアイサー』

「こっちの状況的にも少し敵が多すぎる、厳しいかもしれない」

『大丈夫だよー。ドナサンは無理だったらしなくていいってい言ってるから』

「無理すんなってさ」

 ヴァナの言葉に、だったら最初から言わないでほしい、とレッシュはぶつぶつと呟いていた。

『お…に…ば、そ…………はず…よー』

「ニル?」

 急激にニルの声がはっきりと聞こえなくなった。

『あれ…ご……ね』

 きっと、ごめんねと謝っているのだろう。そのニルの言葉を最後に、通信は完全に遮断された。

「さあ、どうする?」

「え」

 レッシュは何を言っているかわからない、といった顔でヴァナを見詰めた。

「ニルとの通信が切れた」

「せっかく、外が見えているのに…」

 レッシュは肩を落とし、しかし、落ち込む時間は与えられそうになかった。二人の背後から拍手が聞こえてきたからだ。

 その拍手に二人が振り向くと、彫の深い顔立ちの男、バーバが二十人ほどの男達を従えて、立っていた。

 背後の男達は、全員が手に持っている重火器類の標的を既にヴァナ達に定めていた。

「雲人の割に、よく頑張ったと思うよ。はっはっは」

 ご機嫌な様子で、敵を称賛するが、逃がしてもらえるわけでもなさそうだ。雲人、呼んだのは天層圏の者達は常に自分たちのことを天人と呼び、雲層圏の人を揶揄する意味を込めて、そう呼んでいる。

「あれは、ちょっと多すぎないか?」

 小声でレッシュに告げる。

「そうね。とりあえず手でも上げておく?」

「賛成」

 二人は両手を上げ、降伏の意志を示した。

「なんだ?もう終わりか?ひと暴れしそうな勢いだったが?」

「お生憎様、あんたらに使ってやれるほどの体力は残ってないもんでな、バーバ管理局長様よ」

 完全に勝ち誇った表情で、バーバが二人の許へ歩み寄る。ヴァナとレッシュはゆっくりと後ずさった。

「何も逃げることはないだろう?オブロマン家の令嬢、レッシュ殿よ。雲人でも、有名人だと思うが?」

「私を知っているとは…困ったことになりそうね」

 やはり、ヴァナ以外の相手の場合は冷静でなおかつ毅然な態度を保てるのだろう。バーバはレッシュの前まで行くと、右手で頬を掴んだ。レッシュの顔が不細工に歪む。

「なかなか、可愛い顔してるじゃないか」

 今、まさにその可愛い顔を歪ませているのだが。

「もしよかったら、私の嫁にもらってやろうか?」

「ほあいにふはま、ははひには…」

 冷静に反抗しようとしたが、レッシュはうまく言葉を発せないことに気づき、諦めた。ヴァナはその様子を見、顔を逸らして笑いを我慢していた。

 しかし、我慢しきれなかった。顔を逸らしたまま、盛大に、大爆笑という言葉が合うほどに笑い倒した。

 一通り笑い終わると、呼吸を整え、バーバの手をヴァナが払いのけた。

「きたねえ手で触ってんじゃねえよ」

「そう思うなら、笑う前に助けたら?」

 すかさず、レッシュが突っ込みを入れた。

「いや、俺だってすぐに助けようと…」

「嘘つき。散々楽しんでからだったじゃない」

「助けてもらったのにありがとうも言えないのかよ」

「私だって―――――」

 バーバが両手を二人に翳し、制する。

「やめたまえ。痴話喧嘩ほど、醜いものはないよ」

 今この場を制しているのは私だ、顔で主張していた。ヴァナはバーバに構うことなく、後ずさっていき、レッシュもその行動を辿った。

「お?まだ抵抗する気があったのかな?」

「降伏のつもりで手を上げたんだが」

 じりじりと下がる二人をバーバと背後の男たちがゆっくりと追い詰めていく。この状況に気づいた作業員たちもその手を止め、この光景を、息を飲んで見守っていた。

「そのまま下がっていっても地獄が待っているだけだと思うが?」

「怖いこと言わないでくれる?」

 ヴァナとレッシュが際までたどり着くと、その足を止めた。ヴァナは下を覗き込み、吸い込まれそうな闇夜の深さを感じていた。

「さて、次は何をしてくれるのかな?」

 まるで親戚のおじさんが遊びに来たときの子供のような発言だが、確かにバーバは優越感に浸りきった表情を浮かべていた。

 圏境管理局局長などという聞こえのいい役職ではあるが、結局毎日椅子に座るだけの日々にバーバが飽き飽きしていたからだろう。

 たまのトラブルを余すことなく、楽しみたいと言ったところだ。

「なあ」

 口を開いたのはヴァナだった。

「俺だけでいいから、助けてくれないか?」

 レッシュは驚き、疑心暗鬼の眼差しをヴァナに向けた。

「ちょっと!!何言ってるのよ!!」

「ほほう?とりあえず聞こうか」

 バーバは騒ぎ立てるレッシュを余所にヴァナの言葉に耳を貸した。

「あんた側に寝返るよ。俺の個人雲艦もくれてやる。俺が言えば、あいつらはすぐに投降するはずだ。雲艦一隻捕まえるだけでも手こずってるんだろ?」

「随分と虫のいい話だが、信用に欠けるな」

 もちろん、突然の申し出を信用しろという方が無理な話だ。しかし、まだヴァナの話は終わらない。

「もちろん、わかっているさ。だから、ここでこいつには俺の信用の生贄になってもらおうと思ってる」

「急に何言い出してるの!?勝手なこと言わないでよ!!どういうつもり!?!?シロネはどうするの!?この外道!!!」

「ここで死んだら、どうしようもないだろ。それに、俺はなんだかんだで俺が一番大事だからな。死んじまったら、何にもならない」

 ギャーギャー喚くレッシュだったが、ヴァナは珍しくそれに取り合わなかった。

「しかし、どう生贄にするというのかね?」

「それは―――――」

 ヴァナは急にレッシュと向かい合うような形に移動した。

「あんたって最低!ホント信じられない!!裏切り者!!!クズ!!」

「こうなっちまったら、もうどうしようもないだろ?」

「だからって私を犠牲にするなんて!」

「楽しかったよ。短かったけどな」

「うるさい!!アンタなんて―――――え」

 ヴァナは無表情のまま、レッシュをいとも簡単に突き飛ばした。レッシュの体は軽く浮かび、外へと放り投げ出される。

「いやあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

「ごめんな」

 その叫び声ごと、レッシュは暗闇に飲み込まれていった。ヴァナは見下ろして、レッシュのその姿を見送った。

「これで、少しは信用できるかと思うけど?」

 振り返ったヴァナの表情に、感情はなかった。

「ふっはっは!こいつは面白い!!!簡単に仲間を捨てたか!傑作だな!!!」

 バーバはこれを求めていたんだ、と高らかに笑いあげた。

「いいだろう。久しぶりに面白いものを見せてもらった。どうして欲しいのだ?」

「俺と他の仲間を見逃してほしい。おとなしく下へ帰るからさ。有名人一人の命と引き換えならお釣りをもらってもいいくらいだと思うけど?」

「そうか。まあいいだろう。これ以上騒ぎを起こされても困る。私は十分に楽しめたからな」

 ヴァナの望みをバーバは聞き入れた。それほどまでに今のショーに満足していたのだろう。

「下ろせ」

 バーバは片手を上げ、背後の男達に合図する。男達は一斉に重火器類の照準をヴァナから外した。

「とりあえず、あいつらに投降させるのに、連絡したいんだが、いいか?」

 ヴァナが耳につけた小型の端末に手を翳す。

「ああ。だが、お前たちをブラックリストに登録させてもらう。そのためにも一度全員を私の前に連れてこい。いいな?」

 部下に対するかのように命令口調でヴァナに告げた。

「わかったよ」

 ヴァナは耳に装着した端末に手を当てる。

「ドナサン、ニル、聞こえるか?」

 今まで、あれだけ返答が早かった二人からの反応がない。代わりに、物音が聞こえてきた。

 ヴァナはその音だけで何かを理解した様子で、にやりと笑った見せた。

「それともう一ついいか?」

「なんだ?」

 ヴァナは拳を振りかぶった。

「いったい何を―――――」

 バーバの言葉が最後まで紡がれることはなかった。ヴァナの拳が綺麗にバーバの頬を捉えたせいだ。

 バーバの小さな体が背後の男達の許へ軽々と飛ばされ、男達はそれを受け止めた。

「やっぱ俺、お前みたいな奴、大っ嫌いだわ」

 へへ、とすっきりした顔で笑顔を見せた。

「雲人風情が…!許さんぞ!殺せ!今すぐ殺せ!」

 男達が重火器を構える。ヴァナはそれを意に介さず、縁まで歩いていくと、振り返って両手を広げた。

 ヴァナの意図の読めない行動は、男達に引き金を引かせる余裕を与えなかった。

「それじゃ」

 ヴァナは自ら、全体重を外に放り投げた。その顔は自殺願望があるとは思えないほど晴れやかなで清々しい顔をしていた。

「なッ!?」

 自ら投身したヴァナに、更に男達は怯んだ。ヴァナの姿もまた、暗闇へと飲み込まれていった。しかし、その数秒後。

 暗闇の中に一筋の光が浮かび上がる。光はどんどんと大きくなり目の前まで来たところでそれが雲艦だと初めて視認できた。

暗闇から空色に似た青い機体を持った雲艦が浮かび上がってきたのだ。雲艦はバーバ達の見えるところまで来ると、一度そこで止まった。

 甲板に見える人の姿には、ヴァナもレッシュも確かにそこにいた。

「次に会ったら、もっとボコボコにしてやるよー!覚えとけよーーーー!!!」

 それだけを言うために、わざわざここの場所まで来たというのだろうか。しかし、それはバーバを挑発するには十分なものだった。

 ヴァナ達を乗せた雲艦はそのまま闇夜に消えて行った。

「クソッ!!!ふざけるな!!!追うぞ!!雲艦をすべて出せ!!!」

 先ほどまでのご機嫌はどこへやら、頭に血が上ったバーバは怒りのままに行動を取った。

「しかし、それでは―――――」

 背後の一人がバーバをなだめようとするが、聞く耳を持つはずもなかった。

「うるさい!あの男だけは許さんぞ!!!必ず捕まえて殺してやる!!!!」


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