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空帝遺物  作者: 水芦 傑
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圏境管理局

 圏境とはその名の通り、雲層圏と天層圏を繋ぐ圏の境いのことである。雲層圏と天層圏の間には人が存在するにはあまりに過酷な気温の変化や風の変化、それに酸素濃度の薄さなどがあり、そのために造られた上空への通路のようなものだ。

 浮遊都市ラグレルはその麓に作られ、圏境を通る人々を相手にし、発展していった。ラグレルの中心には太い透明のトンネルのようなものが螺旋状に上と伸びている。それこそが圏境の道であった。

 ヴァナとレッシュは圏境管理局と呼ばれる、圏境の出入りや圏境道の管理を行うところに申請を出すために来ていた。

「なんで、ヴァナと私で来なきゃいけないのよ…」

「文句言うなよ。シロネを外に出すわけにはいかないし、ドナサンと二人にしてもドナサンの奴あんまりしゃべる奴じゃないし、そうなるとニル置いてこないとシロネが可哀想だろ。マクロノはずっと落ち込んでて動こうともしなかったし…」

「だからって、わざわざ私まで…」

 嬉しくはないのだろうが、反抗的な態度ではなく、落ち込んでいた。

 螺旋のトンネルの内側に、圏境管理局はあり、そこは広大だった。

エントランスの入り口に手続きの受付があり、その奥には、レストランからお土産屋に売店、宿泊施設まで完備されていた。

 受付窓口の一つに二人は歩を進めた。

「いらっしゃいませー。圏境管理局へようこそ。どういったご用件でしょうか?」

「天層圏へ行きたいんだが」

「上圏のお手続きですね、ではこちらに必要事項を入力ください」

 受付嬢とヴァナ達を挟んでいたカウンターの色が変わり、項目が浮かび上がった。

「へいへい」

 ヴァナは慣れた手つきで手続きを進めた。

「ご入力ありがとうございます。では、個人雲艦での上圏として承りました。では、金額がこちらになります」

 浮かんでいた項目が消え、そこに値段が映し出されたのだが、それにヴァナとレッシュは目を丸くした。

 普段の生活で見ることのない金額であったからだろう。

「ねえ」

「あぁ、うん」

「これ間違いじゃないんですよね?」

 レッシュの問いかけに受付嬢は笑顔で返した。

「はい。こちらの金額になります」

「ゼロがちょっと多くないかな…」

「俺もそう思う…こんな高かったっけ…」

 二人の意見が一致したのはこの時が初めてだったのかもしれない。ヴァナはおもむろにレッシュの肩に手を置いた。

「頼んだ」

「はあ?!」

「お前、実家が金持ちなんだろ?これくらいわけないだろ」

「何言ってるの!こんな大金使ったら、後でお父様に何言われるかわかったもんじゃないわ!」

 自らの父を思い出し、背中に悪寒が走った。この大金を使ってしまった時の、その後のことを想像したのだろう。

「いや、でもこんなの俺らじゃ払えねえよ。今月の支払だってしんどいのによ…」

「じゃあどうするの?」

「それを今から考えるんだろ」

 受付嬢は必要以上にニコニコと二人を見るばかりで、返答を待っていた。思案していたレッシュが何かいい案を思いついたらしく、声を上げた。

「あっ!」

「なんだ?」

「いい案思いついた。ねえ、上の人呼んでくれないかな」

 受付嬢はそう言われ、営業スマイルが一瞬で吹っ飛んだ。

「わ、わ、私に何か不手際がありましたでしょうか!何かあるのなら、直しますから、今すぐおっしゃってください。これ以上、ミスがわかってしまうと、私クビになってしまうんです!だからお願いです!ご勘弁ください!」

 必要以上にニコニコしていたのはこのせいだろう。しかし、受付嬢の勘違いに二人はキョトンとした。

「えーと、いや、そういうことじゃなくて。ちょっと、ドリー管理局長を呼んでもらいたいだけだからさ」

 優しく諭すようにレッシュが促すと、受付嬢は涙をぐっと堪え、潤んだ瞳で見詰め返してきた。

「ほ、本当ですか…?」

「本当よ。大丈夫。貴方のことは、うんと褒めておくから!」

 レッシュが笑顔で返すと、その笑顔を信用したのか、受付嬢は連絡を取り始めた。

 五分ほどして、遠くからスキンヘッドの巨漢に口ひげを生やした、いかにもの人が歩み寄ってきた。

 表情は決して芳しくない。巨漢は一目散に受付嬢の許へと行った。

「お前、今度やったらと言ったよな…?」

「えっ…?ふぇ…ふぇ…?」

 もう受付嬢はぼろぼろと涙を零していた。

「いいか―――――」

「ちょっと!ドリー!私が呼んでって頼んだのよ!!」

 聞き覚えのある声に巨漢、ドリーはレッシュの方を向き直った。

「なっ!これはこれは、レッシュお嬢様!お久しぶりですなあ!」

 ガッハッハ、と見た目通りの笑い声をあげるドリーにもう怒りの色は見えない。

「そんなことより、その子は一生懸命、丁寧に私たちに対応してくれていました。彼女の仕事ぶりは私が保証しますから、もうそんなに怒らないでくださいね」

「お嬢様に言われちゃあしょうがない。まあ、私も言い過ぎたところがあったかも知れないな!」

 やはりガッハッハ、と高笑いするばかりだ。

「で、レッシュ。どういうお知り合いなわけ?」

「私のお父様と旧知の中で、昔よく家に遊びに来ていたの。ドリーおじさんは」

「あー。父さんのコネってわけね」

 言い方に棘はあったが、ヴァナは納得していた。

「で、レッシュお嬢様。今日はどういったご用件で?」

「ちょっと、上に行く用事が出来ちゃってね。それでね、一つお願いがあったの」

「ほう?お嬢様のお願いならば、何なりと」

「上圏の支払なんだけど、空帝祭実行委員に請求を回してほしいの。できるかしら?」

「それは簡単だが、その程度のことなら、私が出てくるまでもないかと思うが…」

 訝しげにドリーは言葉を返した。

「それで、何よりのお願いなんだけど…」

 レッシュは少し言葉を詰まらせた。

「ほうほう?」

「お父様には、このことは内密にお願いしたいの。大丈夫、よね?」

 ドリーはレッシュの真意を察し、快くそれを受け入れた。

「なるほど。そういうことでしたら、お安い御用だ。レッシュお嬢様、なんの心配もいりませんぞ」

 ドリーはやはり豪快に笑い、実に楽しそうだった。

「で?」

 ヴァナがレッシュにだけ聞こえるように、問いかける。

「これで、大丈夫よ」

「ならいい。流石、お嬢様のコネクションは破壊力が違うな」


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