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才能売買仲介専門会社

作者: マルボロ

青年は自室のベランダに立っていた。


彼はもう3度目となる受験を明日に控えているのだが、まったく合格する目処が立っていないのである。


原因はわかりきっている。勉強時間が足りない、というより、もはややる気がないのだ。


現役時、浪人1年目は確かにあったあの情熱が、今ではどこにも見当たらない。


一度目の浪人に失敗した時点で就職なりしたらよかったのだが、後悔先に立たず、もはや手遅れだ。


高校を卒業した後、紙面上3年もなにもしていなかった、とされるこの青年を雇う余裕のある会社など、今のこの国には、どこにもないのだ。



 「よし、最後の一服だ」



 愛煙していた銘柄の最後の一本のタバコに火をつけながら彼は独り言を言った。


思えば怠惰にまみれた人生だった。特になんの才能もなく、小学校のときから習い事や部活動などはことごとく続かず、勉強するように塾に通わされようが当然のようにサボり、恋人もずっとなかったのだが出会いを求める努力すらせず、自室にてとにかく寝るのだ。そんな生活を20年ほど続けると晴れて怠惰の権化であるような体型を手に入れた。自分で言うのもなんだが、私の親は大変子育てが熱心で、事実、私以外の兄、姉、弟、妹は見事ストレートで一流企業、一流大学へと就職、進学していった。浪人した落ちこぼれの私にも家族は優しく、勉強を続けたいのなら全面的に援助するし、働きたいのなら働き口をともに探してくれるといって、ほかの兄弟との差別など微塵もなかった。まったく、あのようなすばらしい方々からなぜ自分のようなものが生まれたのか、これが皆目見当がつかない。



 果たして自分には何があったのか?幸いなことに今となっては気を使われたり、忘れられたりで誰からも連絡はなく一人で考える時間だけは十二分にあった。



「せめて何か一芸、何か才能があったらもっと明るい人生を歩めただろうに・・・、ああ、私には何もない、強いてあげるならば寝る才能かなぁ、どんな時でもすぐさま眠りに落ちることができるが・・・しかし、こんな才能は何の役にも立たん。無駄だ」



「そんなことはございませんよ。」



「おや、誰だろう?誰かいるのかな?」



「こっちですよ。」


 

声のする方を見ると、何かが空に浮いている。声の主はあれのようだ。

 よく見ると、宙に浮かぶソリのような乗り物に乗った、人型で、しかし頭はヤギの奇妙な生物がいた。しかもこのヤギ、人語を理解し使用するようだ。


「ややっ!これはいかん、ストレスからかとうとう幻覚を見るようになったか。」



「幻覚などではありませんよ。私こういうものです」


 礼儀正しく渡された名刺には「才能売買仲介専門会社 タレント 営業部 佐久間」とあった。



「なんだこれは?人をからかって、不愉快だ。消えてくれ」



「まあそう言わず、話だけでも聞いてください。先ほど聞こえてしまったのですがあなたはすばらしい才能をお持ちのようですね」



「独り言を聞かれていたとは恥ずかしいな。なんのことだ?」



「なんでも、どんな時でもすぐさま眠ることができるんだとか?それは真でしょうか?もしそうであって、その才能を不要だと考えているのなら、是非とも私にお売り頂けませんか?」



「独り言で嘘はつかんよ。すべて本当のことだ。才能を売る、とは奇怪な話だが、もしお願いできるならばこんなもの是非とも買い取って頂きたいね。」



「ありがとうございます。それでは買い取り価格のほうなんですが、このくらいでいかがでしょう?」



そこには一流企業の新卒社員の年収の何倍もの価格が書かれていた。



「こんなにか!是非もない!すぐに買ってくれ!」



「ありがとうございます。それでは契約成立とのことで、こちらが代金でございます。」


 

見たこともない金の山にめまいがしたが、ふとある考えが浮かび、持ち直した。



「佐久間君といったな。君は才能を買うだけではなく売ることもしているのだろう。」



「おっしゃるとおりです。弊社はお客様の才能の売買の仲介によって利益を上げております。」



「では、君は今、売るための才能も持っているかね?」



「あまり人気のない才能は本社にて保管しておりますが、有名どころは常に持ち歩くようにしております。」



「では、勉強の才能があったら売ってほしいのだが・・・」



「もちろんございます。学力により金額に差がございますが、どれも今お売りいただいた睡眠の才能の半分以下のお値段でご提供させて頂いております。」



「ではせっかくだから一番いいものを売ってもらおうかな。」



「かしこまりました。ありがとうございます。・・・本日は真にありがとうございました。また売りたい才能、ほしい才能がございましたら、名刺にある連絡先までご連絡ください。すぐに私、佐久間が伺わせていただきます。」



「ああ、わかった、またよろしく頼む。」




営業マンが帰るとすぐ、私は机に向かって予想問題集を解いてみた。するとどうだ、つい一時間前には決して汚れることのなかった答案が、今では見る見る黒く染まっていくのだ。自信もあるが念のため回答を見るとどのテストも文句なしの満点であった。


これならば本番も完璧だ。金の山が少しなくなったことを差し引いても、まったくいい買い物をしたものだ。


そう思っているうちに、気がつくと入試のため家をでる時間となっていた。危ない危ない、完璧な学力があって遅刻で不合格など、目も当てられない。青年は急いで家を後にした。


そして入試本番、どの科目のテストもまったくペンが止まることなく最後まで解ききった。見直しを2回もする余裕があったほどだ。


家に帰り、温かく出迎えてくれた両親に笑顔で応え、自信をもってできたことを報告すると、両親も笑顔になり、労ってくれた。


家族と会話をしながらの食事など一年以上ぶりだ。こんなに温かい家族に恵まれていたのだと、改めて気づかされる。




食事も終わり、自室に戻りさあ寝ようとなった時、異変に気づいた。眠れない。考えてみれば昨日の夜中、あの営業マンとのやりとりから予想問題集の実践と答え合わせを朝までやって、そのまま入試に行き、入試を終えて、今、夜だ。しかしながら一切眠れる気がしないのだ。心身ともに疲れているのは間違いない。電気を消そうが布団に入ろうがミルクを飲もうが、まったく眠れない。眠たくないのではない。眠たいのに寝れないのだ。


無理に目をつぶり、体を起こさないことにした。やっと眠りにつけたかと思うやいなや、目覚ましの音に起こされた。まったく眠れた気がしない。二度寝しようとするが一時間横になった後、あきらめた。一切眠れないことはないのだが、極端に寝入ることと深い睡眠をとることが下手になっている。



 こんな生活が2週間ほど続いた。青年は見事大学に合格したのだが、心身は限界を迎えていた。これでは最高の学力を持って一流大学に受かろうがまともな生活を送れるわけがない。変な動悸や眩暈が止まらなくなり、命の危険すら感じ出したのだ。どうしたものかと悩んでいると、先日の営業マンの名刺が目に留まった。これだ、なんとかして金を作り、眠る才能を買い戻すのだ。そう思って、いざ佐久間に連絡を取ってみることにした。



  「あーもしもし、佐久間君かな?私だが・・・」



  「これはこれは!先日はどうも、本日はどうなされました?」



「どうもこうもない!あの日以来極端に睡眠をとることが下手になってしまった。いつもイライラするし、思考もうまく回らない。金は用意するからあのときの才能を返してくれ!」



「なるほど、お話はよくわかりました。しかし大変残念なのですが、あの才能はとうの昔に売れてしまい、今私の手元にないのです。世の中にはお金をもてあました睡眠に悩む方がたくさんいらっしゃいまして・・・」



 「それならばこの際あの才能でなくともいい!普通に眠れる才能でいい!それを用意してくれ!」



「お言葉ですが、普通に眠れることを、人は才能とは呼ばないのです。よって弊社でも取り扱いはございません。あなた様に売っていただいた才能は大変貴重なものであることは、私があなたに支払った金額がよく示していると思います。いくらお金を用意して頂いても、ないものを売ることはできませんし、今まで一件しか取り扱いのなかった大変珍しいものですので、次の仕入れはないものと思って頂いたほうが・・・」



「なんだと!それでは、どうしようもないと!諦めろということか!」



「そういうことになります。弊社でもお客様のご要望に沿えるよう、全力で仕入れをするつもりではいますが、なにぶんその才能を持った人の数が少ないことと、快適な睡眠を手放す方が皆無に近いことを考えますと、向こう数年以内にお客様にご提供することは、現実的に不可能ではないかと思われます。」




 なんということだ・・・無言で途方にくれていると、受話器の向こうでは丁寧な挨拶が長々とされ、その声はやがてツー、ツーという単調な音に変わった。動悸はいっそう激しく、はっきりと聞こえるようになった。


私は、自分が手放そうとしているものの大きさを理解できていないことが多かったのだな、と思った。受験生のときも、何の疑いもなく勉強に当てる時間を睡眠でつぶし、あの時だって、あのまま営業マンに会わず人生に幕を下ろしたとしたら、家族の存在の大きさを知ることなく、それを含むすべてを簡単に手放していただろう。


最高の学力はいらなかった。ほんの少し、ほんの少しのものの価値がわかり、正しい選択をできる才能が私にあったなら、一流大学ではなかったかもしれないが、最高の家族と、決して悪くない人生を全うできたのにな・・・


それが彼の最高の学力による、最後の思考であり、その後まもなく彼は目覚めることのない永遠の眠りへと落ちていった。


こんにちは、マルボロです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

星新一先生やキノの旅の時雨沢恵一先生にあこがれて作りました。

世にも奇妙な物語っぽくできたかなと思っています。

既存の作品に対しての著作権侵害をしたいわけではないので、万が一あまりにも酷似した作品があって、それをご存知でしたら、コメントにてご指摘いただきましたら、確認の上削除させて頂きますので、よろしくお願いします。

また、もっとまとまった短い文章で皆様をゾッとさせたり感動させたりできる作品を書けるようになりたいと考えています。

コメントにて、感想、批評、アドバイスなどお待ちしておりますので、

どうぞよろしくお願いします。


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