肝を試してみよう
夏休みも後半に入って、受験勉強もまぁまぁこなしつつ遊んでいます、小塚です! 私はまだ進路もあやふやでなんとなくここ行こうかなぁ、というかんじでお勉強しているんですが、東雲くんは何やらやる気満々で、バンド練習の合間を縫って一生懸命お勉強しています。なんだか今までの分を取り返すみたいに。
一生懸命な東雲くんはかっこよくて素敵だけど、無理してほしくない。と言うわけで、またもや楓と広田くんと企画して、東雲くんを誘い出しました!!
「それにしても、広田の家が寺だったなんてな。意外だ」
「は?」
平野くんのつぶやきに、広田くんはどこが? って顔をした。でも、私も他のみんなも同じ意見みたいで、うんうん頷いている。
だって広田くんはスポーツできてクラスのムードメーカーってかんじの明るい人なので、お坊さんみたいなもの静かで思慮深いイメージはないのだ。あ、決して広田くんがおバカさんって意味で言ったんじゃないからね!
「何言ってんだよ。俺ほど寺の似合う男っていねぇよ?」
「煩悩の塊のくせしてよく言えるね」
「こらこら。どこが? 俺のどこが煩悩の塊?」
「そりゃもうどこもかしこもだよなー」
「何をぅ!? 貴様ら天誅!!」
「和也、やめなさい。あんたの負けよ。あんた以外満場一致で煩悩の塊よ、あんたは」
うわーんって広田くんが泣きつくのをなだめながら、楓が軽く溜息をついた。相変わらず仲がいいなぁ。私たちもあれくらい仲良しに見えてたらいいなぁ。熟年夫婦みたいなかんじ?
平野くんと理奈ちゃんも素敵だもんなぁ。大人のカップルみたいでキラキラしてるし。
それに比べたら、私たちは東雲くんがせっかく素敵なのに私が一般人なので、相殺してしまってキラキラしてないんじゃないんだろうか。あ、むしろ私が引き立て役として東雲くんがキラキラしてるんじゃないだろうか。いや、私がいちいち引き立てなくても東雲くんはキラキラしてるんだけど。
「さて、今回集まってもらったのは他でもない。只今より、第一回ハラハラドキドキ肝試し大会を開催するー!」
さっきまで項垂れていた広田くんが、拳を上げてイエーイ! ってかんじで振り回した。さすが広田くん、立ち直り早い。うたれ強い。広田くん、すごいなぁ、めげないなぁ。鋼の心!
「ルールは簡単。この墓地の奥にある一番でっけぇ墓にある線香に火をつけてくるだけ!一緒に置いてある蝋燭には火つけてあるから、それ使え。何か質問ある人―?」
「はーい」
「はい、じゃあそこのちびっ子」
「ちびっ子じゃねぇよ、ハゲ! ……えーと、脅かし役とかは作んないの?」
那央ちゃんがちょっとワクワクした顔で聞く。もしかして那央ちゃん、そっちをやりたくてきたんじゃ!? でも、その野望は広田くんによって阻止された。
「ダメだ」
「なんで?そっちのが面白いじゃん」
「……墓地であんまり騒ぐのはちょっと、な?」
な、何!? 広田くん、ちょっとなんでみんなから目を逸らすの? 何かやましいことでも? よろしくないことでも!? 例えば、本当にお化けが出るとか、本当に幽霊が出るとか、お寺の裏のお墓なのにゾンビが出るとか……。ど、どうしよう、急に怖くなってきた!
「そんなわけでお化け役はなし。さて、他に質問は?」
「はい! ひ、一人で行くなんてことはないよね、広田くん!」
私はおもいっきり手を振り上げた。ちょっと空気を切る音が聞こえるくらい。だ、だってだって、広田くんのあんな微妙な返事を聞いた後に、こんな暗いとこ一人で歩けるわけがない。
「さすがに一人はないだろー。二人一組でペアになって行ってもらうぜ。みんな一人じゃ怖いだろうしな。俺はもう慣れてっけど」
やっぱりそうだよね! みんな平気そうな顔してるし、実際私ほど怖がってはいないんだろうけど、ちょっとくらい怖いはずだ。あ、でも東雲くんはそうでもないのかもしれない。今は怖そうっていうより眠そうな顔だ。あ、こっち見た。
「小塚さん、よかったね。心配しないで。俺がついて……」
「ペアはこの和也様特製くじで決めまーす」
「は?」
さっきまで大変穏やかな表情で、眠そうなかんじで私を見ていた東雲くんは、それはもう鬼のように恐ろしい顔で広田くんを振り返った。背景の墓地がとっても似合ってるね!
「君、本当に何考えてるの? 馬鹿じゃないの? 脳みそあるの?」
「え、そこまで言う? つか、仕方ねぇじゃん。俺だって楓と組みてぇよ? きゃっとか言って俺の腕に抱きつく楓さんにデレデレしたいよ?」
「君ってほんと気持ち悪い」
「そこは流せよ。おまえだってちょっとくらいそういう展開期待してるから、小塚とペアがいいんだろ? でも、それじゃあクレームくんだよ。彼女いないやつから」
広田くんは言い終わると同時に、那央ちゃんの頭に手をおいた。那央ちゃんはムスッとしている。
「だってズリィじゃん。自由にしたら、俺なんか光司とだぞ!? 何が楽しくて男二人で肝試ししなきゃなんねぇんだよ? ぜってぇ嫌!」
「いや、女のが人数少ないから結局だれか男二人になるんだけどな」
「不公平さが薄れるだろ、くじのが!」
平野くんのツッコミに必死で反論する那央ちゃん。苦笑しながら軽くあしらう平野くんにムキーてする那央ちゃんはかわいい。この二人って兄弟みたいだなぁ。私は一人っ子だから、本当は兄弟がどういうふうとか分かんないんだけど。
「はい、質問はもういいな? いろいろ大変だし、丑三つ時になるまえに終わらせるぞー。順番にくじ引け」
目の前に差し出された割りばしを引くと、4と書かれていた。
「同じ番号のやつがペアな。あ、数字は出発する順番だから」
今日いるのは八人で二人一組だから、四番は一番最後ってことだ。ちょっぴり落ち込んでいると、東雲くんが覗き込んできた。近い! 近いよ、東雲くん!! かお近い!
「小塚さん、何番だった?」
「四番だよ。東雲くんは?」
「俺、二番。違うペアだね……」
「うん、残念だね」
「……気に入らない」
拗ねたような顔をして、東雲くんは黙ってしまった。あ、不機嫌。
「久々美、何番だった? 私、三番で空見となんだけど」
「私、四番だよ。那央ちゃんと楓って不思議な組み合わせになったね!」
「不思議っていうか、合うのかしらね……?」
楓ではすっごく嫌そうな顔をした。正直だなぁ、本当に。でも、なんだかんだ相性がいいような気もする。お姉ちゃんと弟みたいな感じで!
「すっごく不安だわ。……ところで、アンタのペアは? そのようすじゃあ、東雲じゃないみたいだけど」
「東雲くんは二番なんだって」
「あぁ、確か和也が二番だって言ってたわよ」
東雲くんは楓の言葉にピクリと反応して、ものすごく険しい顔をこっちに向けた。嫌だって顔に書いてあるみたい。楓の言葉に反応したのは、東雲くんだけじゃなかった。
「なんだ、東雲とか。それはそれで楽しめそうだな!」
「さいあく……」
「まぁまぁ、照れるなって!」
広田くんは東雲くんの背中をバンバン叩いて笑っている。この二人はなんだか最近急に仲良くなったんじゃないかな、と思う。海に行く前くらいからかな? 温度差はあるけど、東雲くんも嫌がってないし、むしろ心を許してる方だと思う。あんまり言わないけど、東雲くんってそうゆう人なのだ。
東雲くんが広田くんとなので、残るは理奈ちゃんか平野くんか海岡くんなんだけど。
「お前、四番?」
「うん、そうだよ! 海岡くん、四番?」
「ああ」
「がんばろうねー」
そうか、海岡くんとペアか! 海岡くんはあまりしゃべらないし、二人になって大丈夫かな。会話続けられるかな。でも、あんまりベラベラしゃべり続けてもウザがられそうな気が……! そんなかんじで百面相をしている私に気づいたのか、東雲くんが心配そうな顔で私を見ていた。
「大丈夫、小塚さん? すごい百面相」
「え、あ、大丈夫だよー」
安心させようと思って笑うんだけど、東雲くんは少しだけ笑い返すと海岡くんをキッと睨んだ。こ、怖い、怖いよ!!
「光司、小塚さんを困らせたら、ただじゃおかないからね」
「お前、ほんと過保護だな」
「別にいいだろ。俺は小塚さんが好きなんだから、しょうがないんだよ」
「し、東雲くん!」
すごく不思議だけど、普段自分の気持ちをペラペラしゃべったりしない東雲くんは、何か変なところで素直になる。今みたいなかんじで……。普段は好きとか楽しいとか嬉しいとか、そういうこと素直に言わないのに。それで、東雲くんがはっきり言うことって、大抵私を困らせるのだ。
「なぁに、小塚さん?」
「えっと、そうゆうこと人に言うのはね、私、嬉しいんだけどね、恥ずかしくて……。だから、あんまり言われるとね……う、嬉しいんだけど、ね!!」
「どうして? 俺は素直に気持ちを言葉にしているだけだよ。それにほら、悪い虫が付かないようにしておかなくちゃ」
普段は素直に言わない癖に……! 悪い虫なんか付かないよ! 予防するなら虫除けスプレーとかじゃないと意味ないのに。
海岡くんには申し訳ないことをしてしまったと思ったので、とりあえず謝っておいた。
もう肝試しはスタートしていたみたいで、じきに東雲くんたちの番がやってきた。平野くんと理奈ちゃんはいつの間にか出発していたみたいだ。
「それじゃ、お前らちゃんと3分ごとに出発するんだぞ!」
「小塚さん、暗いから本当に気をつけてね。また後で」
二人はそれぞれ言葉を残すと、暗闇に消えていった。
「海岡くんはお化け屋敷得意?」
「入ったことねぇし、分かんね」
「えぇ!? お化け屋敷入ったことないの? どうやったらお化け屋敷を避けて人生歩めるの!?」
あ、睨まれた。……これ以上しゃべるのやめておこうかな。なんだかおばけよりも海岡くんの方がよっぽどか怖いです。
「……お前は?」
「え、あ、私!? それはもちろん苦手だよ! できることなら海岡くんのように今までの人生、お化け屋敷なんて避けて通りたかったくらい」
本当にお化け屋敷ってロクな思い出がない。幼稚園のころ初めて入った時に大泣きし、小学生のころ楓と一緒に入った時は置き去りにされ、中学校の修学旅行では友達とあまりの恐さに全速力で走って係りの人に怒られた。お化け屋敷なんてなくなっちゃえばいいのに! っていうくらい嫌い。
「じゃあ、なんで今日来たんだよ? 怖いの嫌いなんだろ」
「あ……。えっと、それはね、えーと……」
そんなの、決まってる。東雲くんと会えるから……。あわよくば一緒に回れないかな、なんて……。付き合ってるんだから、会いたきゃいつでも会えばいいんだけど。まだ、恥ずかしくて。
それに、東雲くんは最近考え事をしているみたいで、それもなんだかとても難しいことみたいだ。だから、こういうのもたまにはいいかなって思った。本当は相談してほしいけど、東雲くんは自分で解決しようとしているみたいだし、難しいことだったら私じゃ役不足かもしれない。
「本当、くーちゃんって分かりやすいよねー」
「そ、そんなことな……って、理奈ちゃん、どうしてここに!?」
海岡くんにしては、軽いノリだなぁって思ってたら、返事をしたのは一番最初に出た理奈ちゃんだった。隣に平野くんも立っている。
「行きと帰り同じ道だから。他のペアともすれ違ったし、そのうち2組目も来るんじゃないか」
「そうだったんだ。……まだ遠い?」
「んー、ちょっと距離あるね。頑張って!」
「じゃあな。光司も、渉に怒られないように気をつけろよ?」
「はっ」
海岡くんは鼻で笑うと、歩きだしてしまった。
「あ、じゃあ二人ともまた後で!」
私も二人に挨拶してその後をおった。しばらく無言で歩いて行く。懐中電灯を持っているのは海岡くんなので、私の目の前は少しだけ暗い。
海岡くんは東雲くんと同じかもう少し背が高くて、足が長い。なので、やっぱり歩くのも東雲くんと同じくらい速い。私にはこの墓地を怖がってる暇はなかった。おいていかれないようにしなくちゃ! 海岡くんの背中も東雲くんみたいに大きいから見失うことはないけど、海岡くんは東雲くんみたいに私の様子に気づいて立ち止まって待ってくれたり、歩く速度を緩めてくれたりはしない。東雲くんがそうしてくれるのは、私が東雲くんの彼女で、東雲くんが私の彼氏だからだ。友達同士でもするんだろうけど、海岡くんはそういうのしないんだと思う。……たぶん、彼女にも。
でも、東雲くんも友達にはしなさそう……だなぁ。自惚れんじゃねーコノヤロー、とか思われそうだけど、彼女にしか、私にしかしないような気がする。なんだか特別みたいで嬉しい。みんなに優しい東雲くんだと嫌ってわけじゃないけど、嬉しいのだ。やっぱり素敵だ、東雲くん。
「……あ」
小さく呟いて、海岡くんは急に立ち止まった。
あれ? どうしたのかな? 海岡くんと一緒にいるのに、私が東雲くんのことばっかり考えてるのがばれたのかな? 失礼な女だと思われたらどうしよう……!?
「渉……」
やっぱりそうだ! なんで分かったの、海岡くん!? エスパーなの? もしかしてエスパーなの、海岡くん! と一人でパニクッている私をよそに、海岡くんはふらっと前進した。えぇっ、なんで!?
「おー、海岡じゃん! あれ、小塚はー?」
「もしかして、おいてきたんじゃないだろうね?殴るよ?」
あ、東雲くんと広田くんの声だ。あぁ、だから海岡くん、さっき東雲くんの名前呟いたんだね!
「あ? いるじゃん。……あれ?」
海岡くんは私が海岡くんの左右どっちかを歩いていると思っていたらしく、きょろきょろして私を探した。私、真後ろにいるんだよ! 探すとこ間違えてるよ!
「いねぇじゃん!」
「君、ほんと最悪だよ……。今ここでグチャグチャにしてしまいたい」
さっきも思ったけど、東雲くん物騒。発言がいちいち物騒。機嫌悪いなぁ。ここからじゃ顔が見えない! あ、よく考えたら今みんな私の存在に気づいてないんだよね? ちょっと悪戯してみようと思い立った私は、バッと海岡くんの後ろから手だけを突き出した。
「うーらーめーしーやー」
「うぉあ!!」
広田くんの悲鳴が聞こえて、海岡くんは声は出さなかったけど、一瞬だけ肩がびくってなった。ただ、東雲くんの反応が分からない。海岡くんと同じような反応だったのかな? ここからじゃ見えないよー。
「こんなところにいたの、小塚さん」
「へ?」
「は?」
広田くんとほぼ同時に、私の口から間抜けな音が出た。え、だって……、え、なんで? えぇ!?
「えぇ、なんで!? すごい、東雲くん、すごい! どうして分かったの?」
「だって声が小塚さんだったよ」
「でも、結構変えてたよな?」
「手も小塚さんだったよ」
「なんで手で分かるんだよ?」
「小塚さんの身体なら一部でも分かる」
なんて能力なんだろう! すごい記憶力、東雲くん!
「お前、こいつのことになると気持ち悪ぃな」
「てゆうか、いつのまに!? もう、したってことだよな? そういう意味だよな?」
「気持ち悪いのは広田だと思う。なんでそういうふうにしかとれないの。本当、下品だよね。服着てて見える範囲に決まってるじゃないか」
「え、俺が悪いの? 今の俺が悪いの?」
私は三人の話についていけなくて、おいてけぼりだ。いったい何の話だか分らなくって困っていると、海岡くんが広田くんを罵倒している東雲くんを横目に、ボソボソと教えてくれた。……ひ、広田くん、なんて妄想してるの!?
「広田くんの破廉恥!!」
「えぇ!? お父さん、ショック! っていうか、破廉恥!? いまどき、破廉恥!? おい、海岡、余計なこと言うんじゃねぇよ!」
「そんなことより光司、あんまり俺の小塚さんに近づかないでくれる。ムカつくから」
「うっせぇな。おい、行くぞ」
海岡くんはそっぽ向いて、先に行ってしまった。またこのパターン!
「じゃあね、二人とも!」
私は二人にお別れして、小走りで海岡くんを追いかけた。不謹慎かもしれないけど、去り際に見えた東雲くんの顔が寂しそうで、少し嬉しかった。
一番大きなお墓には、もう前の人たちのお線香があった。平野くんと理奈ちゃんがつけたやつは、もうだいぶ短くなっている。
私がどうこうする間もなく、海岡くんはお線香に火をつけて、意外にもしっかり手を合わせてお参りしてしまった。目をつむってる海岡くんの横顔はいつもみたいにぎらぎらしてなくて、怖いと思わなかった。
「おい、ボーっとしてんな」
「え、あ、はいっ」
海岡くんの行動を唖然と見ているだけだった私を睨んで、海岡くんはまた先に歩いて行ってしまった。でも、さっきほど怖くない。
海岡くんって、少し東雲くんに似てると思った。