海行こうか、海!
「青い空、白い雲、輝く太陽! 夏だな、夏だなっ。てわけで、海行くぞ、東雲!」
「嫌だ」
「即答かよ! なんでだよー? いいじゃん、海。行こうぜ、海」
「そんなに行きたいなら彼女を誘いなよ」
「もちろん楓も誘ったけどな」
「じゃあいいじゃないか。二人で行ってきなよ。いいと思うよ、彼女と海辺でゆっくりするの」
「あぁ、それもいいかもなぁ……、じゃなくて! みんなで行った方が楽しいだろー?」
「知らないよ。だからってなんで俺がそんな騒々しいところに行かなくちゃならないの。嫌だよ、人多いし。ぐちゃぐちゃにしたくなる」
「くっ……、こうなったら最終兵器だ」
「最終兵器出すの早くない?」
「おーい、小塚ぁー!」
「無視か……。って、えっ、小塚さん!?」
「はーい! 東雲くん、バンド練習お疲れ様です。はい、これ差し入れ」
「あ、うん、ありがとう。……じゃなくて! なんで君、小塚さんといるの!? 殺すよ!?」
「いや、待て、落ち着け。楓もいるから、な?」
「そうよ。私と久々美とコイツで遊んでたのよ」
「あ、そうなんだ。で、小塚さん、どうしたの?」
「うん、あのね、今日三人で話してたんだけど、みんなで海水浴行かない? 平野くんたちも誘って」
「いいよ」
「即答かよっ!」
こんなかんじで東雲くんが快く承諾してくれたので、今日は海水浴に来ています。よかった、よかった。本当に素敵。ステキだねー、海!!
「飛び出せ、若さ! はじけろ、バディ! 海だー!」
広田くんがもう待ち切れないみたいなかんじで、両手を挙げて叫んだ。分かる、分かるよ、その気持ち! ちょっと遠出して綺麗なところに来たからお魚いるかもしれないし、なんかもう、このうかれた雰囲気っていうか、地に足ついてない気分がよりいっそうテンションをハイにするよね。
「ねぇ、なんでこのメンバーなの? 微妙なんだけど」
「えー、どこがだよー?」
那央ちゃんの返事に、東雲くんはビーチパラソルを砂浜に設置する作業を止めた。それで、逆にこっちがえーだよ、みたいな顔をする。どうした、どうした!
「おまえだよ、おまえ。というか、那央と光司だよ。清輝と三井さんは分からなくもないけど」
「あ、それ差別だぞ、渉! 彼女いないと来ちゃいけねぇのかよ? なぁ、光司」
「俺、眠いからいいっつった。お前が無理矢理つれてきたんだろうが」
「いいじゃん、いいじゃん! カップル三組に男一人ってつらいだろ」
「じゃあ、諦めればよかったじゃないか」
仲いいなぁ。東雲くんはちょっと恥ずかしがり屋さんだから、あんまり楽しいとか嬉しいとか言ったりしないけど、本当はこんなやりとりが好きなんだと思う、たぶん。本気で嫌だったりウザかったりしたら、東雲くんは近寄らないし、相手が近づいてきても突き放す。その点、私はすごくラッキーだったなぁ。東雲くん、嫌がらなかったもんな。
「何、ニヤニヤしてんの?」
ちょっと前のことを思い出していたら自然と顔がニヤついていたらしくて、海岡くんに見られてしまった。わー、気持ち悪いとこ見られてしまった! 変な女だと思っただろうなぁ。いや、実際変な女なんだけど。
「えっと、三人とも仲がいいなぁ、と思って」
「マジでそう見えるのか?」
「え、違うの?」
「お前、ほんと変わってんな……」
「光司、小塚さんに絡むな」
「絡んでねぇよ。聞きたいこと聞いただけだろ」
「でも小塚さん困ってるじゃないか」
「どこがだ、ハゲ。つか、コイツが他の男としゃべるのが嫌なだけだろ? そんなんだと嫌われるぞ」
「誰がハゲだって? そんな心配しなくたって、小塚さんは男とちょっと話したくらいですぐに好きになったりしないよ」
そ、それはそうだよ、東雲くん! 当たり前すぎてわざわざ言うことでもないよ。私には全く本当にびっくりするくらい東雲くんしか見えてないっていうか、見てないっていうか。そのことを東雲くんに分かっていてもらえるのは、すごく嬉しい。
というか、東雲くんなんで海岡くん相手に喧嘩腰なの!? だんだん雲行きが怪しく……!
「くーちゃん、そいつらほっといていいから遊びに行こ」
「え、いいの? 大丈夫かな」
「大丈夫、大丈夫。いつものことじゃん。なんだかんだ言って殴り合いになったことねぇし、……たぶん」
「え、たぶん!?」
「嘘、嘘。絶対」
でも、もしものことがあったらよくないし、せっかく遠くまで来たんだから、皆で楽しみたいのに。
「まぁ、くーちゃんが近くにいなかったら、渉はすぐに気づくでしょ」
「そうかな?」
「そうだよ。さ、さ、行こー。はい、くーちゃん、パーカー脱ごうねぇ」
「え、あ、うん。でも、もうちょっと待って。ここ片付けてから行きたいの」
「えー! じゃあ、俺はうきわ膨らましとくね。早くしてね」
「うん」
とかいって、本当はまだ海岡くんと睨み合ってる東雲くんがほっとけないだけなんだよ。ごめんね、那央ちゃん。東雲くんと遠くにお出かけするのドリームランド以来だから、なるべく東雲くんと一緒にいて、東雲くんとたくさん思い出を作りたい。こんなのわがままだって分かってるけど、私はわがままで馬鹿な女なので仕方ないんだよ。頭の中は東雲くんでいっぱいで、それしか考えてないから他の人にまで気が回らない。自己中にもほどがあるよね。
「小塚さん、どうしたの? 遊びに行かないの?」
「あ、うん、行くよ。でも、ここ片付けてから行こうと思って」
「そう、じゃあ俺も手伝う」
東雲くんを待ってただけだから本当はもう遊びに行ってもよかったんだけど、東雲くんが手伝うために隣に座ってくれたので、まぁいっか、ってなってしまった。
東雲くんはテキパキ動いてくれて、そのおかげで片付けはすぐに終わった。本当にやればなんでもできる子だよね、東雲くん。すごく羨ましくて、すごくかっこいいです、東雲くん。素敵。
「くーちゃん、片付け終わった? ……げ、渉、もう喧嘩終わったの?」
「悪い? さぁ、小塚さん、片付け終わったし、うきわも来たし、遊ぼうか」
「あ、おい! それ俺が膨らましたヤツ……!」
「君にはシャチがあるでしょ。そっちで遊んでなよ。小塚さん、い、こ……」
「あ、待ってね。ちゃんとパーカーたたんでかないと」
「君、なんて格好してるの!?」
うっおう!! 東雲くんがあんまり切羽詰った顔で私の肩を掴むので、ビックリしすぎて声も出なかった! あぁ、この反応、やっぱり似合わなかったのかな。楓と理奈ちゃんのばぁか、ばぁか。勝手に買い物カゴの中身変えちゃうなんて、漫画みたいなことするからー!! 本当はワンピースにしようと思ったんだよ。ちょっとフリルがついてて可愛くて、でもぶりぶりじゃなくて丁度いいかんじで、私のスタイルの悪さもしっかりカバーしてくれるようなヤツ。なのに、なのに……!! 家に帰って今日の準備してたら、いつのまにか中身がビキニに。あぁあぁぁ、やっぱりちょっと遅れるって言って違う水着と変えてもらってから来るんだった。
「今すぐ着替えよう、小塚さん。ダメダメ、こんな水着。下着で歩いてるのと一緒だよ!」
そ、そうだよねぇ、東雲くん! 私もそう思います! やっぱり着替えて……。
「何言ってんのよ、東雲。久々美のビキニ姿なんて超レアよ? いいの?」
「そうそう。本当は嬉しいくせにね」
「君たちの方こそ何言ってるの? 他の男にこんなの見せられるか。小塚さん、行こう。どこか近くに水着売ってるとこぐらいあるはずだよ」
「あぁ、あった、あったよ、東雲。ただ、そこスクール水着しかおいてなかったけどな」
「いいじゃないか、スクール水着で!」
………………。東雲くん、東雲くん、それ問題発言! 皆ヒイてる。びっくりするぐらい素晴らしい勢いでヒイてるよ!!
「あー、うん、まあ分かってたけどな、なんとなく」
「くーちゃん連れてきたときに薄々ねー」
「今までの女と違ったからビビッたけどな」
「俺は知り合ったときから知ってるぜ! だって選ぶのがなぁ、タイトルからしてなぁ……」
「なんのタイトルよ、和也。でも知らなかったとはいえ余計なことしたわね、私たち」
「むしろワンピースタイプのがツボだったかもね。ごめん、東雲くん」
「え、待って。君たち、何かえらい勘違いしてない? 俺のことなんだと思って……」
「ロリコン」
「……」
あああ、めずらしく東雲くんが打ちのめされてる! あれ、ちょっと待って? ロリコン? そしたら私、役不足なんじゃ……。ど、どうしよ!! 私、小さくなんかなれないし、ロリロリでもないし、これって大変なことだよね!? 東雲くんはもっと小さくて可愛い女の子が好きってことだから、我慢してるんだね!?
「ごめんね、東雲くん。私、気づかなくて……。大丈夫。私頑張って小さくて可愛らしい女の子連れてくるから!」
「は? ちょっと、小塚さん? 君まで勘違いして……」
「待っててね! 家族連れとか探してちょっとだけお借りしてくるから!」
「待って、小塚さん、それ犯罪!!」
結局私は全速力で追いかけてきた東雲くんに捕獲されて、しばらくの間お説教を受けました。砂浜に正座で。痛いよ、痛いよ、東雲くん!
「小塚さん、俺は本当にロリコンなんかじゃないんだからね。人の言うことを素直に聞くのは君のいいところだけど、悪いところでもあるね。いいかい? もう少し他人を疑ってかかることも必要だよ。特にやつらのような人間の言動には責任ってものがないんだ。それにねぇ、君、あんな格好のまま1人でどっか行こうとするなんて。せめてパーカーくらい羽織りなよ。ばかじゃないの? もう本当に気をつけてよ、小塚さん」
おぉお、東雲くん、東雲くんのおっしゃるとおりなんだけど、これつらいよ。足がものすごくしびれて、もうそれどころじゃないよ! 足がジンジンして力入らないし気持ち悪いし、お話どころじゃない。
東雲くんもそれに気づいてくれたのか、私を支えて立たせてくれた。
「ごめん、小塚さん。少し怒りすぎたかもしれない。足、大丈夫?」
「うん、大丈夫。ごめんね、東雲くん。私ちょっとパニックになっちゃって」
「分かってくれればいいんだ。俺、何か買ってくるけど、小塚さんは欲しいものある?」
「あ、うん、じゃあ……」
「俺、やきそば!」
「俺はポテト!」
「コーラ」
「たこやき」
「かき氷ブルーハワイ」
「私はソフトクリームね」
「君たちには聞いてない」
私が答える前に丁度遊びから戻ってきたみんなが答えたので、東雲くんはナイスな感じでツッコミを入れた。キレがいいね! さすが東雲くん!! というか、いくら東雲くんでも一人でその量は無理だよ、みんな。
「いいじゃない。私らだって久々美と遊びたかったのに、あんたの説教のために遠慮したのよ?」
「そうだよ。私もくーちゃんゃんと遊びたかった」
「…………分かったよ。買ってくる」
東雲くん、優しい! 私は東雲くんを助けるべく挙手して背筋を伸ばした。おぉう、まだ足が……!
「東雲くん、一人じゃ大変だから、私も一緒に行く!」
「ありがとう。でも大丈夫だよ、小塚さん。君は何が欲しいの?」
「あ、えとそれじゃあ、カキ氷のメロン味を・・・」
「分かった」
「東雲くん、本当に大丈夫?」
「うん。俺と小塚さんの以外は全部ミックスしてもらうから」
東雲くんはとっても楽しそうな顔で笑った。それにどきどきしてしまっている私に背を向けて、東雲くんは買出しに行こうと歩き始めてしまう。
「あれ、ちょっと待ちなさい、東雲くん。今、ものすごく俺たちの不安を掻き立てる宣言がされたような……!」
広田くんの叫び声も無視して、東雲くんは行ってしまった。東雲くんの背中が心なしか輝いて見える。すごく楽しそう。来た甲斐があったなぁ。
広田くんはしばらくずっと東雲くんについて鬼とか鬼畜とか叫んでいた。そんなことないのになぁ。東雲くんはすごく素敵ないい人なのに。それにしても遅い。東雲くん、いっつもやること早くてなんでもこなせちゃうのになぁ。お願いしたこととか宿題とか、すぐに終わらせちゃうのに。珍しい。いつもなら、寄り道してるのかな、くらいで特に心配することもないんだけど、ここは地元じゃないし東雲くんを東雲くんと知らない人もいるから、絡まれてるんじゃないかって心配になる。東雲くんは機嫌悪くない限りあんまり自分から喧嘩を売るほうじゃないけど、売られたら売られただけ買ってしまう。東雲くんは喧嘩がすごく上手なので、めったなことがないと負けないし怪我もしないから、私が心配することでもないのかもしれないけど。
「楓……」
「ん、なに?」
「私、東雲くん探してくるね!」
「は? あ、ちょ、待ちなさい!」
今度はちゃんとパーカーを羽織る。楓の声がしばらく聞こえていたけど、自分でもこんなに早く走れたのかって感心するくらいすっごく早く走って、私はようやく東雲くんを見つけた。よく似合う薄手のパーカーを羽織って、カキ氷のメロンと宇治金時を一つの手で持って、もう片方の手には本当に焼きそばとポテトとコーラとたこ焼きとカキ氷のブルーハワイとソフトクリームを混ぜたみたいな、これもう実験の域じゃないの? みたいな怪しい物体を持っている。でも問題なのはそこじゃなくて、東雲くんが本当に怖いお兄さんたちに囲まれていることだ。まさか本当に? 本当に!? あ、東雲くんの顔が徐々に不機嫌に!! 待って、お兄さんたち! 早まるなぁー!
「まったく、この俺に喧嘩売るなんていい度胸してるよ。でも今日は勘弁してあげる」
おぉ!東雲くんがちゃんと喧嘩のお誘いを断っている! この際ちょっと言い方が喧嘩腰なのは問題じゃない。だってもう、断ってることが珍しい。東雲くん、すてき!
「はぁ? なんださっきから偉そうに。舐めてんのか?」
「別にそういうわけじゃないけど。とにかく、今日はせっかく小塚さんと初めて海に来ているのに、君たちのようなやつと遊んで台無しにしたくない。だから俺はもう行くよ。さ、行こうか、小塚さん」
「え、はい! って気づいてた!? 東雲くん、いつから!? すごい、すごい!」
「君が俺を遠くから見つけて、パーカー似合うなぁ、と思ってた辺りから」
東雲くん、さすがだ! エスパー東雲!! あ、なんかちょっと嫌だ、これ。
「おい、こら、待てよ。お前にその気はなくてもこっちはヤル気満々なんだぜ?」
「気持ち悪い。悪いけど俺はそっちの趣味ない。というか、小塚さん以外に興味ない」
「そういう意味じゃねぇよ!」
東雲くんが言ってくれたことにすっごく照れてしまって、わーわー! ってなっていたら、急に腕がひかれた。なんだ、なんだ!?
「へー、コレが小塚さん? 小っせー」
「ガキじゃん」
「俺は嫌いじゃないけどな」
「でたよ。お前きっめぇ」
怖くて体の大きなお兄さんたちが今度は私を囲んで笑いだす。こ、怖! でも、待って。
東雲くんの顔が! 気づけ、気づけー!!
「放せ」
「はぁ?」
「汚い手で俺の小塚さんに触るんじゃない」
「んだ、こいつ? お前よりきめぇこと言ってんぞ」
笑い事じゃないから! 東雲くん、落ち着け!
抑えて抑えて! 私、全然平気だから。
「おい、てめぇマジで舐めた口きいてると……」
私の腕を掴んでるお兄さんが東雲くんにすごもうとしたけど、途中でとまってしまった。お兄さんの顔にはいろんな食べ物がくっついてて、重力に逆らえずにぽたぽた落ちている。し、東雲くん、まさか!!
「うおっ! な、なんだこれ!?」
「焼きそばとポテトとコーラとたこ焼きとカキ氷のブルーハワイとソフトクリームを混ぜた新しい夏の食だよ」
「それもう食い物じゃねぇよ! 実験の域じゃねぇかよ!」
お兄さんたちは悪態をつくと、顔を洗いにどこかへ行ってしまった。ひ、悲惨だ……。
「小塚さん、大丈夫だった?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう、東雲くん」
「そう、よかった。さあ、戻ろうか」
「あ、それ、持つよ」
「いいよ、俺が持つ」
東雲くんが両手に持ち直したカキ氷の一方を持とうとしたけど、また断られてしまった。私、東雲くんの役に立ちたいのになぁ。それでちょっと不満そうな顔をしてみたら、東雲くんは少し慌てたような困ったような、でも笑ってるような顔をした。
「小塚さんの手、冷たくなっちゃうでしょ」
あぁ、東雲くんって本当に素敵。