僕たち男の子―ちょっと下品。でも切実。―
男の俺が言うのもなんだけど、男って本当、なんてバカなんだろう。いや、男だからこそ言うのか。俺自身めちゃくちゃバカだ。なんでこうも欲望に勝てないんだ。寝れないなら寝れないなりに、酒をちょっと飲んでみるとか、本を読むとかして眠くなるのを待つべきだった。いや、でもほら、こんなこと言うのも嫌だけど、やっぱりほどほどにそういうのって発散しなくちゃならないじゃないか。そうだよ、しないと大変なことになってしまうよ。今現在だってだいぶ大変なんだから! ……ともかく、俺も人間だから生理現象には抗えない。いや、抗おうとしたんだけどあえなく失敗して……。お前彼女いるだろ、とかそういう無粋なツッコミはなしだよ。俺は小塚さんがすごく大事でとても愛しているから、そういうことに彼女を使いたくない。おかずとか、嫌だ。分かるかな、この男心!? いや、分からないよね、小塚さんには。というか、こんな話カッコ悪くてできないし。小塚さんにこんなもの借りてるとこ見られたら、それこそ恥ずかしくて死にそうだよ、俺。ひどいことになるよ、俺。そもそも現実でだって手を出していないのに妄想でそういうことするって、ねぇ? そんなのもったいな……じゃなくて、ただの変態じゃないか。そりゃ逆に、現実でも手出すの我慢してるんだから想像の中でくらい好きにさせてくれたっていいだろうという考え方もあるんだろうし、まぁ少しくらいはそう思……いや我慢、うん、がまん、し、してるよ、俺。してるじゃないか。よく頑張ってると思うよ。本当はずいぶん前からキスだけじゃ足りないんだから。というか、キスできたのも最近の話なんだけど。いや、その話はどうだっていいんだ!今その話してるんじゃないだろう!? だ、だからねぇ、俺が言いたいのは、つまり、こういうのを借りるのは小塚さんへの裏切りとかそういうんじゃなくて、むしろ俺はこんなどうでもいいような女の喘いでる姿より、君のアイス食べてる姿とかのがよっぽどか腰にくるっていうか、欲情するっていうか、あー、もうこれなんて言っても下品だよ! しかもなんか例えのチョイスがエロイよ、俺!! そんな目で小塚さんがアイス食べるの見てたのか、俺!? 最低だなっ!! くそっ、じゃあもうどすればいいんだよ。エロビ借りようとすれば後ろめたいし、かといって小塚さんのこと考えてするのももっともっと後ろめたいし、どうすればいいんだ! あー、もー、小塚さん好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだキスしたい。なんだろう、これ、脳みそ働かなくなってきた。このムラムラ? ぞくぞく? なんていうの? これって人間の思考回路をめちゃめちゃにするよね。ほんと、危ないな。
「あれ? 東雲じゃん。何してんのこんなとこで」
見れば分かるだろう、このバカ! あぁ、こんなとこで自分を知ってる人間に会うなんて、さいあくだ。やっぱりさっさと家で寝てしまえばよかったんだ。わざわざこんな夜中に出かける必要なかったし、来るにしたってエロビコーナーじゃなくてもよかっただろうに。洋画とか邦画のコーナーでもよかったし、なんだったらアニメコーナーだってここよりかいくぶんマシ……いや、そうでもないか。まぁ、とにかくなんでこんなとこに来たんだ、俺!
っていうか、誰だこいつ。俺のこと知ってるんだからこの辺りのヤツなんだろうけど、不良っぽくはないから学校のヤツかもしれない。どちらにしても名前も覚えてないんだから、こんなとこで会って普通に話しなんかできる相手じゃないはずだ。まあ、名前覚えてるヤツとだって、こんなところで会って平気なんかじゃないけど。
「まさかこんなとこで東雲に会うなんてなー。驚き。もしかして、お前も寝れねぇの?」
おかまいなしか。こいつ、恥ってものを知らないのか? 神経図太いっていったってほどがあるだろ。よく見れば記憶にある顔だし。いや、絶対、知り合いとかそういうんじゃなくて、見たことがある程度。決してこうして並んでAV選ぶほどの仲じゃない。
「お前、俺がここにいたこと小塚には内緒なー。楓に筒抜けだからさ。俺もお前のこと言わねーようにするし」
あ、思い出した。小塚さんの友達の彼氏だ。確か、ひ、ひ……ダメだ、名前までは思い出せない。
って、そうじゃなくて、言うわけないだろ。誰がこんな話を小塚さんにするんだ。AV選んでる最中に君の友達の彼氏と会ったよ、って? そんな話してみろ。下手したらあの子熱出して倒れるぞ。
「あ、俺、和哉な。広田和哉」
「小塚さんの友達の彼氏でしょ?」
「そ、楓の彼氏の広田くん」
「覚えてるよ(嘘だけど)。小塚さんの話にたまに出てくる」
「え、そうなの!? うわー、お父さん、嬉しい」
ニヘラッと広田が笑う。……なんか嫌だな、彼女持ちの男二人が並んでAV選ぶのって。
「……なー、こういうのって結構迷わねぇ? 彼女と似た女にするか、それとも全然違うタイプにするか」
何言ってんだ、こいつ!?
「迷わない」
「みたいだな。お前さっきから小塚っぽいのばっか手に取ってるし」
「そんなことない」
「いーや、あるね。小塚っぽい髪型とか雰囲気とか、小塚っぽい体のヤツ選んでる」
「なんで君が小塚さんの体知ってるの。殴るよ」
「殴るなよ。でもそんなかんじじゃん。小さくてふわふわしたかんじの」
「……いい加減にしてくれる? 蹴るよ」
「蹴んなって。別に俺、小塚のことそういう目で見たことねぇし、楓にしか興味ねぇし。ほら、巨乳」
そういう目で見たことあってたまるか。当たり前だ。っていうか、
「君、けっこうマニアックだね」
「うるせー。お前だって変わんねぇよ」
ニヤーって広田が笑う。腹立つ……。なんでこんなに腹立つのかって、それはこいつの言ってることが的を得ているからに違いないんだろうけど。
バカだ、俺。罪悪感から少しでも逃れようとしてここにいるのに、けっきょく無意識に小塚さんっぽいやつ探してるなんて。意味ないじゃないか、くそ。
「なぁ、東雲」
「なんだよ、さっきから。君が話しかけるから選ぶのに時間がかかる」
「いや、んー、お前さー、本当に小塚のこと好きなんだなあ」
……ほんと、なんだこいつ。
「それが、何?」
「いや、別にー」
広田は笑って鼻歌まで歌いだした。くそ、なんだこれ? 何か負けてる気がする。いや、付き合った女の数なら俺が勝ってるんだろうけど、本当に好きな子見つけ出せたの、こいつのが先だもんな。しかも、たぶんこいつと小塚さんの友達の関係はかなり進んでいるんだと思う。小塚さんからそういう話を聞くわけじゃないけど、小塚さんの話す二人の会話の内容とか掛け合いだとかが、なんとなく熟年の夫婦みたいだし。お互いのことも呼び捨てしてるみたいだし。いや、これは普通か。俺と小塚さんみたいな方が珍しいな。本当は名前呼びたいんだけど、なんていうか、痒くなっちゃって呼べない。まあ、今はまだこのままでもいい。いつか俺が呼べるようになったら、小塚さんも俺のこと呼んでくれるだろうか。そしたらすごく嬉しいのに。やっぱり今度近いうちに呼んでみようか。あの子のことだから、びっくりして顔を真っ赤にしてしまうかもしれない。あぁ、かわいい。そんなの、すごくかわいいじゃないか。俺、我慢、できないかも……。
隣でしゃべる広田を無視しながら、俺はようやく借りるビデオを選んだ。このシリーズわりとよかったし、いっか。それにしても、思ったより時間かかったな。……こいつのせいか。さっさと出よう、こんなとこ。
「お、もう帰んのか、東雲?」
「……そうだけど」
「じゃ、待て。えっと、確かこのへんに……、あった。これ、やるよ」
そう言って広田が押し付けてきて、俺が思わず受け取ってしまったのは、レンタルの割引券と……。
「なっ!? いらないよ、こんなもの! 君、何考えてるの!? 本気で殴るよ!?」
「いやいやいや、だから殴んなって。いらなくないだろ。必要だろ」
「持ってるよ、俺だって! ていうか、まだ当分使わな……」
「え、お前ら、まだなの?」
「うるさい」
「ん、わりぃ。でもまぁ、持っとけって。使うことにはなるだろ?」
「だから家にあるって」
「こういうのは常備しとけよ。いつチャンスが来るか分かんねぇんだから」
「……」
しののめはひろたからこんどーむをもらった。
れべるが1あがった。
無理矢理渡されたそれを手に持って歩くわけにもいかなくて、財布の中につっこむ。こんなもの持ち歩いてる男なんて嫌だと思うけど……。あー、もう、最低だ。
「よし、これで俺も楓も安心だわ。じゃあな」
何が、よしだ。広田は俺に向かって手を振ると、さっさとビデオ選びに戻った。
ビデオを借りて外に出て家路につく。小塚さん、何してるかな? もう寝たのかな? それとも、テレビ見てる? 会いたい。早く家に帰って、いろいろすませて寝てしまおう。そしたらまた朝が来て、小塚さんにメールか電話して、彼女に会えるんだから。