図書館デート
皆さん、こんにちは! アホの代名詞こと小塚久々美です。なんだかんだでハプニングのあったデートから数日。やっぱ夏休みって過ぎるの早いなぁ。それで、私も一応受験生ということで、頑張って勉強していたのだけれど、なんだか飽きてしまって、あー、あー、あー、ってなったので、楓とカラオケでも行こうかなと思っていたら!! ら!! ら!! なんと東雲くんからメールが! しかも、内容が、今日二人で図書館行かない? みたいなので、これってデートのお誘いだよね! 私はすごく嬉しくて、さっそく保護設定して、いいよってお返事をした。ただ一緒に図書館に行って勉強するだけなのに、妙にお洒落な格好して、お化粧もいつもよりちゃんとしちゃうのはしかたないと思う。
最近、東雲くんは勉強にすごくやる気を出してくれていて、一生懸命やっている。東雲くんは今までやらなかったからできなかっただけで、真剣にやればできちゃう人みたいだから、どんどんいろんなこと覚えていって、教えてる私もなんだか勉強が楽しくなってきてしまった。でも、だからって、一週間も二人で図書館に篭りっきりになることないと思う……。東雲くんと一日中一緒にいられるのはすごく嬉しいんだけど、私はもっと、プールとか海とか、夏祭りとか、そういう所に行きたい。東雲くん、泳ぐの得意そうだな。海とプール、どっちが好きかな? どっちも嫌いなのかな……? 東雲くんって、人の多いところ好きじゃないし、夏祭りとか行かなさそうだなぁ。浴衣とかきっと似合うのに。あ、もしかして、やっぱりこの前つまらなかったのかな……。迷惑かけちゃったもんなぁ。呆れて、もうこんなアンポンタンな女とはどこにも行かない、と思っているのかもしれない。今だって本探しに行ったまま全然帰ってこないし。きっと私といると疲れちゃうんだ。どうしよう、泣きそう。自業自得だけど。ここ図書館だけど。
「小塚さん、寝てるの?」
「わっ!?」
「小塚さん、しー」
「あ、うん、ごめん。ごめんね」
「謝らなくてもいいのに」
東雲くんはクスクス笑って、私の手元を覗き込んだ。東雲くん、今全然気配しなかったよ。足音もしなかったよ。私は本気で驚いてしまって、大きな声が出てしまったので、慌てて口を押さえた。
「宿題、だいぶ終わったね」
「うん。このプリントが終わったら全部だよ。東雲くんは?」
「俺も、もうこれ読んで感想文書くだけ」
東雲くんは私の向かい側の席に横向きに座ると、選んできた本を読み始めた。わ、わ、東雲くん、すごく難しそうなの読んでる。『芥川龍之介全集』だって。なんだか東雲くんによく似合っててステキだ。私なんかちょっと可愛い絵本とかファンタジーとかしか読まないのに。
「小塚さん」
東雲くんは本を見たままで私を呼んだ。少し東雲くんらしくない横顔だった。長い睫毛とか形のいい鼻とか、綺麗なことに変わりはないんだけど、何かじれったいような迷うような顔してる。東雲くんがこんな顔するのは珍しいから、私は思わず不安になって東雲くんの横顔をジッと見つめてしまった。
「小塚さん、俺、図書館はもう飽きたよ」
「うん」
「もう、宿題も終わっただろ? だからさ」
「うん」
「そろそろ別のところに行きたいよ」
東雲くんは本を閉じて、小さな、本当に小さな声で言った。ここが図書館でよかったと思う。東雲くんの声は低くてさっぱりしていて気持ちがいいから、すごく耳に入ってきやすいんだけど、うるさい街の交差点とか電車の中とかだったら、聞こえなかったかもしれない。でも、よかった。本当によかった。東雲くん、デート嫌じゃなかったんだ。
「小塚さん、俺誘ったよ。ちゃんと返事、して」
「う、ん。行きたいよ。東雲くんと、いっぱい、いろ、んなとこ、い、きたい」
「そう、よかった。……泣くことないのに」
「う、うん、ごめんね」
「謝らなくていいよ、別に」
「うん、ありがとう。本当に嬉しくて……」
「そう……」
東雲くんはホッとしたような顔で微笑んで、また本に目をうつした。私はたぶん泣いて赤くなってる鼻をティッシュで隠しながら、涙がボロボロ止まらなかった。どうしよう、本当バカだ。
「本当はずっと言おうと思ってたんだけど、なんて言えばいいか分からなくて。一週間考えてた……」
東雲くんは本を見たまま、ばつの悪そうな恥ずかしそうな顔をして呟いた。頬っぺたが少し赤い。たぶん、私の鼻と同じくらい。ここ、図書館なんだけど、私は東雲くんにちゅーしたいと思った。だって、東雲くん、すごく可愛い。ちゅーしたくなってもしょうがないと思う。なんかもう、ほとんど衝動みたいな。でも私は公共の場で自分から東雲くんにちゅーする度胸はないので、思うだけでしなかった。こういうとき、女の子って不利だと思う。
「……そんなに喜んでくれるなら、もっと早く言えばよかった」
今年の夏は暑くなりそうだなぁ、東雲くんのせいで。地球温暖化だよ。たぶん私の周りだけなんだけど。
(これもうきっと1000℃超してるよ!!)