洗脳者
人は、他の人間の心を簡単には変えられない。
なんだってそうだ。
異性を好きと思っても、その異性が自分に振り向いてくれるとは限らない。
命令をしても、相手が嫌だと思えば拒否されることだってある。
いくら有名になりたくても、それだけの人数を簡単に揃えるのは不可能だ。
そういう才能がない限り。
だけど、そんな世界に道具も何も使わず自分の能力で相手の心を支配出来たらどうだろうか。
異性は簡単に自分を愛してくれる。
命令は拒否されない。
有名になれる。
そういう才能もなくて良い。
今日は、そんな人間の話をしよう。
そんな人間が例えばどんな人物かって?
例えるなら、そうだな。
――上杉読心という人間が、その例だ。そして、この話の主人公。
彼はとある高校に通う二年生で、部活の後輩にもあまり尊敬はされていない。
部活はサッカー部。ポジションはフォワード。
好きな人がいるが、その人は読心の事が嫌いだ。
この時点ではただの人間。
だけどそんな彼に、洗脳能力を付与したらどうなるだろう。
これはその能力を手に入れてからの話。
「上杉先輩! お疲れ様です!」
「あー、お疲れー」
読心の後輩は、読心を尊敬するようになり。
「上杉―!」
――上杉! 上杉! 上杉!
読心は有名人になった。
だがまだ、最後にやるべきことが残っていた。
想い人を、振り向かせなくては。
「彩月さん!」
「何? 上杉君?」
嫌そうな顔を向けて、上杉に返事する。
上杉はそんな彩月を、セクハラするように強く抱きしめ、彼女の瞳を強く見つめた。
洗脳能力を使う為の準備だ。
「離してよ!! 嫌だって言ってるでしょ!?」
彩月は抵抗する。
上杉は目を細め、念じた。
――彩月、お前は俺に惚れろ!!
洗脳が完了すると、先程まであれほど抵抗していた彩月が脱力した。
「はい、上杉君。
私の身も心も、全て私のものです」
上杉は欲しいものを全て手に入れた。
やがてサッカーの観客や敵すらも洗脳下に置き、ほぼ全ての人間を洗脳し尽くした後の上杉のことも書こう。
これがその時の上杉だ。
「――名声も、力も、何もかもがある。
幸せだなあ・・・・・・」
彼は幸せを感じていた。それはまやかしなのに。
やがてそんな彼も、大人になった。
彩月と結婚し、子供が生まれ、二十五の若さで洗脳によって社長になり、やがて洗脳の力で総理大臣にまで上り詰め、最後は会談の場で全ての国を洗脳するに至った。
だが、問題があった。
彼の思い通りに人は動くが、神の決めたことには逆らえない。
政治をする力など無い上杉に多量の国を治めることなど出来ず、食料不足や色々な問題が立て続けに起こり、それでも上杉は好きなように生きていたが、やがてツケが回ってきた。
上杉読心、五十歳。
地球にはもう彼以外の人間は存在せず、もう食料すら無い為、もう死以外の道は存在しなかった。
――なんで、あの時洗脳なんかに手を出したのだろう、と上杉は反省していた。
だがそう思った所でもう遅い。
過去を変えることは、洗脳者であっても無理なのだ。
やがて彼は、自らの手で命を絶った。
これが、洗脳者になった者の末路。
洗脳者は、人の心を思い通りに出来るが、世界そのものまで思い通りには出来ない。
もし、貴方が洗脳者になったとしたら、その能力、使いますか?
松野心夜です。今回は、初めて原作無しの短編を書きました。
洗脳能力ですか、あったら使いたいものですが、程々にしたいですね。
それでは、皆さん。またね!