06
室内に戻ると、ニックは中央のテーブルに荷物を広げ始める。その様子をベルはお茶を入れながら、ティナは遠巻きを飛びながらその様子をうかがう。
「昨日も話したけど、今回ここに来たのが大学の調査なんだけど…。ベルにはシエルフィードが妖精の国との玄関口だって話は前にしたよね?」
何枚かの書類を見ながら、視線を送らずにベルに問う。ベルはカップにお茶を注ぎながら、うなずくだろう。
「あなたのお父様がその研究をしてるって言ってたわね」
「あぁ。その研究が最終段階まできてて、ほぼ間違いないと言えるくらいまで来たんだ。その研究が進むに連れて妖精の協力者も増えてね、向こうさんとの情報交換はフェニリアにいる時より頻繁にできるようになったんだ。ただ、それによってちょっと気になる噂話が聞こえてきてね」
「噂話?」
カップを二つ持ちながらやってきたベルは、小首をかしげながら席に着く。ティナも彼女が席に着くのに合わせてテーブルの上に降り立つ。
「そう、まだ不確かな情報ばかりで何とも言えないんだけど…。どうやら、妖精の国の王が一人いなくなったらしい」
「…妖精の王様?」
それが、どのくらい大変な事態なのか全く想像ができないベルは眉をひそめる。その反応は予想できたのか、ニックは手に持っていた書類をベルのほうに向かって差し出す。そこには妖精国の関係図が書かれている。一部は共通語で書かれているが、ほとんどが読めない文字が列をなしている。そこに指をさしながら、ニックは妖精王の関係を説明し始める。
「妖精の国には、それぞれ管轄別で納める王がいて、その王を統べるのが上王と呼ばれる存在なんだ。今回はその中で大地をつかさどる王が姿をくらましたようでね」
「その王様がいないと何か困ったことがあるの?」
「いや、そこはまだよくわからないんだ。800年前に別の王が失踪したときは、妖精界の守りが薄くなって、悪魔が人間界への侵略を企てたっていう文献が少し残ってる。正直記述が少ないから詳しくはわからないけど、こういう内容は妖精がうまいこと隠すから、人間の情報はうやむやにされちゃうみたいだね」
「それって相当な大事件だと思うのだけど・・・やっぱり妖精は信用ならないわ」
「まぁ、そういわれても仕方ないね。彼らはつかみどころがなくて、なかなか本性や本音にたどり着けないし」
「それで?また悪魔がくるっていうの?」
「いや、まだそのあたりははっきりしないんだ。正直いなくなったのも、失踪なのか迷子なのか、居留守使って隠れてるのか、はたまた亡くなってしまったのか定かじゃないんだ」
そこまで来て、あまりにもはっきりしないのでベルは不満そうな表情を見せる。
「じゃぁ、つまりどういうことなの?」
「実は今回はその情報の裏付けをしに各地を回ってるんだよ。本当に王がいなくなったのか、それが本当なら人間界にどんな影響が起きるのかとか、そういう調査だよ」
そこまで言って、ニックは別の資料を並べる。
それはシエルフィードの国内の情報のようで、すべて見覚えのある柔らかい字が並んでいる。どうやらニックが書いたものらしい。
「この一か月で妖精国の入り口に近い場所をいくつか回ったんだ。入り口のそばは影響が出やすいから、まず人間界に何かあるとすればそこからだから。実際小さなことだけど不穏な空気が流れてることは確かだよ。ちょっとした季節のずれや長雨とか、普段は生えるずの草が生えなくなったりとか。一個一個は取るに足らない内容なんだけど、妖精の事情を踏まえると気になる部分が見つかったんだ。実際現地の妖精とも話をしてみたけど、妖精国で何か起こっているのは間違いないみたい」
そこまで話すとニックは書類の中からいくつか印のついた地図を引っ張り出す。
「今回の調査ではここ、グラスターの北側、ティナを見つけたっていう渓谷が最後の場所なんだ」
「え?あんなところに入り口があるの?」
「あぁ、古くからの通り道があるんだよ」
「よく行くところなのに、全然気づかなかったわ」
妖精は隠すのが得意だ。妖精の通路や砦を見つけるにはそれなりの手順、またはそれなりの目がいるのだ。見つけられないのは、至極当然のことだ。とはいえ、自分の知らないところで妖精の存在が色濃い場所にかかわっていたことが不満なようにベルはため息をつく。自分の名前が出てきたことに興味を示して、ティナは前のめりで書類を眺めている。が、たぶん内容はわかっていない。
「ティナに関しては妖精の入り口の近いところだから、生まれたての妖精がいてもそれほどおかしくはないと思う。まぁ、あまりないことだとは思うけど。それよりも生まれる季節がおかしいことや、記憶があいまいなほうが気になるところだね」
「それはその妖精の国の異変に関係があるっていうの?」
「そうとは言い切れないけど、そうじゃないとも断言はできないってところかな。まずは調査して原因を突き止めるべきかと思うよ。どうして生まれる季節がずれてしまったのか、なぜ花じゃなくリボンを選んでしまったのか。それらがはっきりしないと、大人になるための方法は見つからないと思うんだ」
「なるほどね」
「それに、この現象はティナだけに起きたのか。それともほかにも同じように早く生まれすぎた花の妖精がいたのかも調べるべきかな」
そこまで聞いてベルはぎょっと目を丸くする。こんな間抜けな目にあっている妖精がほかにもいるなんて可能性は考えもしなかったのだ。とはいえ、これはティナ自身の中身の問題ではなく、どうやら外的要因の可能性が高いと分かれば、彼女に対する見方を少し変えるべきかもしれない。
そこからはニックがこれまで調べた調査の内容をかいつまんで説明をした。そして同じように、グラスターでも何かしらの異変がないかと聞く。もちろんティナのこともだが、それ以外にも季節のずれや長雨はほかの村と同じよう感じられている。植物や作物に関しては天気の影響で育ちが悪いものの、ベルのまじないでフォローしているせいか深刻な問題にはなっていない。
「なるほどね。聞く限りはここも同じような状況か…目新しい情報はティナのことかな…」
「ほかの土地では、こういう変な妖精はいなかったの?」
「ヘンとは失礼なの!」
ちらりと視線だけティナに送るベルは、彼女の言葉に小さく鼻で笑う。
「変っていうよりは変わってるって感じかな。そんなに悪い意味じゃないよ」
「ニック、それはフォローになってないわ」
「え?」
二人の言葉に落ち込んだ様子で、二人に背を向けて体育座りでいじける妖精。ニックは苦笑し、ベルは意にも介さない。
「えっと…妖精の行動でも多少気になることはあったんだけど、それら事態は自然現象に付随するものが多くてね。長雨だから、とかそういう理由でいつもと違う行動してるって場合がほとんどかな」
「そう…」
「だからこそ、ティナのことには興味があるよ。ぜひ、ティナを見つけたところに行きたいんだけど…。ベル…、君の迷惑になるとは思うんだけど、そこまで案内してもらえないかな?もちろんお礼はさせてもらうからさ。ダメかな?」
真剣な眼差しで見つめてくるニック。その目なら、ベルが見えなかった何かが見るのかもしれない。ベルの感じていた不安も、妖精国の異変で起きているのかもと考えれば、彼をあの場に連れていく事でティナの件は解決に近づくかもしれない。そうであれば協力しないわけにはいかないと、ベルはゆっくりうなずいて返事をする。
「そこまで案内するだけならお安い御用よ。半日はかかるところだから、明日以降で行きましょう」
「ありがとう!ベルベット。感謝するよ。それじゃぁ…そろえたいものもあるから…。そうだな。明後日の早朝に出発でどうかな?」
「ええ。それでいいわ」
「本当、協力を感謝するよ」
そういってニックは右手を差し出すと、ベルも自分の右手を差し出し握手を交わす。やっと、何かが動き出すように感じたベル。明後日は天気が回復するよう願って。まじないをかけたテルテル坊主でもつるそうと考えながら、その後ニックと打ち合わせを続けたのだった。
読んで下さりありがとうございます。前回より少し間があきすみませんでした。
また続きを近々アップしたいと思いますので、よろしくお願いします。
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