(06)殿下、驚く
それから数日は穏やかに過ぎた。
殿下もクラウデットさんも細かに気を配ってくれるので、特に不便に感じることもない。
私は助手兼絵師兼従者でお茶請け担当という、なんだかよくわからない殿下付き魔術師見習いになった。
殿下の職業が『王宮魔術師』なのだそうで、名目上その見習いとして傍に置いてもらっているわけだ。
私は魔術とやらはまったく使えないのだけども。そもそも魔力を感知できないし。
翻訳や挿絵仕事のあいまに厨房でお菓子作りに取り組んだ。
予想はしていたけど、やはり調理設備は前時代的なものだった。
お菓子やパンを焼くのは薪火の石窯を使う。薪オーブンというやつだ。使い方は厨房の料理長さんに教えてもらった。
食材も色々と融通してくれた。本当に感謝です。いい人だ。
お礼のかわりにと、お菓子のレシピを教えたら喜んでくれた。
厨房に出入りする際、「御守りみたいなものかな。普段もできるだけ身に着けていて」とペンダントをひとつ渡された。皮ひもにターコイズに似た涙型の石が付いたものだ。
見ると料理長さんも同じペンダントをしていた。
「意味知らんのかい? こりゃ結界の術方陣を施した石だ。殿下の波紋は怖いからなあ。魔力のほとんどない俺でもくらっときちまう。まあその影響を抑えるためだな。塔にいる連中は皆持ってるよ」
なるほど、つまり殿下のお世話をする人たちはこれが必要と。
私も殿下付きだから変に疑われないよう付けておけということだろうか。
異質だという私の波長も気づかれていないようだし、深く考えなくても大丈夫かな。
さて本日のお茶請けはスイートポテト(ただしサツマイモではない)とラングドシャ。
甘いお芋が入荷したというのでスイートポテトにしてみた。で卵白が残ったのでついでにラングドシャも作った。
「はあ、タカイモがこんなお菓子になるなんて。蜂蜜とバターを使ってるのかな。んんー、この優しい甘味がたまらない。柑橘系のお茶にぴったり」
感嘆の溜息をこぼして幸せそうにポテトを頬張る殿下。
「この焼き菓子は軽くて食べやすいな。俺はこっちが好きだな」
クラウデットさんはラングドシャが気に入ったようだ。
毎日のお茶の時間に手作りお菓子を出しているが概ね好評で嬉しいかぎり。おやつは心の栄養だと思う。持論だけど。
画材もあれこれ試させてもらった。花庭を散歩がてら殿下の好きな花々をスケッチし部屋に戻ってこれに彩色する。
殿下が珍しい画材を取り寄せては私に使ってみてと渡してくる。これがまた楽しい。
その中で私が特に気に入ったのは、月光を浴びるとオパールのような魔法の光をゆらゆら浮かべる絵具と、描いた絵をホログラムのように映し出す術方陣が組まれた紙とペン。
魔法がある世界ならではの画材はどれも不思議で面白い。
「モモの絵はふんわり温かくて好き。モモと同じ波長を感じる」
目を細めてうっとり眺めては絵をそっと抱きしめる。殿下に喜んでもらいたくて描いたものではあるけど、さすがにこれは気恥ずかしいというか。
こちらも思わず顔が赤くなる。
「ほお、これは売れるんじゃないか。街の画廊に卸してみるか?」
「いやっ売らない! 絶対売らない! これは私の!」
絵を抱えて必死にぶんぶん首を振る美人さん。
クラウデットさんも呆れ顔だ。
「よければクラウデットさんにも何か描きましょうか」
「ダメ! モモは私のぶんだけ描けばいいの」
たしかに画材は殿下の所有物だし勝手はできない。素直に頷いておこう。
ふふふ、と満足そうに微笑まれた。
前々から感じてはいたのだけど、この人なんというか見た目より子供っぽいな。二十代前半くらいに見えるけど実際はいくつなんだろう?
「私の年齢? 先月19になったところ」
――年下だった。マジかい。
「クラウデットさんは?」
「俺は22だな」
「あれ、それじゃ私と同じ年ですね」
「「はあ!?」」
同時に声が上がる。目を見開いて凝視してくる。
……なんでそんなに驚くんですかお二人さん?
「すまん、いや、てっきり12歳くらいかと……」
12っておい。小学生じゃないか。そんな子供だと思われていたのか。ちょっとショックだ。
「見えない……嘘、私より年上なの?」
「まあ童顔ですけど……」
「しかし小柄すぎないか? お前の世界は皆そんな大きさなのか」
「うーん、私は低めですけどまあ女ですし、同じくらいの人も普通にいますよ」
「「へ?」」
二人が固まった。今度はなんだ。
殿下はぎぎぎと首を動かしクラウデットさんに顔を向ける。
「クラウ……」
「そう言われればまあ見えなくもない。体つきも女っぽい気はする」
そりゃ骨格も華奢で細めですが。ローブに隠れているけど普通に胸もあるよ!
しばらくの沈黙のあと。震える小声で殿下が呟く。
「……モモ、は、女性……で、22?」
「はい」
殿下の顔がみるみる赤く染まっていく。
「え、え、えええええー!?」




