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(04)離れの塔の意味

 私に用意された部屋は似たような質素な内装だった。

 入ってまず応接室があり扉を開けると寝室。その奥に衣裳部屋、そして風呂とトイレがある。埃っぽさもなく、清潔に保たれている。

 整えられた寝床にはさらりと肌触りの良いシーツ。素材はリネンのようだ。


 外はまだ夜の闇に包まれている。もぞもぞとベッドに潜り込んで目を閉じた。



『私も異質な存在だから』


 感情の読めない笑みを浮かべて彼は淡々と語った。


 共にいることで彼の尋常ならざる魔力が私の特異な波長を覆い隠すということ。


 王族は強い魔力を持つ。その中でも彼は稀有ともいえる膨大な魔力を内包して生まれた。

 過ぎる魔力は身体に大きな負荷をかける。また、溢れ出る波紋は複雑な模様を描き、接する者に恐怖と憎悪を与え、時に人心をも狂わせた。――私はその恐怖とやらをまったく感じないのだが――。

 成長するとともにある程度の魔力制御を身に着けはしたが、感情の起伏により容易にその制御は外れる。むやみに人を近づけることを恐れた。


 ごくわずかだが影響を受けにくい人たちも存在する。彼と波長の近い王族、幼いころから共に過ごした友、結界を得意とする少数の高位魔術師。


 しかし王族として普通に暮らすことは叶わない。王位継承権は放棄したものの、すぐ下の弟で第二王子・レンフィートが成人し公式に立太子するまで、王籍離脱も臣籍降下も認められない。

 王宮のはずれに用意された『離れの塔』は彼を隔離幽閉するための物だった。


 わずかな世話係たちと塔で静かに過ごす。それが彼に与えられた権利。



『ねえ、貴方は私を迎えにきてくれたんだよね?』


 会った時、彼は自分の死を喜んでいた。嬉しいと泣きそうになりながら。



 彼は私を元の世界に帰そうとしている。そう、私もまた一人に帰る。

 誰もいないただ広いだけの真新しい家。家族との生活の痕跡も何もない空間。


 建て替えたばかりの住居。さあこれからまた家族で新しい思い出を作ろう。

 仮住まいから引っ越す直前、家族は事故でこの世を去った。


 それももう四年前の話。一人での生活にも慣れてきた。支えてくれる人も友もいる。

 祖父母と両親が残してくれた不動産の家賃収入のおかげで生活には困らない。


 帰りたくないとは思わない。帰りたい。私を育んだ故郷だ。それでも――。




◆◆◆


 翌朝、殿下の部屋で朝食をとる。彼は終始穏やかな笑みを浮かべていた。


「これから私は仕事にとりかかるのだけど、その前にちょっといいかな」


 そう言って彼の私室に隣接する部屋に招き入れられた。


 あまり広くないこじんまりとした部屋。書斎だろうか。

 机には書類や本が山と積まれ、壁を埋める棚には古めかしい本や乾燥した植物、謎のガラス瓶などが収められている。

 棚に入りきらなかったのだろうか、床には巻物と本が所狭しと積まれている。


 うへぇ……足の踏み場もない。え、見た目に反してけっこうずぼら?


「整頓できてなくて恥ずかしいのだけど……日中のほとんどはここに居るから用があれば声かけて。やってることはまあ主に古代魔術や魔草の研究とあとは古語の翻訳を少々?」


 がたがたと奥から椅子を引っ張り出して私を座らせると、本棚から本を一冊抜き出して私に手渡してきた。


「この国の有名な物語。子供でも読める簡易な文章なのだけど」


 受け取った本の表紙を見る。見たこともない文字だったけど何故か読めた。

 自動で翻訳されるのか、脳内に音読でよどみなく文章が流れていく。


「どう? 読める? 会話は問題ないから言語は理解できていそうだけど」

「読めます。建国物語ですね。英雄ルクスというのはご先祖様ですか?」

「そう国祖ね。ルクスベルン王家の始まりの人物といわれているね」


 静かに微笑みゆっくり頷くと私が手にしていた本を棚に戻し、「これはどうかな」と机の上の一冊をまたこちらに渡してくる。


「ええと、読めますね。誰かの手記でしょうか、植物の観察記録?」

「……読めるの? それ最も古い時代の文字なのだけど……本当に?」


 信じられないという表情で問われるもので、ちょっと朗読してみた。

 自分の耳に聴こえるのはやっぱり日本語なんだけど……。


「驚いた……ちょっとどうしよう? 嘘。ここまで読める人がいるなんて。ではこれは?」


 次々と渡される本を促されるままに読み上げていく。

 殿下は表情を驚愕から歓喜へと変える。頬も少し上気している。


「……わああ、何この子天才なの? ああそうだ。ねえねえモモ、私の助手してみない? 古語の翻訳、手伝って欲しい!」

「え? 翻訳? 私がですか?」

「今みたいに読み上げてくれればいいから。報酬もちゃんと渡す。ね? ね? お願い」


 彼はうんうんと頷き興奮しながら私の手を両手でぎゅっと握りしめてくる。

 有無を言わせない勢いに若干ひきつつも承諾した。


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