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(03)エリスフィール殿下

 彼はエリスフィール・ルクスベルンと名乗った。


 中世ヨーロッパに近い世界。ファスタニアという大陸にあるルクスベルン王国の第一王子。

 なんと王子様だったのかこの人! 殿下! 王子殿下というやつですね。

 第一ということは王太子なのかな? にしてはずいぶんおっとりした雰囲気というか王族らしさとか威圧感とか、そういうものを感じない人だ。


 私も名前を尋ねられ『モモ・タチバナ』と伝えた。

 殿下は私を異世界からの迷い人だと言った。異世界から召喚せずに人が来たという話は聞いたことがないそうだが、世界をつなぐ術が存在するということで可能性は十分あるらしい。


「モモ、この部屋は自由に使ってもらって良いからね。ひと通り揃えさせたけど他に必要な物があれば私かそこの彼、クラウデットに言って」


 このまま外にいては風邪を引くからと、離れの塔という殿下の住まいに案内され、とりあえずの宿代わりにと、彼の部屋の二つ隣にある部屋を私に用意してくれた。

 クラウデット、と呼ばれた無表情の青年が軽く会釈する。黒髪に灰色の瞳。ツリ目で少し冷たい印象を受ける。年の頃は二十代なかばといったところか。身長は殿下より少し高い。鍛えているのか体格もしっかりしている。


「クラウは私の乳兄弟でね、子供のころから身の回りの世話をしてもらってるの。気心も知れているし信頼の置ける人物だよ。モモの事情も話しておいたから安心して」

「はい、色々と良くして頂いてありがとうございます殿下。ええと、クラウデットさん、お世話になりますね。よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げる。行くあてもなかったから助かった。本当にありがたいというか申し訳ないというか。


「モモはお腹は空いてる? 食べれそうなら何か食べる?」


 ひょいと顔を覗き込まれた。白金の髪がさらさらと肩から流れ落ちる。

 ちょ、いや、顔が近いです殿下。少し後退りしつつ頷く。

 私の様子にふふっと笑って離れると手招きして彼の部屋へと歩き出した。




 殿下の部屋は一言でいえば『質素』だった。


 石造りなのは塔全体がそうなのでまあ良いとして。

 装飾は一切ない。調度品も古びていて高級感はない。テーブルや椅子は無垢の木製だし。床に敷かれた絨毯は質は良さげだけどもシンプルだ。

 部屋には入り口の他に木製の扉が三つ。別の部屋に続いているのだろう。


 ここ、本当に王族の部屋? そこそこ広いけどもなんというか庶民的。


 部屋に入りしばらくして中央のテーブルに食事が用意された。

 野菜のスープと腸詰に黒いパン。あと私には甘いミルク、殿下には果実酒のグラス。


 どうぞと勧められお礼を言い食べ始める。


 味付けは塩コショウと何かの香草。薄味だけど素材の旨味が活きていてなかなか美味しい。黒いパンは固くてちょっと困っていたら、殿下がちぎってスープに浸す食べ方を教えてくれた。腸詰はスパイス強めだが、パンとの相性がバツグンだった。

 甘いミルクもまた、料理の香草やスパイスと調和し舌を優しく包み込む。


「どう? 口に合ったかな?」

「はい、すごく美味しいです!」


 私の正面に座りクスクスと笑いながらグラスを傾ける殿下。

 自分でもいい食べっぷりだったと思う。いや、お腹すいてたんだよ。朝ごはんまだだったし。


 普通は突然知らない世界に飛ばされたら、ショックで食事なんてのどを通らないのかもしれない。

 でもなぜかこの人には警戒心を感じないというか。傍にいて落ち着いていられる、穏やかな気持ちになれるのだ。ホント不思議なんだけど。


「で、モモ。これからのことなのだけどね」


 ことんとグラスと置き、両肘をつき組んだ手の上に顎を乗せ空色の瞳が私を見つめる。


「できれば早く元いた世界に帰してあげたいのだけど、今すぐは無理かもしれない」

「えと……では帰れるんですか? 方法はあるということですか」

「うん。詳しい方法は調べてからになるけど、おそらくモモと同質の波長を辿れば転移の道を作れると思う。ただ」


 視線を落としその表情が曇る。


「私は少し事情があってね、表だって動くことができない。だから転移術を扱える誰かに協力を仰ぎたいのだけども。クラウ、サフィールは捉まりそう?」

「すぐには無理かもしれんな。今は特に国境付近で不穏な動きがある。あちこち飛び回って忙しそうだ」

「まあそうでしょうね。結界と術方陣の強化は彼の専門分野だしね。とするとあと信頼できそうなのはレンフィート……ああでも私と接触するのは時期的に良くないか」

「レンは外した方がいいだろう。エリスとレンが近づくのは立場的にまずい」


 うーんと唸り組んだ両拳を額に当て俯いてしまった。

 傍に立っているクラウデットさんも手を顎に当て険しい表情だ。


「ごめんねモモ、すぐにはちょっと難しいかも。しばらく待ってもらえるかな? その間ここでの生活は私が責任もつから」


 すまなそうに首を垂れる殿下に慌てて首を横に振る。


「いえ! こうして相談に乗って頂くだけでも嬉しいです。助かります。あの、帰るまでの間こちらでお世話になっちゃって本当に良いのでしょうか?」


「うん。出来る限りモモはこの塔から出ないで。少し不便な思いさせるかもしれないけど。外に出すのは危険すぎるから」

「危険?」

「モモの波長はとても異質なの。まあ魔力を持つ人ならまず気づくでしょう。でも私の近くにいれば誤魔化せると思う」

「それはどういう?」


 彼は少し目を細めてから感情のみえない魔女の微笑みで静かに答えた。


「私も異質な存在だから」



食事の描写を足し、名前の修正をしました。

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