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(23)弟君との邂逅

「やほー。兄さんの波長が近かったから飛んできた! なんだコブ付きデート?」

「おいレン。コブとは俺のことか」

「睨むなってクラウ、怖いから。だって手つないでるじゃん? デートでしょ」


 制服の少年は悪びれる様子もなく、片手をズボンのポケットに突っ込んで、もう一方の手をひらひらと振る。


 柔らかそうなショートウルフの淡い金髪に蒼い瞳。背はエリスより少し低い。18歳くらいに見えるけど、幼さの残る面立ちはどことなくエリスに似ている。

 私に軽く会釈すると、屈託のない爽やかな笑顔を見せた。


「初めまして、モモさんだよね。兄さんがお世話になってます。俺、弟のレンフィート。よろしくね」


 エリスの弟さん。――ということはルクスベルン王国の第二王子殿下、次期国王様!

 慌てて私も会釈する。


「は、初めましてっ、立花桃です。レンフィート殿下」

「俺、堅苦しいの好きじゃないんだ。気軽にレンって呼んで? 未来のお義姉さん」

「もうっ、レンフィート! からかわないで」


 み、未来のお義姉さん……。

 エリスが顔を赤くして膨れる。チラリと私を見やると握る手にぎゅっと力がこもった。


「なあに、わざわざ挨拶に来てくれたの? たしかに近くにはいたようだけど」

「ちょっと話がしたいなーと。今日はたまたまそこのテーマパーク来てたんだよね、遠足で。こっからも見えるでしょあれ。アトラクション」


 くいっと親指で後方を指しつつ、ポケットからテーマパークのパスポートを出した。


「遠足ですか。レン、さん、制服着てますけど日本の学生さん?」

「うん、いま高校いちねーん。やっぱこういう行事は参加しておきたいっていうか。そうそう冬に宿泊学習があるんだよね。北海道でスキー」

「……北海道?」


 エリスが北海道という単語に食いついてきた。


「蟹すき……焼き蟹……かにカニ。ねえレンフィート、北海道行ったら転移陣敷いてきてくれない?」

「はあ? そんなに蟹食べたいの? いいけどさ……兄さん、スキー場って海沿いじゃないかんな? そっから自力で行ってよ?」


 こくこくと勢いよく頷くエリス。クラウデットさんは呆れた様子で溜息をついている。


「あの……」


 ちょっと気になったことを聞いてみる。


「日本の高校に通ってるということは、レンさん戸籍あるんですか?」

「うん、もちろんあるよ、ちょっと裏ワザ使ってね。日本国籍も取った!」


 人懐こい笑顔でVサイン。どこかのアイドルみたいだ。

 たしかレンさん、襲撃事件の時に日本に飛ばされたんだよね。ずいぶん馴染んでるなと思ったけど戸籍まで持ってるとは。でもどうやって?


「貴方ね……幻術を使っただけでしょうに」

「そうだけどさ、日本で生活しようと思ったら必須じゃん。兄さんもやればいいのに」

「幻術は得意じゃない……」

「あー、兄さんの場合、精神系の術は効果が強すぎるんだっけ」


 形の良いエリスの柳眉がハの字になる。レンさんは頬をぽりぽりと掻きながらしばらく考え「よし」と呟いた。


「んじゃさ兄さん、俺がやるよ。国籍と戸籍の取得、サービスで経歴もつけちゃおう。そうだなー、海外で飛び級ってことにしよっか。専攻はどの分野にする?」

「……コンピュータサイエンス、メカトロニクス、システム生物学、進化生物学、地球物理学、金融経済学……」

「なにそのカオス。まあいいやそのへんはあとで詰めるとして。で、そのかわりと言っちゃなんなんだけど――」


 コホンとひとつ咳払いをしてエリスに近づくと、神妙な面持ちで続けた。


「兄さんも手伝ってくんない? 口説き落とすの」

「……レンフィート、話があるってもしかしてそれ?」

「いやまあ、うん。なんつーか初手で失敗したと言うか、挽回が難しくて」

「博士号、MBA、資格各種」

「わかった」


 兄弟はどうやら交渉成立したようで、お互い頷いて怪しい笑みを浮かべている。

 これ、詐称だよね……うん、聞かなかったことにしよう。


「じゃあ、そういうことでよろしく! あ、あとブラニのあれ」

「……私が出ないとダメ?」

「残念ながら打つ手なし。んーと、あと国境のほうも近々動きあるみたい」

「はあ、面倒」


 エリスが溜息をつく。ブラニ? 国境?


 話が終わりレンさんは「またね」と手を振って姿を消した。



 そのあと、お台場に移動してエリスが行きたいと言った科学館へ。

 近代的な建築デザインが美しい。見るところも多くて、子供向けの体験型から専門的な内容と展示の幅が広い。

 プラネタリウム、球体ディスプレイ、アンドロイド、ロボット――。


 エリスはスタッフさんを捕まえては質問したり研究の話を訊いたりと楽しんでいた。私とクラウデットさんはというと、難しすぎて会話についていけないので、まったり展示を眺めたりカフェでお茶したり。


 ショップは科学グッズがいっぱい。カラフルな骨格標本を手に取ろうとしたのを止めて、共同開発クッキーとクマムシのぬいぐるみを購入。



 科学館を出ると日が傾いてきていた。軽食のち帰路に就く。

 首都高に乗りレインボーブリッジを渡る。辺りはすっかり暗くなっていて、東京の夜景が車窓を彩る


「すごいね……地上に星空が落ちたみたいで綺麗」


 エリスが外を眺めながら呟いた。私はちらと夜景を見て前方に視線を戻す。

 テールランプは途切れずはるか先まで続いている。


「……でも、それだけエネルギーを使っているということなんですよね。現在主要としているエネルギー源は枯渇が心配される有限のものばかりです」


 私たちが今の生活を維持しようとする限りエネルギーは消費し続ける。

 この世界の人間社会は『消費』によって成り立っている。『循環』はごく僅か。


「どの世界でもなにかしら問題を抱えているということだね」

「エリスの世界もですか?」

「ファスタニアはね、もう末期なんだよ」


 思わず助手席を見る。彼はサイドガラスに顔を向け表情を窺い知ることはできない。


「私たちは魔力を使いすぎた。もう永い間、有史以前からずっとね。自然が潜在的に持っていた魔力を汲み上げて、人間の好き勝手に使ってきた。一度汲み上げられた魔力は自然に還ることもなく放出され沈滞し澱んでいく」


 世界の魔力は飽和し限界なのだと。


 充満する魔力はエリスが持つ著大な魔力の器へと流れ込もうとする。

 エリスが感じる重さ息苦しさは、世界があげている悲鳴そのもの。

 魔術は文明を停滞させた。人々は変わろうとせず抗おうともしない。


 そう遠くない未来に終焉が訪れるだろうと。


 いつか見た夢。『限界』『崩壊』そんな単語を聞いた気がする。


「ねえモモ。たしかに地球の人々はたくさんの過ちを犯してきたし多くの問題を抱えている。でもそれだけではないよね。彼らはきちんと問題を見据えて取り組もうとしている。前を見ている。様々な科学技術の発達はその表れだと思うよ」


 ――未来を諦めない。

 エリスは言う。だからこの世界の人々が持つひたむきな向上心がひどく眩しいと。




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