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(18)弟君の花嫁候補?

「――ふむ、確かに波長がまるで違うな。しばらくは結界を張ったままのほうが良いか?」


 顎に手を当てなにやら呟いているクラウデットさん。その姿も様になる。スーツ萌えという言葉を聞いたことがあるけども、なるほど格好よさ三割増しだ。


「話ならいつも通りで良いはずだよね? どういうことなのか説明して。貴方をこちらによこしたのは誰? レンフィート? サフィール? それと、その格好はなんなの」


 額を押さえながら不機嫌さを隠さないエリス。


「はあ、せっかくモモを食べてたところなのに」


 待って! それは何か誤解を招くような!


「しょ、食後のデザートです!」

「……ほう?」


 慌てて付け加えるも、あれ、この表現も別の意味に取れそう? いやいやこっち見ないで、クラウデットさん! 誤解ですから!

 エリスはなにやら昏い笑みを浮かべているし。


「この格好を薦めてきたのはレンだな。こちらの世界の服装と聞いたが。俺を送り出したのはサフィールだ。あいつはしばらく王宮魔術院で待機することになっている。詳しい話はこれからする。向こうでは話しにくい内容なもんでな。俺がこちらに赴いた次第だ」

「ふうん? それほどの機密事項なの? まあいいでしょう、話して」

「長くなるが?」

「いいから。早く終わらせてさっさと帰って頂戴」


 エリスはここで話を終わらせたいようだけど、さすがに秋の夜風に長くあたっていたら風邪ひきそう。というか寒い。中に入りたい。

 それに――。


「あの……、クラウデットさん、その鞄は」


 彼の足元には大きめなソフトキャリータイプのスーツケース。

 どう見てもこの世界の物ですよね。


「ん? これか。当面の生活に必要なモノが入っている。レンが見繕ってくれた」

「なにそれ、ちょっと、どういうこと? どうしてレンフィートが――」

「だからそれはこれから話す」

「あのあの、とりあえず中に入りましょう。お話はそれからで。寒いですし、ね?」


 エリスはものすごーく不満そうな顔をしながらも渋々頷いた。ちょっと震えてるしやっぱり寒いんだろう。


 二人を室内へ誘導する。途中、エリスが屋上のある施設をしきりに気にしていた。まずい。興味を持たれたっぽい。


「ねえモモあれ、今度一緒に――」

「わああ、寒いですね早くお部屋行きましょう! あ、お茶淹れますね。フレーバーは何がいいですか?」


 彼の手を引いてなんとか意識を逸らそうと試みる。彼は小さく首を傾げ「柑橘系かな、カエデのお店のブレンドで」と答えが返ってきた。

 バニラやキャラメルのミルクティーもいいかも、と悩み始めた。よし、話が変わった!

 内心ガッツポーズで屋上のドアの鍵を閉めた。できればこのまま忘れてくれと祈りながら。




 デザートが食べ途中だったということで、私たちはダイニングで話すことになった。

 せっかくなのでクラウデットさんにも同じデザートを出した。半解凍で冷たいので、熱い紅茶も用意。


「どうぞ『桃のコンポート』です」

「モモ?」

「桃の実のデザートです」

「なるほど、モモか」


 クラウデットさんは納得した様子で頷いてエリスを面白そうに見た。

 エリスはというと、その視線を無視して紅茶を飲んでいる。


「冷たいデザートは初めて食べたな。不思議な食感だ」

「凍らせておいたので、半分融けている状態ですね」

「ほんのり酒の香りがする。これは葡萄酒か?」


 美味しく完食して頂けたようでなによりです。

 紅茶のおかわりを淹れたところでエリスが話を切り出した。


「それで? 話というのは砦の件? 何か進展でもあったの?」

「ああ、それもあるな。進展と言って良いかはわからんが」


 エリスがちらと私を見る。聞いちゃいけない話なのかな?

 紅茶を一口飲んでクラウデットさんが首を振った。


「その件は後ほど。本題は別の話だ。まあ、関連した内容ではあるが」

「へえ、関連はあるんだ?」

「レンが花嫁候補を見つけたと言ってきた」

「……は?」


 レンフィートとはエリスの弟君で次期国王候補の第二王子だ。花嫁ということはつまりは将来の王妃様ということか。

 エリスはしばし天井を眺めていたかと思うと俯いてうーんと唸り、前を向くと怪訝な顔で口を開いた。


「ちょっと待って……花嫁? あの、どう関連があるのそれ」

「エリスお前、あの時レンを転移させただろう。その先で一目惚れしたらしい」

「……ええええ?」


 口をぱくぱくしているエリスと、溜息して紅茶をすするクラウデットさん。


「ええと……、え? 私が飛ばした先ってことは、ああ、え? つまり?」

「この世界だな。花嫁候補はニホンの娘だそうだ」

「な、なんてこと……」

「レンは口説いて連れてくると言ってきかない。現在もサフィールが押さえている状態だ。国王陛下も王妃陛下も頭を抱えている。……ったくこの似たもの兄弟が」


 エリスは両手で顔を覆って伏せっている。ちょっと耳が赤い。


「あのあの……」


 おずおずと手を挙げて発言の許可を貰う。


「レンフィート殿下はその、おいくつでしたっけ?」

「私の4つ下」

「15歳だな」


 ……中学三年か高校一年? ませてるなぁと思ってしまうのは日本人ゆえか。


「俺がこの世界に来た理由は四つだ。まず、花嫁候補の身辺調査、生活文化習慣についての報告、後々訪問予定のレンの補佐、そしてエリス、お前の警護と監視」

「監視……? そんなものはいらないでしょう?」

「エリス。俺はお前の何だ?」

「……侍従」

「そうだ。ルクスベルン王国の第一王子エリスフィールの侍従だ。お前がその立場にいる限り、お前には王族としての責務があり俺はそれを補佐するのが仕事だ」

「……」

「エリス、わかっていると思うが、俺は必ずお前を連れて戻る。――逃げるなよ?」


 真っ直ぐにエリスを見据えるクラウデットさん。対してエリスは苦しげに顔を歪めて押し黙る。


「というわけだ、モモ。しばらく俺も世話になるがいいか? あと、当面の費用はここに」


 テーブルに厚みのある封筒が置かれた。中身は紙幣のようだ。


「鞄の中身は俺の衣服や必需品。レンが用意してサフィールが召喚術で取り寄せたものだが、何か問題や不足があれば言ってくれ」

「は、はい……」


 エリスは俯いたまま、揺れる紅茶を見つめていた。



屋上のとある施設についてはそのうち。

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