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(16)社会勉強!

 肩下までの白金髪は後ろで一つに纏め、黒サテンのリボンを結ぶ。清潔感とエレガントさを併せ持ちつつも、うなじから首筋のラインが得も言われぬ色気を誘う。

 白いスタンドカラーのシャツは袖を七分でまくり、袖からのびる下腕は白く細いが筋張っていて男性であることを窺わせる。

 ストレートパンツはシンプルな黒地。すらりとした脚線美が目を惹く。

 珈琲豆とメイプルリーフをモチーフとした店のロゴが入った、こげ茶のミディアムエプロンは腰の細さを隠すどころか強調するようで。

 そしていつものツートンカラーのサドルシューズ。


 女神の微笑みを絶やさず柔らかい物腰で接客するエリスの姿は、店内の視線を独占している。

 細縁眼鏡かけてみてくれないかな。などと妄想してみたり。


「意外。エリスくんて接客向いてるかもね。クレーム処理はどうかなと思ってたけど、やんわり冷静に対応できるし。細やかな気配りも好感度高いよねあれは」


 私と楓さんは主にレジとカウンター内での珈琲や紅茶、軽食の調理を担当中。

 一方のエリスはホールをひらりひらりと優雅な足取りで巡り、テーブル客へにっこり王子様スマイル「メニューはお決まりになりましたか」で女性客のハートをゲット。一部男性客のハートもゲット。


「私もちょっと驚いたよ楓さん。対人はあまり得意じゃなさそうだったから」

「ああ、そうだね。彼も苦手だって言ってたよ。だから業務内容は先に一通り覚えておきたいって昨日、店に来てね。大体教えられそうなことは教えたかな」

「えっ、昨日?」

「うん。あとは追々と。売上仕入れも覚えてもらって。桃ちゃんがいない日にシフト入ってもらう予定。まあ、お給料は桃ちゃんに払うことになるけどね。不自然にならないようにいまも少しずつ自給あげて計算してるから」


 楓さんは抽出中のコーヒーから視線を離さず優しげに微笑む。楓さんは本格的にエリスを雇うつもりなんだ。


「労働経験ってさ何より社会勉強になるでしょ。経済の仕組みに触れることは社会の仕組みに触れることでもあるからね。まあ、ちょっとスパルタでいくかもしれないけど?」

「ふえっ?」

「地に足付けた働き方っていうのをしっかり教えてあげないとね。デイトレ? はは、百年早い!」


 楓さんがちょっとコワイ笑顔になった。デイトレ?……なんとなくエリスならやれそうだ。元手があればだけど。


「あのお手柔らかに? けっこう繊細な人なので……」

「大丈夫。もし疲れて帰ってきたらね、桃ちゃんがたくさん優しくしてあげればいいよ。ねぎらってうんと甘やかせてやるといい。そうすれば彼はきっともっと頑張れる」


 穏やかだけど強い眼差し。楓さんの笑み。ああこれだ。この顔だ。

 家族が突然いなくなって一人で途方にくれた、辛くて苦しかった時に私を支えた。

 多くは語らない。でも誰よりも傍にいて優しく微笑んでたくさん甘やかせてくれた顔。


 楓さんが私にしてくれたように、エリスには私がすればいいんだ。

 何も持たない小さな手だけど、彼を全身全霊で守ろう。

 楓さんに微笑み返し、エリスの姿を眺めながら拳をぎゅっと握りしめた。




◆◆◆


「あ、コモモ」

「え?」


 リビングで二人ソファセットにて作業中。エリスは肘置きのクッションにもたれて脚上のノートPCを触っている。私はというと久しぶりにアナログ画の依頼がきたので、スケッチブックにラフを描いているところだったりする。


 エリスが指さしたのはリビングを動き回るロボット掃除機。


「小さくてくるくる動いて可愛い。小さいモモでコモモ」


 ……家電に名前つけるタイプの人だったのか。コモモって……。


「もしかしてエリス、動物とか飼いたかったりします?」

「んー? 考えたことなかったかな。飼ったこともないし。あ、植物は好きだよ」


 魔草研究家でしたね。私が花弄りしてると高確率で張り付いてるね、そういえば。


「モモはニホンの花の絵は描かないの?」

「仕事で描くことはありますよ。趣味でも何枚か……前に描いたのがあったはず」


 部屋に戻って棚からケースを持ちだす。入っているのはスケッチブックやイラストボード。


「日本の花ですとこの辺、これは透かし百合、水芭蕉、こちらは牡丹ですね」


 しばし眺めてから絵を大事そうに抱きしめて破顔するエリス。


「ねえ、この絵、私の部屋に置いていい?」

「もちろんいいですよ。気に入って頂けたならエリスに差し上げます」

「ありがとう、嬉しい! そうだ、カエデのお店にもモモの絵が飾ってあったね」

「お店の絵ですか、よく気付きましたね。あれ開店祝いに贈ったんです」

「だってモモの絵はモモと同じ波長を感じるもの」


 波長か。波長と言えば。


「エリス、訊きたいことがあったんですけど」

「なあに?」

「この世界は私と同じ波長なんですよね? 他の人たちも同じように波長を感じます?」


 エリスは、んー? と見上げてから視線を私に戻し微笑む。


「そうだね。ここの生物はみんなモモと近い波長を感じるね。カエデは特にモモと似てる。でもまったく同じではないよ。それぞれ少しずつ違う」


 一拍あけて、静かにゆっくり、しかしはっきりと彼は言った。


「私にはモモの波長が誰よりも心地よい。モモが誰よりも好き」



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