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(15)お酒は20歳から

 お茶の時間のあと「いってきます」と、ひらひら手を振りエリスは出かけた。

 食器を片づけて仕事を再開する。日が傾いてきたので洗濯物を取り込み、庭の手入れと水遣りをした。


 日が落ち、夕食の支度を始めたところでエリスが帰ってきた。


「モモ、ただいま」

「おかえりなさい。あ、手洗いうがいしてくださいね」

「はーい」


 エノキを袋から取り出す。すぅはぁー、甘い香り。


「……モモ、何してるの?」

「ふあっ!?」


 突然の背後からの声に変な返事をしてしまった。

 振り向くと間近に顔があってびっくりする。


「ええっと、このキノコ、イチゴジャムみたいな香りがするのでつい」

「そうなの? ちょっといい?」


 エリスは両腕を私の腰にまわし背中から圧し掛かかると、私の手にある物に顔を寄せた。


「イチゴっぽい甘い香りがするね」


 甘いのはエリスのその微笑みだと思う。顔が近いちかい! 覗き込まないで!

 手がお腹を撫でてくる。クスリと笑い私の髪に顔を埋めて甘い声でささやく。


「んん、やっぱりモモのほうがいい匂い。モモの匂い好き」


 ぎゃー、何を言うんだ!


「いや、ちょ、エリス、近過ぎです! あと、そういうこと言わないでくださ――」

「だってモモ、はっきり言わないとモモはわかってくれないでしょ? 行動で示さないとね。私はモモを口説いているんだよ?」

「く、口説いて!? ほ、本気です、か」

「本気じゃなくて私がこんなことすると思うの?」


 ぎゅうと腕に力を込められ頬に唇が触れる。ちゅっとリップ音。


「ご、ご飯、ご飯の用意がっ」


 情けない。こんな返ししかできない。色々とスキルが足りなすぎる。


「うん、今夜のメニューはなあに? それは?」

「牛丼です」

「ぎゅうどん、ああ、街にお店があった」

「これは自己流レシピですけどね」


 エノキとシメジに玉ねぎ長ねぎ入りのヘルシー牛丼です。加えて、小松菜の胡麻和え、鶏ささみと豆のサラダ(醤油麹で旨味アップ)。


 エリスも和食の味付けに慣れてきたようで嬉しい限り。



 ――だがしかし。


「え、卵、生なの? 生で食べるの?」


 ほとんどの食材に言えることなのだけど、エリスの世界には『生食』の習慣がない。

 果物は問題ないので、その延長で野菜は食べられるようになった。

 だが、卵と魚はまだ無理らしい。


「こうやって溶いてかけます。食べます」


 お肉や野菜と卵が絡み合う。とろり。コクが増して実に美味しい。


 エリスは神妙な面持ちで溶き卵にちょんとお肉を付ける。それを恐る恐る口元に運ぶと意を決してぱくりと口に入れた。

 咀嚼して飲み込んだ。しばし呆然としていたがやがて顔を綻ばせた。


「これが生の卵の味なんだね。勇気だしてよかった」


 彼はしっかり卵一個を消費して完食した。

 自分の文化を受け入れてくれるってすごく嬉しいものなんだなと実感した。

 ゆくゆくは日本人のソウルフード『卵かけご飯』に挑戦して頂きたい。


 食器を片づけていると、エリスがうーんと唸っている。そわそわ、私を見たり戸棚を見たりダイニングを見回している。

 そしてきゅと口を結ぶと私を見据えて言った。


「お酒、飲みたい」


 ……。

 そうか。そういえば離れの塔では毎日夕食後に果実酒を飲んでたっけ。

 林檎酒とか葡萄酒だったかな。ポートワインあたり好きそうだ、が。


「えーとですね、日本では20歳未満の飲酒が禁じられていまして」

「知ってる」

「未成年に飲酒させると罰せられまして」

「知ってる」

「エリスは19歳なので未成年にあたります」

「……」


 不服そうだ。ルクスベルンでは立派な成人なのにって顔している。

 ――これは使いたくなかったが仕方がない。


「あー、そのですね。十代からの飲酒はその、『機能不全』、になる危険性がありまして」


 ――ごんっ。

 エリスが頭からテーブルに突っ伏した。


「……あきらめ、る」


 悲壮感漂う声だった。私はよしよしと頭を撫でた。



 今度アルコールを飛ばしてワインゼリーでも作ろうかな。



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