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(14)IT革命

「うーん、ペン先がすり減ってきたなぁ」


 ペンタブレット用の筆圧ペンの先を指で撫でる。

 筆圧ペンのペン先は使っているうちに摩耗してしまうので替え芯がある。私はフェルト芯が描き心地が良くて好きなのだけど、柔らかい分すり減り方がものすごく激しい。

 このまま使い続けるとめり込んで外しにくくなる。取り換え時かな。


 引き出しから替え芯を取り出した時、スマホが振えた。メールだ。

 内容を確認し、リビングに向かう。


 私が作業している間、エリスはリビングにいることが多い。

 今日の彼はソファではなくラグに座って、ローテーブルに置かれた画面を見ていた。

 机上のノートパソコンを操作し、タブレットを見つつ、片手にはスマホ、時々メモ帳になにやら書き込み。新聞を目で追い、横目でちらちらとテレビを見ている。


 ――どんだけながら作業!? 頭の中どうなってるのこの人!?




『ねっと……もばいる? あと、ぱそこん? 使えないと困るよね?』


 あー、情報端末ですね。まあ使えたほうがいいしあれば便利だろう。

 そう思い、まずは私のノートPCを貸すことにした。エリス用のログインアカウントを作成し、電源オンから一通りの使い方を教え、マニュアルとかんたんハウツー本を渡した。

 半日ほど熱心に弄っていたと思ったら、そそそと仕事中の私に近寄ってきて言った。


『管理者権限が欲しい』


 パソコン歴半日にしてそれを望むか。

 買い出しついでに情報セキュリティの問題集を買ってきて、これが全部解けたら許可すると押し付けたら、一晩でクリアしてよこした。しかも中途半端だったノーパソのセキュリティ強化までしてくれた。

 頭の出来の違いを痛感した出来事だった。


 エリス専用のスマホを一台購入契約した。連絡用にやっぱり持ったほうがいいよね。


 それにしても。

 彼の知識欲というか知的好奇心はそら恐ろしいものがある。

 研究者気質なのだろうか、知りたいと思ったことは徹底的に調べたがる。専門分野にまで手を伸ばし幅広い知識を修めていく。

 そういえば、離れの塔にいる時、やたらと私を観察していた時期があった。ストーカーっぽかったけど、あれは研究対象に対する行動だったのかもしれない。


 この知識欲旺盛すぎる青年は、驚く速度で情報社会に適応しようとしていた。




 タッチパッドを滑る細く長い指先が止まる。私の気配に気づいたようだ。


「えーと、エリス? 今いいですか?」

「ん、平気。なあに?」


 ふわり。優しげな女神の微笑みは変わらない。


「楓さんからメールがきまして。次回のバイトの日にエリスも一緒に来ないかと。お店で働く気があるなら仕事を教えるよー、みたいな」

「んー、カエデの番号とアドレス教えてもらえる? 彼と直接話をしたい」

「そのほうがいいかもですね。わかりました。いま送ります」


 エリスはスマホの画面を確認し操作している。手慣れた様子で指の動きには迷いがない。

 私を見てコクリと頷きスマホを耳に当てた。楓さんと通話するようだ。


 しばらく話をするのかな? そろそろおやつの時間。立ったついでだ、お茶の用意でもしよう。

 冷蔵庫で冷やしておいた「自家製・和梨のヨーグルトチーズケーキ」。上には和梨のキャラメリゼとコンポートがのっています。飲み物はダージリンのストレート。


 お茶を持ってリビングに戻ったら、ちょうど通話が終わったところのようだった。

 彼はスマホの画面を見ながら、なにやら不敵な笑みを浮かべていた。珍しい。


「どうしました?」

「ふふ、宣戦布告したというかされたというか?」


 スマホを置き、おかしそうに答えると髪を掻き上げた。

 よくわからないけど楽しそうだし、内容に触れなくても大丈夫かな?

 エリスが手早く情報機器をローテーブルから退かし、私がお茶とケーキを並べる。


「ああ、モモ。このあとちょっと出かけてくるね」

「いまからですか? お散歩です?」

「ううん、街まで。転移術を使うからそう遅くはならないよ。夕食前には戻るから」


 少し前からエリスも一人で外へ出かけるようになった。

 スマホのGPSもあるし魔術も使えるので、最近はあまり心配していない。


 美味しい美味しいとケーキを幸せそうに頬張る姿は実に可愛い。

 甘味にほんのり頬を染めキラキラ瞳の純情可憐な乙女力。負けてる。確実に負けてる私。


 ――この人、私のこと好きって言ったんだよね。

 不思議な気分になる。なぜ私? 単に初めてまともに接した女性というだけでは?

 なにより……『この世界で生きたい』という気持ちのほうが強い気がするのだ。


「モモ?」


 カップを片手に小首を傾げて見つめてきた。あわわ、ガン見してた!


「ああいえなんでもないです!」


 慌てて思いっきりぶんぶん手を振る私。挙動不審すぎる!



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