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(13)禁忌の古代魔術(別視点)

 それはモモがファスタニアを訪れて二か月ほどたった頃に起きた。


 昼食を終え作業部屋に戻ったエリスフィールは、翻訳の依頼を受けている原書を手に取り目的のページを開こうとした。

 意識の端で糸がピンと張り詰める感覚に襲われ顔を上げた。

 他者が張った結界に触れた時のような。近しい存在の波長が揺れた。遠い場所。


「レンフィート?」


 彼は今、辺境北部の砦へ視察に向かっているはずだ。

 弟の身に何かが起きている。


 本を閉じる。

 慎重に迅速に。繋がった糸に意識を集中し手繰り寄せるように点と点を結ぶ。

 点から線へそして空間へ。レンフィートの波長を強く感じる。彼の地に続く門が開いた。

 無詠唱、術方陣を使わない高位の転移術。



 一歩踏み出す。エリスフィールは荒地にいた。遠くに砦が見える。


「――レンフィート」


 淡い金髪に蒼色の瞳の少年が顔を上げる。後ろ手に縛られて膝をついていた。

 傍には黒髪紫瞳の青年が同じように縛られ転がされている。

 今まさに捕えられたといった様相で、四人の兵士に押さえつけられている。

 彼らには詠唱封じと酔眠の結界が二重に張られていた。

 ざっと見たところ、他に兵士が二十数人、ローブを羽織った術士が六人。


「……ひぃっ、なぜこんなところに」


 悲鳴が聞こえた。ガタイの良い男たちが細く華奢なエリスフィールを見てぶるぶると怯えている。顔が引き攣り青褪めている者、動けず蹲っている者。

 強大すぎる魔力の洗礼、精神を蝕む威圧と恐怖が、対峙する彼らを襲っているのだ。


 あまりに予想通りの反応に思わず口角が上がる。

 溢れ出す禍々しい波紋を纏うそれは、魔力を持つ者にとって魔性の笑みであった。


「愚問」


 エリスフィールはすうと目を細め片手を一振りして結界を破り、その返す手で兵士四人を衝撃波で弾き飛ばす。

 術士の一人が倒れ込んだ。結界を張った本人に術が跳ね返ったのだろう。


「サフィール、貴方がついていながら」

「……不意をつかれました。申し訳ありません、エリス様」

「他の護衛や同行者は?」

「眠らされたようです。砦の中にいるかと」


 腕の縄を切る。手が使えなければサフィールの得意とする術方陣は組めない。

 そして詠唱封じと酔眠の結界。無詠唱で術を発動するには時間と集中力を要する。

 なるほど、魔法騎士や魔術師を無力化させる効率的な方法だ。


 二人はまだ酔眠の効果が残っているようで、足元がふらついている。

 周りの始末が先か。指を鳴らし重圧の術を仕掛ける。広範囲複数の自由を奪う技だ。

 魔力の劣る者たちに抗うすべはない。兵士も術士も地面にへばりつき声も上げられず次々と意識を失っていった。


「私はいま制御が甘くなっているから、少しやり過ぎても許してね」


 まだ意識を保っている術士が一人。彼はかなり高位の魔術師のようだ。口を割るかはわからないが問うだけ問うてみるか。

 術士の銀眼は苦しげながらも異様な光を放っている。


「――で? 貴方たちは何者なのかな? 東国訛りがあるようだけど」

「第一王子殿下。我々は神託を賜った神徒であり、これは世界の意思でございます」

「東国の神殿には、他国の王族を害せよという教えでもあるの?」


 隣国の手を借りた、次期国王候補を狙った謀反ではないのか? 国境付近での諍いは東国が関係していたはず。親族や有力者で東国と繋がりのある者を脳内で浚う。


「祖国も神殿も関係ありませぬ。救世の為。両殿下を排斥せよと――」


 ――“両”殿下――?


 わずか判断が遅れた。

 自分たちの足元に術が展開される。幾何学模様が浮かび上がった。複雑な術方陣だ。

 術方陣を目にしたサフィールが顔色をなくす。レンフィートも困惑している。


「……あり得ない……まさか」

「なんだこの文様?」


 どこかで見た陣。古代の魔術書のどれか。地下の書庫。錠をいくつも外した覚えがある。そう、あれは、あの本は。


「禁呪――禁忌の古代魔術」


 あまりに危険すぎて禁じられた。そして扱える魔術師も現存しないとされる古代魔術。

 膨大な魔力を圧縮し大地を消し去るほどの爆発を起こす術。

 使われる魔力が大きいほど威力も増す。その魔力の源に――エリスフィールが指定されている。


 そう伝えると、レンフィートもサフィールも言葉を失う。


 誰がこの術を? などと考える暇はない。速やかに術式の効果を計算していく。発動した場合の被害は……。絶望だ。辺境伯領土が跡形なく消える。

 術の展開を止める方法は? 逆式で編み上げる……間に合わない。複雑すぎる。

 ならば術を破る? 駄目だ。自分の魔力が連動してしまっている。同等以上の魔力が必要になる。レンフィートとサフィールの同調と乗算で……いや足りない。


 ――なぜ。


 エリスフィールは下唇を強く噛みしめ顔を歪める。


 常軌を逸する魔力。自分という存在をここまで呪ったことはない。

 恐れられ忌避されそれでもまだ、生きることだけは赦されていると思っていた。

 ここではないどこか、別の世界でなら存在を受け入れてもらえるだろうか。


 ……別の……。

 そうだ。もし別の空間に爆発の衝撃を逃がすことができるなら?

 虚空、時空の狭間はどうだろうか。おそらくもっとも被害が少ない。


 目的の空間を捜して捉える。時間がない。力技で捻じ曲げて拓くしかない。


「サフィール、レンフィート、私に同調させて。虚空に穴を開けて衝撃を逃がす」


 自分の魔力を出来るだけ一点に集める。空間が歪んでいく。


 目の前に光が弾ける。禁呪の発動。同時に歪みが最大になる。

 爆発の威力と同調した魔力で空間が捩じ切れて穴が開いた。

 衝撃は穴に吸い込まれていく。が、力任せゆえか予想以上に歪みが大きかった。


 引きずられる!


 力の制御が苦手なレンフィートが飲み込まれそうになった、瞬間。


 良く知った心地よい波長を感じた。考える間もなくレンフィートに対し術を展開した。

 いつか使うかもしれないと備えていた術。

 モモの世界に道を繋ぐ転移術。



 彼の弟は異世界へ吸い込まれて、消えた。




 狭間に続く穴は爆発の衝撃をすべて飲み込み閉じた。

 さきほどの荒地。辺りは静まりかえっている。周囲には倒れている兵士や術士。

 銀眼の魔術師は意識を失っていた。サフィールが手早く縄で縛る。


「――これだけ魔力を使ったのにまだ枯渇しないなんてね。ふふ……化物か私は」


 減少した分は否応なく周囲から補充されてしまう。徐々に力が戻るのがわかる。

 己の手を見て力なく笑う。


「歪みが落ち着くまで数日かかるかな。そうしたらサフィール。レンフィートに連絡を取って連れ戻して」

「承知しました」

「ああ、彼らは王都へ送って。今回の件は出来る限り内々に調査を。逐一報告もお願い」


 力を利用された。エリスフィールが訪れることを相手は見越していた。

 王子二人を同時に狙う意味とは? 反乱? 他国の侵略?

 エリスフィールを王位につけようという一派が動いていることは知っている。

 だから弟の立太子が済むまで表舞台には立たないようにしている。

 しかし今回はそれらとはまったく違う別の何かが裏にある気がする。


 釈然としない。『世界の意志』『救世』?


 ふと気づけば髪がところどころ短くなっている。爆風で千切れたか。


「私は一足先に王都に戻るよ」


 いまはただモモに会いたい。安らぎを得たい。


 エリスフィールは踵を返すと、離れの塔への転移術を展開した。



次回、現代に戻ります。

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