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(10)協力者、求ム

 首都圏郊外のとある長閑な街。我が家はちょっとした高台にある。

 南向きの庭からは街が一望でき、家の北側からぐるっと西回りの道を下れば通りに出る。


 そして、我が家の南西には小さな神社の森。

 庭の一角から細い下り石段をおりて途中を右に曲がれば神社境内の裏手に、まっすぐ下りれば通りに出る。通りからは鳥居をくぐり参道の石階段を登って境内に入れる。

 子供の頃は兄や楓さんとこの神社でよく遊んだものだ。




 日が傾いてきたので、庭に出て水遣りをしていると、家からエリスが出てきた。

ゆったりと景色を眺めながら近づき、私の傍までくると眩しそうな顔で微笑む。


「――こうして街を眺めるのは初めて。これがモモの生まれ育ったところなんだね。わあ、不思議な建物がいっぱい……ねえ、ここは王都からは遠いの? わりと栄えてるように見えるけど。あの屋根は石なのかな? あ、あの乗り物は『てれび』に映っていたね」


 顔色は良い。身体も慣れてきたようで気だるげな様子もない。


 上層ビルを指して誰がどのように建てたのかとか、上空を横切る飛行機はどういう仕組みで飛んでいるのかとか、次々に質問を投げかけてくる。飛行機は揚力だっけ?

 自分の世界の技術なのにほとんど説明できない自分に気付いた。当たり前のように恩恵を受けているのに。うん、せめてネットで調べてみよう。ネット便利!


「植物も見たことない種類ばっかりで楽しい。うん、魔草ほど魔力はないけど弱い波長は感じるね。これは薬草? こちらの葉は香草かな。とてもいい香りがする」

「それはローズマリーですね。料理にも使いますし、薬効もあります」


 庭を歩いては植物を興味深げに観たり触ったりしている。さすがは魔草研究家。

 微笑ましく思いながら、枯葉と花殻を摘んで株元に水を遣る。


「――モモ。これがモモでしょう?」


 振り向くと、美貌の人は一本の木を前に嬉しそうに目を細めて見上げていた。


 それは桃の木だった。

 なぜわかったのだろう? 花をラフ絵で見せただけなのに。その花もつけていないのに。

 驚いている私を見てエリスはクスリと笑った。


「どうして知ってるのかって顔してる。すぐわかったよ。だって私が“モモ”って呼ぶとこの木がそわそわするんだもの。ね?」


 まるで悪戯が成功した子供のようにおかしげに木に話しかける。

 ……木は人語を解するのでしょうか? 魔力か? 魔力なのか?


「モモの花はいつ咲くのかな。この目で見てみたいな……」

「開花時期は春ですね。えっと、これから寒くなって雪が降って、その雪が溶けて暖かくなったら……六か月後?」


 指折り数える。半年先。エリスは「そう」とだけ言うと桃の木に触れた。


「先ほどね、クラウと話をしたの」

「あ、三日ぶりですか。連絡とれたんですね」

「うん、短い時間だけどね、やっと繋がった」


 どうやら、こちらの世界だけでは空間を繋げる魔力が足りず、むこう側が接点を作り準備が整ったところで道を拓くことが可能になるらしい。話をする場合も同じだ。


「サフィールはもうしばらく手が空かないみたい。彼かレンフィートの転移陣を介せば行き来できるのだけれど。レンフィートも例の件でまだごたついていて」


 例の件とは、レンフィート殿下が視察先で襲われ暗殺されかけた事件である。


 異変を察知し即座に現地へ向かったエリスによって最悪の事態は免れたが、彼が駆けつけることを見越し殿下二人を同時に狙って張られた罠だったと、のちに聞かされた。

 エリスが真っ白な顔で戻ってきて崩れ落ちた時は、本気で血管が凍る想いをした。


 彼の腰まであった綺麗な白金の髪は、切れて肩下の長さになっていた。


「片が付くまでは、私もニホンに避難していたほうが良いだろうって。ごめんね、時期がはっきりしなくて。そう長くはならないだろうけど、モモには迷惑かけてしまうね」


 エリスは肩をすくめて申し訳なさそうに苦笑すると、日が沈むまで桃の木を眺めていた。



「かふぇすくーる? あ、これ美味しい」


 夕飯時。お箸で器用に「間引き大根葉とジャガイモの炒め物」を食べながらエリスは小首を傾げた。

 一方で、食卓を挟んで頭を抱える私。


 しまった。すっかり忘れてた。明日はカフェスクールの日だった。

 週に一日、バイト先である純喫茶の店長・楓さんの片腕となるべく、カフェについて本格的に学ぶために通っている。

 授業は朝から夕方まで。ほぼ一日中、家を留守にすることになる。


 彼を家に一人置いて行くのは心配だし、かといって連れて行くのも無理だ。

 エリスは、ぱっと見なら、やたらと見目麗しい欧米人だけども、実際はこの世界に来たばかりの異世界人。なにせまだ我が家の敷地から出たこともない。

 どうしよう。授業のあいだ誰かに預けるのがたぶん一番良いんだろうけど、そうすると彼についての説明が必要で。


 異世界人なんですー、なんて言って、もし間違って警察や病院にでも連れて行かれたら。

 こわい。まずい。国籍も戸籍も身分証もなにもない。私の手に負えない事態に陥りそうだ。


 事情を理解したうえで秘密を守ってくれて、なおかつ協力を仰げそうな人――


 ――ひとり、いる。

 あの人なら大丈夫かもしれない。私を幼少時からよく知り最も信頼できる人物。異世界の話も聞いてくれるんじゃないだろうか。


「よし、楓さんにお願いしてみよう」


 私は覚悟を決め、スマホを手に取った。



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