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狭間世界

 歪んだ実家の前に立っていた。

 私は数年に一度、此処(ここ)に来ることがある。予兆も何もなく突然であるため、心構えのしようがない。

 寝たのが午前二時過ぎだ。時間を確認しようと自分の左手首を見るが、腕時計は着けていないようだった。

 私は此処が嫌いだった。

 夢の中のようで、夢ではない。何故なら、自覚できるからである。自分が寝たこと、その後に此処に来たこと、これは夢では無いという確信があること。思考も意識も五感も、全てクリアである。腕をナイフで切りつければ痛いだろうし、血も滴るだろう。

 では此処は現実なのか?

 それも違う。何故なら、私は寝たからだ。いきなりこんな場所に立っている理屈が通らない。何より、今目の前にある実家は歪んでいる。家の輪郭が、所々歪んでいたり傾いていたり、場所によっては無くなっていたりする。大学生・大学院生の間は数えるほどしか帰っていないとは言っても、中学・高校の六年間住んでいた家である。見間違えるはずがない。これは自分の実家だ。

 そしてもう一つ。家の建っている場所を中心として十メートルほどは景色が在るのだが、それより外側には何も無いのだ。地面も無ければ他の建物も無い。電信柱も、いつも家から見えるビルも、何もかも。無の世界が延々と広がっているのである。その無を支配しているモノが、闇なのか光なのかも分からない。見えてはいる、何も無いという光景が。

 いつものことだった。今まで何回かこのような光景を見てきている。場所はいつも違うが、条件は一緒だ。自分の正面に見知った場所、その外側は判別の付かない無の空間。

 いや、逆なのかもしれない。無の空間の中のほんの小さな一点に、この場所と自分が在るのかもしれない。

(それにしても、いつも以上にアバウトだな、輪郭が……)

 今までの中でも、相当酷い造りであることは否めない。自分の実家がこんなに歪んでいるとは、何となく気分がよろしくない。

 いつか考えた仮説のうちの一つ、この場所は私のイメージが実体化しているのではないかということ。もしそうなのだとしたら、私の実家に対するイメージやその他諸々が、歪んでいるということなのだろうか。

 相変わらず酷い奴だ、と苦笑を浮かべながら私は玄関のドアを開けた。


「ただいまー」

 しばらく待っても、予想通り返事は返って来なかったので、靴を脱いで家の中へと上がった。

 家の中には人が居なかった。父親も母親も妹も。ただ、猫が一匹だけ居た。

 四ヶ月ほど前、二月の頭に死んだはずのゴン太だった。

 ゴン太は、実家に居た四匹の猫の中で、一番の古株だった。おそらく年齢は十三歳くらいだったと思う。野良猫の状態でうろついているところを、我が家で飼いだしたのだ。去勢してからは物凄く臆病になり、ろくに運動もせず、ぶくぶくと太っていった。

 そのゴン太が窓際に座っていた。

「ゴン太、久しぶり」

 久しぶりにゴン太に会った私は嬉しくなり、ゴン太に近寄った。するとゴン太は姿勢を低くし、両耳を後ろ側にぺたりと寝かせてしまった。さらに近づくと、ゴン太は私の横を走って隣の和室のテレビの裏側へと逃げて行ってしまった。

 私が中学二年生のときにゴン太を飼い出した。中学生のときの私は、今と変わらず大の猫好きであり、しきりにゴン太にちょっかいを出していた。寝ているところを起こしたり、嫌がっているのに無理やり抱き上げたり、布団の中に入れて一緒に寝ようとしたり。嫌がるゴン太の反撃にあい、流血することもしばしばあった。

 猫に好かれるためには、猫のペースに人間が合わせる必要がある。それを知らなかった中学生の私は、どんどんゴン太に嫌われ、ついには怖がられるようになった。

 それは、今でも変わらないらしい。ゴン太はテレビの裏からこっそりと私の動向を探っているようだった。

 悲しかった。過去の自分を悔やみ、呪った。

 特別なことは無くていい。四六時中私の後について来て欲しい訳じゃない。

 ただ、飼い主と飼い猫として、普通に接したかった。

 気が付くと私の頬を一筋の―――。


 気が付くと私は布団の中だった。

 体を起き上げると、自分が泣いているのが分かった。

(ちくしょう、またか………)

 腕で涙を拭いながら布団から出ると、機械的に職場に出勤する準備を始める。

 ゴン太はこの先、どれほどの時間をあそこで過ごすのだろうか。

 明日には居なくなっているのかもしれないし、もしかしたら今後十年以上あそこに居続けるのかもしれない。しかし私にはそれが分からないし、知る術もない。

 あそこは、感情が非常に高ぶる。普段は全く泣かず、悲しみや怒りなどの感情の変化が乏しい私も、あの場所でだけは感情が揺さぶられる。そのたびに、「ああ、自分にもこういう感情があるんだ」と当たり前のことを改めて実感することになる。

 だから私は、あそこが嫌いなのだ。

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