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霧中

 私は大学院を卒業後、そのまま自分の通っていた大学の職員として働くこととなった。特に不平不満もなく二年目を迎え、無難に社会人としての生活を消化していた。

 現在私が抱えている仕事は、七月上旬に一つの締め切りを迎える。六月に入れば残業が増え、家に帰るのが大幅に遅くなる。それが分かっているため、五月の間はあまり遅くならないように仕事を切り上げていた。

 五月中旬の金曜日、その日も私は仕事を午後六時で切り上げ、一人で帰路についていた。

 私は職場から電車で一時間弱の町に住んでいた。就職した当初は職場の近くに家を借りたのだが、仕事上がりや休日にちょくちょく自分の勤める大学の学生と思われる顔に出くわし、居心地が悪くなったためにあえて少し職場から離れた場所に引っ越したのだ。そこまで仲が良くもない見知った顔の人に、自身のプライベートを垣間見られるのが面倒だった。

 家から職場までは、選ぶ路線や時間帯によって乗換回数が異なるが、最低でも一回、多ければ四回乗り換えが必要になる。

 二回目の乗り換え駅に着いて電車を降りた瞬間に、携帯電話の着信音が鳴った。震える携帯電話を胸ポケットから取り出し、背面ディスプレイに表示される名前に目をやると、そこには大学生時代の同期の名前が表示されていた。二つ折りの携帯電話を開いて通話ボタンを押し受話部を耳に当てると、よく通る声が私の耳を貫いた。

「どーもー、カナカナですー。元気ー?」

 即座に受話部から耳を遠ざける。私の携帯電話の受話音量は基本的に小さく、最大音量に設定しても人混みでは相手の声が聞き取りにくくて困るのだが、彼女だけは別だった。彼女からの着信だけはシステムが独立しているのではないかと思いたくなるほど、彼女の声は大音量で耳に突き刺さってくる。

「どうも、○○です。俺は無駄に元気ですよ」

 大阪出身の彼女のテンションはいつも高い。学生時代、授業前の喧噪の中でも、わざわざ探す必要もなく彼女だけはどこにいるのかすぐに分かったものだ。

「○ちゃん、今暇ー? ハルちゃんと一緒におんねんけど、来れるー?」

「今は家に帰ってる最中。場所によっちゃあ行けるよ」

 彼女から告げられた場所は、偶然にも今私のいる駅から電車を乗り換えて四駅のところだった。場所といい電話をかけてくるタイミングといい、あまりに都合が良すぎて監視されているのではないかと疑いたくなる。

「オッケー、十五分くらいでそっちに合流できると思う」

「りょーかーい。待ってまーす」

 電話が切れた瞬間の私の心境を一言で表すと、台風一過だった。


 (たちばな)夏菜惠(かなえ)茅野(かやの)春奈(はるな)は、大学に入学してすぐに仲良くなったらしい。お互い関西の出身というのも大きいが、何より馬が合ったと言っていた。そんな二人は、大学卒業後も暇を見つけてはよく一緒に遊んでいるらしい。そして、たまに突然の呼び出しをくらう。

 私と彼女たちは大学一年生の頃から面識があったが、本格的に交友関係ができたのは、私が大学三年生の前期末に彼女たちの所属する委員会に所属してからだった。

 約一年ぶりに再会したカナカナとハルちゃんは、全くといっていいほど学生時代と変わっていなかった。

「○ちゃん、ちっとも変わってへんなー」と言うカナカナの陽気な声は、私の鼓膜を驚くほど震わせる。

「ほんまやな。ところで、急に呼び出しといてアレやけど、大丈夫やった?」ハルちゃんの気遣いも変わらない。

 いつも元気いっぱいで行動力に溢れ過ぎるカナカナと、よきブレーキ役であるハルちゃんの組み合わせは、見ていて心地良かった。この二人を見ていると、キャラクターというものの大切さがよく分かる。これだけハイテンションで声量大であるにも関わらず、この二人を煩わしく感じたりうざったく感じたことは一度も無かった。

「あー、大丈夫。帰っても特にやることないし。ていうか、二人の方がよっぽど変わらないよ、学生のときと」

「えー、そんなことないよなあ?」とハルちゃんが不服そうな色を帯びた声音で反論する。

「何言うてんねん、めっちゃ大人になったで、うち!」とカナカナも抗議する。

 無事に合流した私たちは、適当に見つけた居酒屋に入り、適当に飲み物と食べ物を注文し、適当に喋っていた。居酒屋に入りはしたが、私は下戸でアルコールが飲めず、カナカナは車で来ていたために私同様酒を飲んでいなかった。

 三者三様に自身の現状報告をしつつ、学生時代の思い出話に花が咲く。私は大学院に進学したため、卒業してからまだ一年と少ししか経ってないが、彼女たちはすでに三年以上経過している。学生生活というものに対する懐かしさは私よりも断然上なのだろう。

 話に夢中になっていたため、気がつくと三時間以上経過していた。そろそろお開きにしてもよい時間帯だ。

「そろそろいい時間だけど、二人は大丈夫? 俺は明日休みだから大丈夫だけど」

「うちは今日明日休みー」

「うちも明日休みー」

 この場にいる三人とも明日は休み。この事実を認知した瞬間、ある種の予感が私を襲った。ほとんど間を置かずして、その予感は現実となる。

「なあ、ドライブせえへん? うち、久々に山走りたいねん」

「はい? 今から? あんたは相変わらず急やなー」カナカナの発言にハルちゃんは少し呆れたような態度をとるが、それも束の間、すぐに同意する。

「まあ、うちは平気やけど」

「よし、じゃあ決まり! さっさと会計して行くで。ほら、○ちゃんも出る準備して!」

 カナカナは、私の同意を聞かずして勝手に私もドライブのメンバーに入れていた。

 もっとも私は、今からドライブに行くことに特に異論も無ければ、勝手にメンバー入りさせられたことに難色を示すことも無かった。学生時代にはよくあった、このような突発的なノリが好きだからだ。社会人になるとこのようなノリをする者は周りにほとんどいなく、次の日も仕事があるからと、無茶をすることもほぼ無くなっていた。そのため、この日のこのようなノリは大変嬉しかった。

 おそらく私は、仮に次の日が仕事であったとしてもドライブに同行しただろう。


「リライトしてー!」

 午前一時過ぎの山道を、一台の車が走行している。道幅はそれなりにあるが、外灯は(まば)らにしかなく、周囲に他の車が走る気配も無かった。

 運転席のカナカナは先ほどからずっと、車のコンポから流れてくる邦楽曲に合わせて熱唱している。

「なあ、夏菜惠さん。熱唱するのは構へんけど、事故らんといてよ。霧も出とるんやし」

 後部座席のハルちゃんが、カナカナの熱唱の合間を縫って釘を刺した。

「大丈夫やって! うち、ハルちゃん乗せて今まで事故ったことないやんか」

 カナカナは学生時代、人を乗せた状態で事故を起こしたことはないが、一人のときに居眠り運転で事故を起こしたことは私の知る限り三度あった。三度とも、車体を軽く当てたり擦ったりした程度で大事にはならなかったのが幸いだ。

 ちなみに、委員会メンバーで卒業旅行に行った帰りに私とカナカナの二人きりになったことがあったが、そのとき彼女は二度眠りかけ、私は助手席で肝を冷やしたことがある。

「ところで○ちゃん、どうしたん? 眠かったら寝てええで」

 助手席に座る私にカナカナが言ってきた。私は途中までカナカナと一緒に熱唱していたのだが、十分ほど前に霧が出始めてから歌うのを止めた。それを気にしたカナカナが、気を回してくれたのだろう。

「いや、眠くはない。大丈夫」

「じゃあ、酔ったとか?」後部座席のハルちゃんも気にかけてくれているようだ。

 私は「いや、それも大丈夫」と短く答える。私自身、確信が無かったために二人には言っていないのだが、霧が出始めてから妙な違和感があったため、少し気を張っていたのだ。

 二人は私の様子を窺っていたが、すぐに気にしなくなり、元の調子に戻った。再び車内にカナカナの歌声が充満する。

 私は「引き返した方がいいかもしれない」と発言するタイミングを探っていた。何か一つでも決定的な違和感ないし異変があったらすぐさま言おうと心に決め、前方やサイドミラー、フロントミラーを注視していた。

「なあ、この道、さっきも通らへんかった?」

 十分ほど経って、そう発言したのはハルちゃんだった。カナカナがそれに応じる。

「え、うそお? ずっと一本道やったで」

「でも、今さっきあったお|社<やしろ>、さっきも見たで。十分くらい前に」

 私もカナカナも、社があったこと自体気づかなかった。私は緊張を悟られないように、少々明るめに質問した。

「それって、同じような社がたまたまあっただけじゃないの?」

「やっぱそうなんかなあ。でも、外灯も点いとらんかったし」

 ハルちゃん曰く、ぽつぽつと等間隔で並び立つ外灯の中で一つだけ点いてない外灯があり、その外灯の次の外灯の下に、分かりづらいが小さな社があったのだという。そのような条件に当て嵌まる社を、すでに二度見ているそうだ。私は車内と車回りしか注意して見ていなかったため、見落としたらしい。

 カナカナは「怖いこと言わんといてーな」と言いながらも、運転を続けた。恐怖心を吹き飛ばすためか、今までよりもさらにボルテージを上げて歌唱する。なぜそれだけ大声で歌いながら声を枯らさないでいられるのか、そのハイテンションを維持し続けられるのか、(はなは)だ疑問だった。物凄いバイタリティだと感心させられる。

 しばらくは道なりに進むだけで、霧を除けば特に問題は無かった。途中、別れ道なども無い。

 やがて、おずおずとハルちゃんが前方を指差しつつ口を開いた。

「見て。そこの外灯、消えとるやろ?」

 ハルちゃんの指摘通り、車のライトに照らされ霧の先にうっすらと見えるその外灯は、明かりが点いていなかった。

「んでな、次の外灯の下に……」

 ハルちゃんは最後まで台詞(せりふ)を言い切らなかった。

 それまでも比較的安全運転だった車の速度が、さらに落ちた。カナカナ自身も真偽を確かめるために、速度を落としたのだろう。

 やがて、次の外灯がぼんやりと見えてきた。明かりが点いているのですぐに分かる。

 ――あった。小さな社だ。

「あかん、絶対おかしい。どうなってん、これ!」

 社を通り過ぎてから発せられたハルちゃんの声は、明らかに狼狽していた。

「マジであったし。こっわ! 引き返すで!」

 カナカナの声量は相変わらずだったが、その声には珍しく恐怖が滲んでいる。

 カナカナは言葉通り、ブレーキをかけつつハンドルを切ると、すぐさまUターンして今まで通ってきた道を引き返し始めた。

 すぐに前方に、先ほどの社があった外灯が見えてくる。先ほどは進行方向左手側に社を見たため、今度は右手側見える。外灯の下を通り過ぎる際、私は再度社の存在を確認した。二人は恐怖のためか、そちらを見ようとはしていないようだった。

 社を通り過ぎてすぐ、状況が一変した。

 それまではうっすら周りを覆っていた霧が、何の前触れもなく濃くなったのだ。その濃度はまるで雲の中に突っ込んだのではないかと思いたくなるほどで、三メートル先も怪しい。

「やばいて! 全然見えへん!」

 カナカナは焦りながらもスピードを落とし、徐行に切り替えた。普段のカナカナの運転からは想像もできないほどゆっくりとした運転に新鮮さを覚えるが、今はそんな状況ではないようだ。

 意を決した私は、努めて落ち着いた口調で言葉を発した。

「これは、狐に化かされたかね」

 カナカナとハルちゃんは「狐?」と二人同時に声を上げた。

「うん、よくあるでしょ? 狐に化かされて不思議な体験をする話」

「でも、それは迷信やろ?」

 後部からハルちゃんが猜疑心露わに問いかけてきた。

「全部が全部、迷信ってわけでもないんじゃない? 実際に不可解なことが目の前で起こってるわけだし。何度も同じ道通ったり、引き返そうとしたら邪魔するように霧が濃くなったりさ。明らかに普通じゃないでしょ」

 ハルちゃんは「そらそうやけど」と呟き、口を閉ざした。それを引き継ぐように、カナカナが口を開いく。

「じゃあ、仮に狐だとして、どうしたらいいん? てか、うちら今どの辺走っとんの?」

 カナカナの車にはカーナビが付いていなかった。「方向さえ合っていればいつか目的地に着くやろ」という考えをモットーとしているカナカナには、カーナビは無用の長物らしい。そのため、本日この山道に来るまでの走行ルートは、私の携帯電話の地図アプリとGPSを使ってやって来た。

「今どこかは分かんない。さっきからケータイ電波入らんし。ただまあ、どうするかについてはちょっと考えがある」

 私の発言を聞き、自身の携帯電話の電波状況を確認したらしいハルちゃんは、「ホンマや、うちのも圏外や」と誰に言うともなしに呟いた。

「考えって、どないするん?」

 カナカナは縋るように私に意見を求める。

「とりあえず、ちょっと車停めてみて」

 私の発案に、カナカナは素直に従った。左ウインカーを出して車を路肩に寄せると、車を停車させてハザードをたいた。

「停めたで。どないするん?」

「とりあえず、二人は中で待機してて。俺はちょっと一服がてら、周囲を見てくる」

 言うが否や、私はシートベルトを外して車のドアを開けた。この状況下で車外に出るとは思っていなかったであろう二人は、慌てて私を止めにかかる。

「ちょっと、正気? よう外に出る気になるなあ」

「危ないんちゃうの? やめときいや」

「たぶん大丈夫。狐さんにお引き取りいただくだけだから」

 制止を聞かずに私は外に出る。想像していた以上に霧が濃い。どきりとして一瞬体が強張りかけるが、意識を強く持ち、車内の二人に振り返る。

「うちは外に出んからな。もし何かあったら○ちゃん置いて逃げるで」

「死なんといてよ。気いつけてな」

 了承の返事をし、二人に車外に出ないように念を押して、私は車のドアを閉めた。

 すぐに上着の左ポケットから煙草を取り出し、火を点ける。目を瞑り大きくゆっくりと煙を吸い、一度呼吸を止めてから、口から煙草を離して今度はゆっくり大きく吐き出す。よし、と心の中で気合を入れ、目を開ける。

 霧がさらに濃くなったようだ。もはや、一メートル先を見通すのも困難である。

 煙草を吸いながら車の周りをゆっくりと回ってみた。四分の三周、車の前方部まで来たところで立ち止り、ボンネットの側面に軽く体重をかけながら煙草をふかす。口から吐き出される紫煙は一瞬で霧と混じり合う。そのままそこで時間の経過を待った。

 私は一本の煙草を吸うのに、おおよそ七分かかる。あと一分ほどで吸い終わるという頃に、それまで視界を奪っていた霧が、まるで意思を持って移動しているかのように急速に晴れていった。視界がどんどんクリアになっていく。煙草を吸い終わる頃には、つい数分前が嘘のように霧は完全に晴れていた。

 吸い終わった煙草の吸殻を携帯用灰皿に押し込んで、胸ポケットから携帯電話を取り出す。電波を確認すると、一本だけだがアンテナが立っていた。

 助手席のドアの前へ移動する。ドアを開け、車内の二人に言いながら乗り込む。

「これでたぶん大丈夫なはず。今のうちに山を下りよう」


 山道に入ってから四十分以上は走行していたはずなのだが、Uターンして引き返してみると半分の時間もかからずに麓に戻ってきた。そのまま十分も走れば町中に入る。

 山道では口数の少なかった二人も、町中まで戻ってきたら安心したのか、急に饒舌になった。話題はもっぱら、先ほどの不可思議な一件についてだ。「うち、あんな経験初めてやわ!」と二人とも、先ほどまでの恐怖心がそれこそ霧散したかのように、嬉々として口を開く。

「それにしても、○ちゃん何したん?」

 カナカナがいつもと変わらない陽気なトーンで質問してきた。

「別に。宣言した通り、一服しながら車の周りを見て歩いただけだよ」

 私の返答に、今度はハルちゃんが質問を繋げた。

「何でそれだけで霧が晴れたんやろ?」

 以前、私はインターネットの怖い話を纏めたあるサイトで、この状況に似た話を読んだことがあった。

 詳しい地方は伏せられていたが、ある山道を走行してたタクシーが、途中で霧に覆われてから行けども行けども目的地に着かなかった。そこで、いったん車を停めて車外に出て煙草を吸ったところ、霧が晴れて無事に目的地に着けたのだという。その地方ではたびたびそのようなことがあるらしく、タクシーの運転手は、普段煙草を吸わない人でも皆煙草を車内に常備しているのだそうだ。

 その話を思い出し、試しに実行してみたところ上手く事が運んだのだった。そう説明したところ、二人はある程度ではあるが納得したようだった。

「けっきょくあれは、狐の仕業だったやろか?」

 ハルちゃんの疑問に対して、私は無難な回答を返す。

「少なくも車外で狐は見なかったけど、まあ、そういうことでいいんじゃない? とりあえず、無事に帰れて何よりってことで」

 無論私は、あれが狐の仕業などではないことを知っている。かといって、何の仕業かと問われれば分からなかったが。

 私は二人にあることを隠していた。そもそも、私はこの二人に、私が霊感持ちであるということを教えていない。

 通りすがりのコンビニエンスストアで休憩を挟みつつ、私たちは帰路へと着いた。

 道順的に、そこから私の家が最も近かったため、まずは私の家へ向かう。

 私の家の近くに着いたのは、午前四時を幾分回った頃だった。

「今日は声をかけてくれてありがとう、久しぶりで楽しかった。帰り道、気をつけてね」

 助手席から降りた私は二人に向かってそう言葉をかけた。助手席が空いたため、後部座席のハルちゃんも私と一緒に降り、助手席へと移る。

「こちらこそー! 急な呼び出しやのに来てくれてありがとう。また誘うわ!」

「また遊ぼな。おやすみー」

 カナカナとハルちゃんは最後まで元気良かった。

「あ、そうそう。念のため、二人とも家に着いたらメールください。疲れてるだろうし。念のため、ね」

 そう言った私に二人とも「心配性なやー」と言いつつ、颯爽と去っていった。

 風と共に去りぬ、などと心の中で呟きつつ、私は家の中に入った。


 あの二人に隠していたこと。

 あの霧の中で車外に出た私のすぐ右側に、人間大の黒い靄のようなモノが二体立っていた。突然のことだったため危うく声を上げそうになるのを何とか堪え、私は振り返り車内の二人に「外に出ないように」と声をかけた。

 黒い靄は、かろうじて人間の形をしていたが、目や口などの顔のパーツは何一つなかった。その存在に気づき視界の端で捉えはしたが、そちらに目を向けることができなかった。嫌悪感はなかったが、かといって反応してしまうと面倒くさいことになりそうな予感がしたのだ。

 ヤツらは、目を瞑り深く煙草を吸う私の顔をじっと覗き込んでいるようだった。目は無いはずなのに、突き刺さるような視線を感じた。そして、すぐに視線を感じなくなったため目を開けると、その二体は車内を覗き込んでいるようだった。

 私が車の前に回って煙草を吸っていると、ヤツらはじきに居なくなった。それに呼応するように、霧も晴れていった。

 霧が晴れて車を発進させてからも、私はカナカナとハルちゃんに悟られないように注意しながら、緊張を保っていた。コンビニエンスストアに着いたときに車や周囲を確認してみたが、ヤツらの気配や痕跡のようなものは何も感じられなかったため、そこでようやく私は気を緩めたのだ。

 --おそらく、単純に興味本位で近づいてきただけなんだろうな。

 シャワーを浴びて部屋着に着替え、珈琲を飲みつつ煙草を吸いながら、そんなことを考えた。

 襲ってくる眠気に何とか耐え忍んでいると、午前五時半頃、カナカナとハルちゃんから同時にメールが届いた。内容に目を通すと、二人ともカナカナの家に着き、そのままハルちゃんはカナカナの家で寝ていくことにしたようだ。

 二人の無事を確認し、「お疲れ様でした」と返信して私は眠りに就いた。

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