嘘
ムードメーカー、人気者、欲張り、口下手、恋愛好き、歌が上手い、弄られキャラ、挙動が猿に似ている、そして何より、怖がり。
私が加山に対して抱くイメージ、私の目から見た加山はこのような人物である。この単語群が、加山という存在をどこまで正確に表せているのか疑問だが、さりとて全くの間違いというわけでもないだろう。
私が加山と知り合ったのは、大学に入学してすぐのことだった。
加山は身長も高く、やや色黒で髪を染めており、第一印象は厳ついイメージであった。しかし、話してみると、とても明るく社交的で、どこか人を惹きつける雰囲気をまとっていた。彼は友人が多く、また様々な部活やサークルをかけ持ちし、とても行動的であった。
二年生の後期には、私と加山が所属するサークルにおいて、彼が会長を務め、私が副会長を務めた。
◇ ◇ ◇
三年生の十一月、そろそろ次の代へ役職の引き継ぎを行おうという時期のこと、大学祭の打ち上げと称して、大学構内で飲み会を行うことになった。我々のサークルの幹部が集まり、大学のセミナー室に酒とお菓子を持ち込んで、簡易的な飲み会を開いたのだ。
午後八時を境にぼちぼち帰り始める人が現れ、午後九時を回った頃には九人まで減っていた。
そろそろ中締めをしようということになり、セミナー室を片付けて荷物を運び出し、帰る準備をして外に出た。しかし、その後もなかなか解散する様子はなく、大学の駐車場でだらだらと駄弁っていた。その日は十一月にしては比較的気温が高かったため、特に寒くもなかった。
「じゃあさ、酔い醒ましも兼ねて、ちょっと散歩しない?」
そう言い出したのは加山だった。特にやることも無かったため、残りのメンバーもそれに同意した。
「実はさ、テニスコート裏の林にさ、幽霊が出るって噂があるんだよね」
普段は怖がりの加山が、珍しくそんなことを言い出した。普段ならこのような話を私が振ると、一にも二にも怖がって嫌悪の感情を露わにする彼が、自ら率先して肝試しじみたことを提案したのだ。
以前、曰く付きの廃ホテルに、私と加山を含む男四人で真昼間に出かけたことがある。ホテルの中を探索してみようという提案に対して、加山は頑なにその提案の受け入れを拒否し、結局、彼一人が車に待機、私を含む三人でホテルの中を探索することになった。映画や小説等では、このような状況下で何か起こるとすれば、一人で待機している彼の方だろう。彼は、探索に向かう私たちに「死なないでね」と謎の要望を述べたが、むしろ死亡フラグが立っているのは彼の方ではないかと私は考えていた。結局、私たちの身にも彼の身にも何も起きなかったが。
加山の提案に対して、無論その場にいた女子が非難の声を上げるが、それはただのポーズだった。結局、その場にいた全員が彼の提案に乗り、結果、私たちは午後十時過ぎに季節外れの肝試しへと向かうことになった。
目的地は大学のすぐ裏手側にあるため、ゆっくり歩いても十分ほどで到着する。その道中で、加山は噂の幽霊についての要点を話してくれた。
二、三年前に大学のテニスコートの裏にある林の中で、男性の焼死体が見つかったこと。それ以降、夜になるとその男性の幽霊が目撃されるようになったこと。この話は、噂などではなく本当であること。
その話を聞いた女子陣は、口々にキャーキャー騒いでいた。普段は怖がりな加山は、自分より怖がる存在がいるためか、もしくは人数が多いせいか、とても楽しそうにしていた。
先頭を加山と加山の友人が並んで歩いており、それに続くように他の者が、二人ないし三人でペアを組んでいるかのように小グループを形成しながら、彼らの後について行った。一方の私は、最後尾を一人で歩き、後ろから皆の様子を観察していた。
ふと気がつくと、先頭を歩く加山たち二人の姿が消えていた。皆はお喋りに夢中で、彼らの動向に気を配っていなかったようだ。
「あれ? 加山先輩たちがいない……?」
「どこ行った?」
「先行ったんじゃない?」
急に先導者を失った残りの者たちは、多少戸惑い、その歩みを止めた。このまま帰ってしまおうかという案も出たが、彼らが先に行っているだけかもしれないので、とりあえず先に進もうという話でまとまる。
幸い、一本道なので迷う心配は無い。しかし、誰も先頭を歩きたがらなかった。皆が皆、一歩踏み出すのを躊躇していた。
「○○先輩、先頭歩いて下さいよ」
白羽の矢が立ったのは、最後尾にいた私だった。今この場で、躊躇なく先頭を歩けるのは私であると皆が判断したんだろう。「別に、いいけど」と短く返事をした私は、先頭に立って歩き出した。
歩きだして十メートルほど進むと――。
「わああああ!」
脇の茂みから突然、先ほど消えた二人が叫びながら飛び出してきた。
「きゃあああ!」
「――!」
「………………」
その二人に対して、ある者は――特に女子は――悲鳴を上げ、ある者はびくりと体を震わせ息を飲み、ある者はやや冷めた目でその二人を眺めていた。……冷めた目で眺めていたのは、私である。
「道はこれで合ってるの?」
私は加山に対して、分かりきっている質問をあえてした。
「ちょっと○ちゃん、少しは怖がってよ!」
「そうだよ、折角隠れてたのに」
笑顔で不満をぶつけてくる加山とその友人につられて、私もちょっと笑った。他の者は彼らに対して、「もう! やめて下さいよ、本当に!」等々、口々に文句を言っていたが、どことなく楽しそうな声色だった。全員、場の雰囲気を楽しんでいるようだ。
そこから、目的地は目前だった。再び加山が先頭に立って歩き始め、他の者もそれに続いた。
「うわあああ!」
突然、加山は小さく悲鳴を上げ、隣を歩いていた友人に抱きついた。一瞬、その場全体が静まり返った。
「ちょっと何? どうした?」
抱きつかれた加山の友人が、当然ともいうべき質問をぶつける。
「い……今、今、あそこに人の顔見えた!」
すぐ先にひっそりと広がる林の方向を指さしながら、加山は言った。他の者はすぐさま彼の指差す方向を確認したが、「何もいない」と口々に言う。
「いや、でも、本当に見えたんだって! 多分男の人が……」
加山はなおも力説を続けた。だんだんと場は静まり、ある者は引きつり、ある者は畏怖の表情を浮かべ、またある者は彼の話に半信半疑といった様子だった。重い空気があたりに立ち込める。
私は気づいていた。加山を、そして、彼の指差した方向を観察して。そして、彼の次にいう台詞も予想がついた。だから私は何も言わず、彼の次の言葉を待った。
「……まあ、嘘なんだけどね」
数秒の間をおいて、加山は私の予想通りの言葉を口にした。
加山は、皆を楽しませようとしたのだ。そして、その目論見は結果的には大成功だった。嘘と白状した後の皆から加山への罵詈雑言の嵐には、先輩後輩もへったくれもない凄まじいものであったが、それでも束の間の恐怖感と冒険心を皆は満喫したようだった。散歩はその後も続いたが、どの顔にも楽しそうな笑みが浮かんでいたことからもそれが伺えた。
しかし、そのときの私には、一つ思うところがあった。それについて加山に問いたかったが、そのとき彼は後輩の女子と楽しそうに喋っていた。もう少しタイミングを見た方がよさそうだった。
散歩も終盤に差しかかり、そろそろ出発地点である大学の駐車場に着くという頃になって、会長という立場ゆえの気遣いからか、その場のいろいろな人と会話をしようとしていた加山がやっと一人になった。その機を逃さぬよう、私は足早に彼の隣に並んだ。
「ねえ、加山さん。ちょっと聞きたいことあるんだけど、いい?」
私と加山は同期であるが、普段、私は彼を呼ぶときはさん付けして呼んでいる。
「お、○ちゃん。何?」
私は意識的に声を潜め、トーンを落として話しかける。
「あのさ、さっき林のところで、男の人の顔が見えたって言ってたじゃん?」
「うん」
「あれって、嘘なの?」
「え?」
私の疑問符に、疑問符で彼は返してきた。
「いや、あれは嘘だよ、嘘。俺は霊感ないし、皆を怖がらせようと思ってやっただけだから」
何を今更といった感じで、笑顔で彼は答えた。
「ふーん、そっか……」
「……? 何、どうしたの?」
加山の問いに私は、歯切れ悪く、これを彼に対して言おうかどうか迷っているという素振りをした。加山の表情に若干不安の色が浮かんでいるのを確認しつつ、先を続けた。
「実はさ、俺も見えた気がしたんだよね」
「何が?」
「多分、女の人……の霊」
「……え?」
「丁度、あのとき加山さんが指差したところにさ、見えたんだよね」
「……マジで?」
驚愕の顔で、一言だけ加山は呟いた。私は、大丈夫かなと思いながらも、さらに先を続けた。
「だから俺、てっきり加山さんも見えてんのかと思ってさ。皆を怖がらせないようにわざと嘘だってことにしたのかなと」
私が話を続けても、もう加山は無言だった。焦りの色が滲んでいる。
「本当に、あれは嘘だったの?」
「いや……、嘘、だけど……」
語尾が弱々しい様子からしても、加山が恐怖しているのは明白だった。先ほどとは立場が逆転し、今度は加山が驚き恐怖する番となっていた。
「あ、ごめんね、変なこと聞いて。気にしないで。俺の勘違いかもしれないし」
「どうしよう、俺、今日寝れないかも……」
「え、ごめん。大丈夫?」
加山の呟きは真に迫っていた。このままだと本当に徹夜してしまいそうだ。
ここらが潮時、これ以上この話は続けない方がいいと判断した私は、その話を終わらせることにした。
「……まあ、嘘なんだけどね」
私の言葉を聞いた加山の顔が、再び驚きの表情で満ちていった。その彼に、私はアドバイスを送った。
「本気にした? やっぱり、嘘つくならこれくらいの演技はしないと。加山さんの嘘はわかりやすすぎるよ。そんなんじゃ、皆は騙せても俺は騙せない」