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ビデオテープ

「暇。何か面白い話して」

 某ファミリーレストランの店内、四人掛けの席の向かいに座る石川(いしかわ)先輩に、私はそう言い放った。

 その日は、その年の三月に大学院を卒業した一つ上の石川先輩が、卒業後初めて大学の研究室に顔を出しに来た日で、夕方になって晩御飯を食べに行こうということになり、石川先輩と私、私の同期で現修士二年生の方西(かたにし)の三人で最寄りのファミレスに来ていた。

 すでに食事も一段落し、雑談とも呼べぬような戯言をぐだぐだと喋り続けていた。そしてファミリーレストランに来てから二時間が経過したあたりで、私は急に何の前触れもなく石川先輩に無茶振りをしたのだ。

「えっ、ちょっと待って」

「出たよ、○ちゃんの無茶振り」

 石川先輩は狼狽しながらも必死に面白いエピソードを思い起こし、方西は先輩に高圧的な態度をとる私と、無茶振りされて困惑する石川先輩を交互に見てほくそ笑んでいた。

「珈琲入れてくるから、戻ってくるまでに考えとけよ」

 先輩に対しての物言いとしてはありえない台詞(せりふ)を吐き捨て、私は席を立った。ドリンクバーのエスプレッソ珈琲をカップに注ぎ入れて席に戻ると、石川先輩は「よし、これで行こう」とぼそりと呟いてから、向かいの私と隣の方西を交互に見た。

「話できた? じゃあどうぞ。あ、そうそう、つまんなかったら引っ叩くから」

 私の理不尽な発言に石川先輩は驚愕し、方西は「ユキ頑張れ」と笑いながら石川先輩を応援していた。ちなみに、ユキとは石川有紀(ゆうき)という彼の名前から(もじ)ったあだ名である。

「えっとね、これは俺の前のバイト先の女の子の友達の話なんだけど……」

 そう前置きをして石川先輩は話し始めた。

「その子を仮にAとするとね、Aはアパートで独り暮らししてたんだよ。ある日、Aが家に帰ったらポストの中に一本のビデオテープがあったらしくて」

 そこまで聞いて、すかさず私は石川先輩の話に割って入った。

「その話、知ってる」

「それで……え?」

「それ、有名な都市伝説じゃん」

「え、マジで? 俺、バイト先の子に実際にあった話だって聞いたけど」

「たぶん嘘だよ。その話、ネットで読んだもん」

「……じゃあいいや」

 そのまま石川先輩は話を止めようとしたので、すかさず私と方西は話の続きを促した。

「ちょ、途中で止めんなやハゲ」

「○ちゃんが知ってても俺は知らないんだから、とりあえず話せよ!」

「嫌だよ! だって、○ちゃん絶対俺のことビンタするでしょ、この話続けたら!」

「それは分からんよ。俺は、つまらなかったら引っ叩くって言っただけだから」

「そうだよ。ユキがこれからその話を面白くすればいいんだって」

「無理無理! 百パー殴られるわ!」

 しばし口論が続いたが、結局、石川先輩は話を続けることになった。

「Aはそのビデオに覚えが無くて、何だろうって気になったんだけど、Aの家にはビデオデッキが無いから中身が観れなかったし、一人で観るのも何か怖かったんだって。で、結局、ビデオデッキ持ってる友達の家に行って観ることになったの。その子をじゃあBとするね。Bの家に行ったらそこにはたまたま友人のCも来てて、三人でビデオを観ることにしたんだって」

 石川先輩は、途中途中「えっと」「んー」等、言葉のクッションを挟みながら話を進めた。私と方西は、ところどころで相槌を打ちながら静かに話を聞いていた。

「で、いざビデオを再生したら、半裸のおっさんがどっかの部屋の中でひたっすら踊ってたんだって。Bは『何これ、意味分かんない』って言いながら大笑いしてたんだけど、ふとAを見たら、Aが真っ青になって泣いてたらしいんだよ。だから、Aに『どうしたの?』って聞いたら……」

 そこで、石川先輩は一拍おいた。方西はやや興味深そうに聞いていたが、その話のオチを知っている私は、こいつは相変わらず話し方が下手だなと考えていた。

「Aは泣きながら、『これ……私の部屋……』って言ったんだって」

 話し終った石川先輩は、恐る恐るといった様子で、私の顔色を窺ってきた。

 私は無表情で無言。それに合わせるように、方西も無表情に無言を携え、石川先輩を見つめていた。その圧迫感を必死で打ち消そうと、石川先輩は言葉を発した。

「ねえ……ねえ、何か言ってよお。ねえにっしー、ねえ」

 石川先輩は、笑いを誘おうとあえて気持ち悪い声色で隣の方西に喋りかける。それに耐え切れず、方西は吹き出した。私は、その誘い笑いを必死で噛み殺しながら、無表情を崩さずに石川先輩に問いかけた。

「それで?」

「……え?」

「それで、どうなったの? オチは?」

「え、いや、今ので終わり……」

 歯切れ悪く言う石川先輩に対して、方西も私に便乗して攻め立てた。

「それで終わりじゃないでしょ? まだ続きあるんでしょ?」

 私もさらに便乗する。

「それで終わりって、本気で言ってんの? 何、俺に殴られたいんだ?」

「いや、殴られたくないです! えっと、ええーっと……」

 一度完結した話の続きを無理矢理考える石川先輩を、私と方西はにやにやしながら見つめる。十秒ほど考え、石川先輩は口を開いた。

「それで、Bが『マジで?』って驚いて、思わずCの方を振り向いたら、Cも顔面蒼白になってたのね。Cも怖がってるんだと思って、Cに『大丈夫?』って聞いたら……」

 またしても一拍の間を置き、今度は、勝負を仕掛けるような気合の入った表情をする石川先輩。さながら、戦場に赴く戦士の顔である。

「Cはこう言ったの。『これ……私のお父さん……』って」

 私も方西も、そのようなオチが来るとは予想していたかったので思わず失笑してしまった。そんな私たちの様子を見て、やりきったと言わんばかりの満面の得意面を浮かべる石川先輩。その表情が気に食わなかった私は、面白かったにもかかわらず、静かに右手を持ち上げた。

 夕食時の混雑したファミリーレストラン内を、ビンタの小気味良い音が駆け抜けた。

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