嫌な感じ
佐々木聖海先輩は小柄で細身の女性だった。そして何より霊感が強かった。聖海さんと親しくなることにより、私自身も霊感を持つようになってしまうほどに。
「○ちゃんで二人目だよ。多分、相性が良いんだろうね。波長が合うんだよ」
聖海さんと親しくなった人は皆霊感を持つんですか、と質問した私に聖海さんはそう言って、少々申し訳なさそうに笑った。
確かに、聖海さんと打ち解けるのは早かったし、一緒にいて楽しいし落ち着く自分がいる。大学三年生以降、だいぶマシになったとはいえ、比較的人見知りな私がここまで早く打ち解け、しかも異性であるにもかかわらず二人きりでも緊張せず長時間一緒に居られるのはかなり珍しいことであった。それを考えれば、たしかに波長が合っていたのかもしれない。
聖海さんは月に二、三回の頻度で、夜のドライブに私を誘ってくれる。聖海さんと二人のときがほとんどだが、たまに同じ研究室で私の一学年上の石川先輩または山田先輩が加わり、三人で行くこともあった。
「今夜ドライブに行こうかと思ってるんだけど、○ちゃんも行かない?」
私が大学四年生の五月のある日、大学の研究室でその日の実験を終えた私に、毎度のことながら唐突に聖海さんがそう言ってきた。
「はい、行きます」
その頃は夜型の生活を送っていた私に断る理由など無く、快諾して家路に着いた。
日付が変わり少し経った頃、聖海さんは私の家の前に着いた。私が聖海さんの車に乗り込むと、すぐに車は出発した。
「遅くなってごめんねー」
どうやら聖海さんは少し横になったら寝落ちしてしまい、その後、風呂に入ってから来たらしい。シャンプーかリンスと思われる、よく分からないが柔らかい良い匂いが聖海さんの髪から仄かに香っていた。
「いえ、大丈夫です。それより、今日はどこに行くんですか?」
「サービスエリアに行こうかなーと」
だいたい、いつものは最寄りの某ハンバーガー店へ行くか、そのもう少し先にある山田先輩がアルバイトをしているコンビニエンスストアまで行って帰ってくるのがお決まりのパターンなのだが、今日は違った。
聖海さんの言うサービスエリアは、私の家から車で二十分ほど走ったところにある。サービスエリアといっても別に高速道路にわざわざ乗って行くわけではなく、業務員やアルバイト、一般人も入れる裏口のようなところから入って行くのである。
車を走らせて十分ほど経った。
田舎道なことと、深夜の時間帯によることが相まって、道中はかなり暗いのだが、聖海さんは慣れた様子で私と会話をしながら軽快に車を走らせる。
ある場所に差しかかったとき、それまで淀みなく続いていた会話がぴたりと止んだ。聖海さんが口を噤んだのだ。つと進行方向右手側を見ると、小さな鳥居が、ぽつんと佇む街灯に照らされておぼろげに立っているのが目についた。
サービスエリアへ行く途中の道に一軒の小さな神社があるのだが、聖海さんは何となくその神社に対して嫌悪感を抱いているようで、その神社の脇を通り抜けるときはできるだけ神社を見ないようにしていた。
サービスエリアに着くと、とりあえず施設の中に入り、私は夜食とアイスを買った。聖海さんはホット珈琲を購入していた。そしてサービスエリアに隣接している芝生の広場へと向かう。
さすがに深夜の時間帯になると人の影は見えなかった。
広場の奥には小さな丘があり、その頂上には東屋がある。東屋から見える夜の町並みや星空を見ながら、私たちは談笑していた。話の内容の大半は、研究室のことと山田先輩のことだった。
私たちの研究室では、毎年二名ずつ大学院に進学する者がいる。別にそういう決まりがあるのではなく、たまたま毎年二名進学し、研究室に在籍しているのだ。私の一つ上の代は山田先輩と石川先輩、二つ上の代は聖海さんと鈴木先輩がおり、かくいう私も、実は大学院への進学を密かに希望していた。
山田先輩と聖海さんは、今年の三月末から付き合いだしていた。
「山田ってプライベートはいい加減だからね」
「山田先輩、学校ではしっかりしてて後輩に慕われているんですけどね」
愚痴っぽく言う聖海さんの表情は、どこか嬉しそうであった。愚痴というより惚気に近いのだろうなと思うと、私は微笑ましく感じた。
深夜に、彼氏持ちの女性と二人でドライブ。
本来ならこのような行動は浮気とみなされる可能性が高い。しかし、山田先輩を含めた私たち三人は普段から仲が良く、よく行動をともにしていた。そして三人とも共通して、恋人は恋人、友達は友達と割り切って考える節があったため、私と聖海さんが夜中に二人でドライブに行くのは、山田先輩も公認の行動の一つとなっていたのだった。
二時間ほど談笑し、帰ることにした。
再び聖海さんの車に乗り込み、来るときに通った道を逆走する。
ぼーっと窓の外を見ていた私が、そろそろ例の神社が見えてくる頃だなと思ったとき、突然車が停車した。キキキッとブレーキ音が響き、慣性で体が前につんのめりそうになるが、「ごめんね」と言いながら私の胸の方へ伸ばしてきた聖海さんの腕によって止められた。車が完全に停車した後、私は佐々木先輩の方を見る。
「どうしたんですか? 猫でもいたんですか?」
「……ごめん、この道、無理だ。通りたくない」
聖海さんとドライブをしていると、時折こういうことがあった。しかし、行きは大丈夫で帰りは駄目というのは初めてだった。
「遠回りしていい?」
すでにハンドルを切り、Uターンをしている途中で聖海さんは聞いてきた。
「はい、大丈夫ですよ」
普段通らない道を走行していると、なぜか二人ともテンションが上がってしまい、そのまま適当に二時間弱のあてのないドライブを決行することとなった。
私が家に着いたとき、時計は午前五時を回ったところだった。
その後、一眠りして大学の研究室に顔を出し、日が暮れる前に家路に着いた。
午後十時を回り、何となく垂れ流しにしていたテレビのニュースを見て、私は驚愕した。テレビ画面の中には、見知った場所が映し出されていたからだ。
例の小さな神社だった。
パトカーがパトランプを明滅させ、複数の警官が立ち、立ち入り禁止のテープが張られている映像が映し出されている。
女性レポーターが、女性の死体が発見されたと口にした。
直後に画面はスタジオに戻り、アナウンサーが事件の概要を話し始める。どうやらその女性の死亡推定時刻は、深夜三時頃とのことだった。
正確に時間確認したわけではないが、聖海さんの車でその神社の脇を通ろうとしてUターンした時間も午前三時頃だったはずだ。
アナウンサーの声が遠のいて行くような感覚に囚われる中で、私は奇妙な浮遊感を感じていた。ふわふわとした私の頭の中で考えるのは、聖海さんは何を感じてその道を避けたのかということと、もし私たちが遠回りをしなければ、その女性は死なずにすんだのだろうかということだった。