窓を叩くモノ 二
私が大学四年生の五月中旬のときのこと、その日は五月にしてはかなり気温の高い日だった。
闇夜が辺りを覆う午後十一時。地方都市と大学のある町とを繋ぐ国道を、私達の乗った車が走っていた。運転手は加山、助手席に大鳥が座り、後部座席の運転席側に私が、助手席側に上岡が座っている。
私達四人は、大学のバドミントン部に所属している同期である。
今日はこの四人で、大学のある町から車で一時間弱の市街地で遊んだのだった。ボーリングをして、カラオケに行って、夕食を食べ、いざ帰ろうとなったのが午後十時半過ぎだった。
現在は山中の国道を走行中である。山中とはいっても、比較的車通りが多く、特にこの時間帯は運送業者のトラックがよく目に付く。また、この国道は、近隣のバイカー等、いわゆる走り屋と呼ばれる人たちの定番の走行コースになっており、所々にある停車スペースや食べ物屋の駐車場では、比較的若そうな者たちがバイクを止めて駄弁っている姿が目に付いた。
「こっちじゃなくて裏道使えばよかったのに」
「絶対嫌だ!」
車通りの少ない裏道の使用を提案した私に対して、運転手の加山が即座に拒否した。
◇ ◇ ◇
私たちの大学は盆地の上にあり、その近くの町に私たちは下宿している。その町と、今日遊んだ市街地とを結ぶ道は二つあり、一つが今走っている国道、もう一つが細くて街灯の少ない道、通称『裏道』である。
その裏道には幽霊が出るという噂があり、丁度一年ほど前、加山と大鳥が怖いもの見たさで噂の真偽を確かめるために、深夜に裏道をドライブしたことがあった。結果、どう考えても心霊現象としか思えない現象に遭遇し、それ以降、加山は一回も裏道を使用していないという。
ちなみに心霊現象体験後、彼らは直接早朝の私の家に転がり込んできたのだが、そのときに言った私の余計な一言で、加山は半ば本気で私にブチキレた。
「ちょっと○ちゃん! なんでそういうこと言うの! マジ止めてよ!」
「ごめんごめん」
半分本気のキレ方の割には、迫力に欠けていた。
見た目はかなり厳ついのに、普段の加山の性格やキャラクターのせいか、どこか子供が駄々をこねているように見えて、私はちょっと笑いそうになっていた。
◇ ◇ ◇
車内はバドミントンに関する話や、部活メンバーの話で盛り上がっている。特に自他共にバドミントン馬鹿を認め、同期の中でも群を抜いた実力者である上岡は、他の三人のプレー時の改善点や練習内容について熱く語っていた。バドミントン部に所属してはいるのものの、そこまで熱心でもない私は、窓を全開――といっても後部座席なので半分ほどしか開かないが――にして夜風に当たりながら、ぼーっとその話を聞いていた。
彼らの話も一区切りつき、町まで後十五分ほどというところで、私は不意に思い立って口を開いた。
「そうそう、その先のカーブの所にあるラーメン屋って、食べたことある?」
私たちの住む町と地方都市を繋ぐ国道の途中、一際大きなカーブを描く部分があり、そのカーブの頂点の位置に、一軒のラーメン屋が建っていた。私は常々そのラーメン屋が気になっていた。
『日本一不味いラーメン屋』という看板を掲げられていたからである。
ちょうどそのカーブに差しかかっていたということもあり、四人全員が向かって右手側の、そのラーメン屋の方を向いた。時間的に深夜のため、さすがに店は閉まっている。
「いや、俺は入ったこと……」
加山が応答した瞬間―――
―――バンッ!
大きな音とともに、運転する加山のすぐ横の窓ガラスに、手が叩き付けられた。走行中の車、しかも車外から。
「うおわああ!」
「うわ!」
一番驚いたのは言うまでも無く加山だった。助手席の大鳥もビクッと体を震わせたが、加山ほど大声を上げていない。
その加山たちの後ろで、私と上岡は笑い転げていた。
何故なら、窓に叩きつけられたその手は、後部座席の開いた窓から伸ばした私の手だったからである。
その後、私は加山と大鳥から「事故ったらどうするんだ!」と怒られたのは言うまでもない。