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長い一日 3

「夕べ?」と眉間にしわを寄せる父さん。

「夕べ!」と勢い込んで私が答える。「ちょっと寄ってくれたの。私が仕事でうまくいかない事があって」

「ふん?」いぶかしむ父さんだ。

「まぁほら」と母さんがよりに寄って自分がいつも座っている父さんの隣の席をすすめる。「ミノリ君がやたら気に入って食べちゃったからもうほとんど残ってないけど」

 そう言って唐揚げが入れてあった大皿を差し出すが本当に後3個しか残っていない。

「すんげぇうまいって」と言いながらそのうちの1個をまたミノリ君が箸でつまむ。

「あら」と母さんが言った。「もうミノリ君たら~、後はお兄ちゃんにあげなさい。ミノリ君にはまた今度作ってあげるからリツが」

「はぁぁい」もごもご唐揚げを口にしながら返事をするミノリ君。

それを睨むハルちゃん。「お前…」



 「ハルちゃん!」私が口を挟む。「ちょっと来て」

「なに?」

「えっと…洗面所。手を洗ってうがいしてから食べよう」

 父さんの隣に腰かけたハルちゃんの腕を掴んで無理に立たせ、洗面所に連れて行く。



 「こういう事言うのアレなんだけど…」素直に手を洗うハルちゃんに言いにくい。「夕べうちに泊まった事、父さんには言わないでいて」

「どうして?」

「どうしても!てゆうかハルちゃんがお父さんに煩く言われるよ」

「いいよ別に。それはリツを心配してお父さんが言ってるのがわかるし」

「良くない。父さんはこの間ハルちゃんが最初にうちを訪ねて来た時の印象をあんまり良く思ってないから」

「来ていきなりリツと付き合いたいって言ったから?」

まぁそうだと思うけど、と私は答える。


 ハルちゃんがため息をつく。「まぁそりゃそうだよね。でも、オレとしては早くリツのお父さんやお母さんにきちんと最初で断っといた方が良いと思ったんだよ。どうせ付き合う事になるなら。…それよりミノリ、早く帰せばいいじゃん。もういいんじゃない?いくらオレが許したって言っても」

 なんか嫌な言い方だな。どうせ付き合う事になる、とか、いくらオレが許したって言っても、とか。

「別にミノリ君とずっと二人きりでいたわけじゃないよ。…リョウさんていう従兄弟の人とキヨミさんもほぼずっと一緒だった。私ミノリ君とよりもキヨミさんと喋った方が多かったような気さえする」

「…何喋ったの?」

「別にハルちゃんの事なんかほとんど話題に上がらなかったよ」

吐き捨てるように言った私をじっとハルちゃんが見つめる。

そこでリツ~~と母さんの呼ぶ声がした。「何してんの~洗面所で二人きりで」

「何もしてない!今行くとこ!」



 「今日ハルちゃんの元カノ来てたんだって?」

テーブルに帰ると母さんが嬉しそうな顔で聞いてきた。

 ハルちゃんと私は思い切りミノリ君を睨む。

 やられた。私たちが席をはずした隙にミノリ君にまた余計な事を言われた。

父さんが憮然としている。ミノリ君とカエルの話で盛り上がっていたのがウソのようだ。

「どんな感じ?どんな感じ?」母さんが下世話に聞く。

「…すごく可愛くて感じの良い人だったよ」

「え?なになに?」母さんが上げ足をとろうとする。「それは相手を認めて褒めた方が自分の株が上がる的な感じであんた言ってんの?」

「言ってない」

「その人がまだ実家にも来てるのか?」と父さんが機嫌悪く聞く。

「塾長のおくさん…て、ハルちゃん達のおばあちゃんなんだけど、もともとその人の遠縁らしいよ」

「じゃあこれからもずっと付き合いはあるって事だな」と父さん。「そうなんだろう?」

とハルちゃんにだけ聞く。

「付き合いを止めてからは二人きりで会ったりはしていません。うちの祖母の所に来たりするし、法事とかで顔を合わせる事はありましたが二人きりで会ったことはありませんでした」

 本当かな、とちょっと思ってしまう。

 だって連絡してるのをまさにさっき見たばっかりだし…



「中村さんて呼んでるの?」ふっと口をついて出てしまった。

「ふえぇ?」

私から今そんな質問が来る事を全く予想していなかったんだろう。ハルちゃんが変な声でびっくりした顔をしている。

「あ…えと…うんまぁ」

ギャハハハ!とミノリ君が急に笑ったのでミノリ君以外が全員ビクッとした。

 嬉しそうな顔でミノリ君がハルちゃんに聞く。「オレが言っていいのかな」

「…ダメ。わかったオレが自分で言うから」

 それから言いにくそうにハルちゃんが続けた。「基本は中村さんなんだけど、目の前にいて話す時はキヨミって呼んでる」

 なんだ、やっぱ呼んでるんだ。


 それからハルちゃんは急いで父さんに弁明した。「でも本当に、実家の方にはたまに来たりもするんですけど、他の場所で二人きりで会ったりすることはなかったんです。呼んではいますけど、だいたい呼ぶ事自体はあんまりないっていうか。僕は本当にりっちゃんが好きなんで」

 父さんはふんともうんとも言わない。

 ハルちゃんが私に言う。「リツ、リツが嫌ならもう呼ばない。本当にそんなに会う事もないし」

「ううん。別に嫌じゃないよ」

「え!嫌じゃないの?それはまたそれで…」

「りっちゃん」とミノリ君が言う。「強がらなくていいんだよ。そんなの認めたら簡単に、すぐ浮気されちゃうよ」

「お前、余計な口を挟んでくるな。もう帰れよほんとに」

「いや別に私は…」と私はミノリ君に言う。「お兄ちゃんも言ってるし、明日学校あるんでしょ?今日はこのへんにしといて、またおいでよ。今度は違うもの作ってあげるから、ね?」

 「リツ!」とハルちゃんが私の名前を呼んだら父さんがムッとした声で言った。

 「付き合ってもいないのにうちの娘を呼び捨にして欲しくないなぁ。前の彼女をまだ呼び捨てで呼んでるようなやつに」

 いつもは温和な父さんが、ハルちゃんにはすごく意地悪な感じだ。


 「お父さんすみません」ハルちゃんが言った。「でも呼びたいので呼ばせて下さい。リツ、なんでそんなに態度違うの?今日だって本当はこいつとだって行かしたくなかったのに…夕べはあんなに」

「ハルちゃん!」

黙っててって言ったのに!

 「「夕べはあんなにって何?」」

父さんではなく母さんとミノリ君が嬉しそうな顔で声を合わせて聞いてくる。

 めんどくさ…

「君はな」と父さんが言い出した。『君』呼ばわりだ。「そういう感じですぐ好きだとか恥ずかしい事を口にしてリツに関係を迫っているのかもしれないけど」

「父さん!」慌てて叫ぶ私。「関係とか止めてよ、恥ずかしい」

夕べのチュウを思い出しながら言ってしまう。

「そうよ」と母さんが口を出した。「私も最初ハルちゃんの言ってる事はたいがいうさんくさいなって思ってたし、今でもまだ思ってるけど、もういいじゃない。リツの事大事だって言ってくれてんだから。リツももうこんなに言ってくれる人現れないよ?その、中村さんの事は結構気になるけど、いいじゃん別れたって言ってんだし。それが嘘でリツをすごい好きだって言ってんのも嘘だとしても、いいじゃん。嘘でもすぐ家に来て親の前でこんな風に言ってくれる人なんてもう現れないかもよ?リツが泉田先生に告って振られたのにまだ好きでも、それでも好きだって言ってくれてるんだから」

 そういうのはおあいこって言わないと思うけど。泉田先生の話を父さんの前に持ち出すな!


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