長い一日 2
父さんが洗面所に手を洗いに行ってる間に母さんとミノリ君に頼みこむ。
「昨日ハルちゃんが泊まった事は言わないで」
母さんとミノリ君が同じような感じでニタリ、と笑う。
いやマジで。
挨拶をしたミノリ君に父さんが感嘆している。「でかくなったね~~お兄さんよりでかいんじゃないか?」
ミノリ君がよそ行きの顔で笑って見せる。
「お兄さんの方もうちに来たけど、なんかリツに変な事ばっかり言ってたな」
にがにがしく父さんが言った。
「あ~すみません。うちの兄貴はほんと変な事ばっか言ってますから」
「…」本気でムッとする父さん。
そして意外にカエルの話で盛り上がる父さんとミノリ君。異常にビイに興味を持つ父さんだ。
二人して最後のあたりは文系の私には理解不可能な生物学的な専門用語を駆使しての話で盛り上がり、私と母さんは居間でテレビを見始めた。
そして本気でそろそろミノリ君にも帰ってもらおうかというところでドアチャイムが鳴る。
嫌だ、と思う。
母さんが言った。「このチャイム、ハルちゃんが鳴らしてるのに5千円賭けるけど、あんたのらない?」
私は無言で首を振り、自ら玄関へドアを開けに行った。
当然来たのはハルちゃんだ。私だってそう思っていた。賭けなんて成立しない。
ドアを開けた私を見るなり、「ただいま」と気持ちの悪い事を言った機嫌の悪いハルちゃんが玄関の靴を見る。「何でまだ一緒?あいつのバイクのせいでオレの車、止めにくいんだけど。ちょっとミノリ呼んできて。帰らせるから」
「でも今ご飯食べてる」
「ご飯食べてる!オレはご飯食べてないのに!」
仕方ないな。「…ハルちゃんもご飯食べてく?」
「もちろん食べるけど、なんでまだ一緒?」
「ご飯一緒に作ってくれて今父さんとカエルの話で盛り上がってる」
ちっ、とハルちゃんが大きく舌打ちする。
「あいつから写メ来たから」
「唐揚げの?」
だから食べに来たって事?
ポケットから出したスマホを操作して見せられる。
キヨミさんと私だ。キヨミさんがムッとして私を見ていて、私がちょっと引いた顔をしている写真。
これはキイが私の足元でゴロゴロし始めて、それを見たキヨミさんになじられている所だ。
こんな写真いつ撮ったんだろう。全然気が付かなかった。
もう一つは動画だ。エプロンを付けた私が「私の唐揚げメチャクチャうまいよ」と言いながら鶏肉を切っているところ。ほぼ後ろ姿で、帰ってきてから着替えた短パン姿のお尻の辺りを重点的に撮っている。
…バカだなミノリ君。
そして撮られてんの全く気付かないなんてどんだけ気が抜けてんだ私。
「そいで」とハルちゃんが言う。「ミノリから留守電入ってて、『キヨミちゃんと会ってショックを受けたりっちゃんに、家でご飯をごちそうになる事になりました。今二人きりです。りっちゃんは2階に行ってます。…オレも行ってこよっと』って」
…悪意があるな。
「リツはさ、すぐこんな事になるじゃん」
「なってないなってない」
「今日はミノリを泊めるの?」
「泊めないよ!ミノリ君はハルちゃんと違ってちゃんと帰るよ。だいたい今日はミノリ君と一緒にいる事を最後には納得したよね?それにそれは、…」
と、写真と動画の言い訳をしようとしたらまだ見せられる。まだあるのか。
「これは中村さんが送ってくれたやつ」
「中村さん?」誰だそれ。
「…オレが前付き合ってた…」
「キヨミさんの事!?」
「まぁ…いいから見て!」
やっぱりキヨミさんと連絡取り合ってんだ!
キヨミさんから来たという写メは私とミノリ君がペッタリくっついてビニルプールを覗き込んでいるところ。…こんなにくっついた瞬間あったのかな…。そして芝生の上に腰をおろしている後ろ姿の私のすぐ横で、これまた後ろ姿のミノリ君が身をよじって私のお腹のあたりに顔を持っていっているように見える写真。
これは腰をおろしてビスケットを食べていた時に、キイが私の膝に乗って来た時の写真だ。私の膝の上のキイをミノリ君が近くで覗き込んでいるだけ。
そして動画もあった。キヨミさん…ひどいな。悪意を感じる。
動画は、私に「じっとしてて」と言いながらミノリ君が近付いて肩を掴む所。
これはビイと水草がたっぷり入ったビニルプールの水が私の顔に撥ねたのをミノリ君が拭いてくれようとしている所だ。
キヨミさんうまいな~~。感心してる場合じゃないかもしれないけれど、なかなかこんな怪しい場面ばかりよく撮れたものだ。しかも私に気付かれなく。
私が抜け過ぎてるんだろうけど。
「中村さんからもメッセージが入ってて、『りっちゃんは可愛かったです。でもキイがりっちゃんにえらい懐いていたのですごくムカつきました。それでこれを送ります』って。しかも『なんかミノリ君との方がお似合いかもよ?』て言ってケラケラ笑ってた」
…それはもしかしたらキイの事だけじゃなくて、キヨミさんはやっぱりハルちゃんの事がまだ好きなのかも…
「リツ」ハルちゃんが言いにくそうに言った。「何か…その…中村さんに言われた?」
言われたけど、嫌な事や意地悪は言われてない。ハルちゃんが聞いてるのはそういう意味の事でしょう?
キイに懐かれた私に嫉妬してるところなんて嫌な事を言った所で逆に可愛く思えたし。
「ううん」と私は静かに答える。「写真で見たよりずっと可愛い人だった」
ハルちゃんが小首をかしげたので続ける。
「お世辞じゃないよ!私嫌な人だったらちゃんとそう言うし」
ハルちゃんとせっかくお似合いな感じな人なのに…もったいないよね~私が男だったらあんな可愛い人1回捕まえたらもう絶対離さないけど。
「うん。なら良かった」とハルちゃんが言う。「オレは…リツが好きだよ」
ぶわわぁぁっと顔が赤くなるのがわかった。
よく言うよね~~あんな元カノいるのに。
そしてハルちゃんは靴を脱ぎ、本当に自分のうちに帰って来たように私より先に居間に向かう。
「こんばんは!」
明るく父さんに挨拶したハルちゃんだが、父さんは一瞬苦い顔でハルちゃんを見て「いらっしゃい」も言わない。
そして意外な事にハルちゃんがそれに動揺した。慌てて「すみません」と言ったのだ。ハルちゃんでも動揺するんだな…
ハルちゃんが続ける。「夕べはいらっしゃらない時に勝手にお邪魔して…」
まさか!「ハルちゃん!!」慌ててそれ以上喋るのを止めた。
ミノリ君と母さんがちょっと面白そうな顔をしたのが横目に見えたが、今は取りあえずハルちゃんに余計な事を言わせないようにしないと。




