許すところと許さないところ 3
それで塾長の庭の4隅の3か所に、長靴を履き軍手をはめてスタンバイした私たちは後の1か所に向かって、せぇのぉ、で、残ったもう1か所に向かってどこにいるかわからないビイを追い込むのだ。
実際の庭は月曜日に来て玄関や家の中から見た感じより奥行きが広かったし、端の方はたぶんガーデニングの一部なのだろうけれど蔦やカズラが絡み合い、足元の植物も結構、うちの庭の草花に比べたら丈があった。長靴を貸してもらって良かった…けど、草や石の蔭からひょっこりビイが出て来るのもちょっと気持ち悪いかも…
せぇのぉで、細い竹の棒で草の間や無造作に置かれた石の上を叩いたり撫でたりしながら私たちは4隅の一か所に向かって少しずつ進む。
「リツぅ~~」とハルちゃんが呼ぶ。「大丈夫?」
「…大丈夫」
「リツが殴ったわき腹が痛い~」
「…」
ビイを急に見つけるのも嫌だけど、踏んだりしたらもっと嫌だな。
「りっちゃん~」と今度はミノリ君に呼ばれる。「石の裏とかも見てよ~。ビイは体液放出して、ちっちゃくなって石の下に潜り込んでるかもしれないから」
嫌だなソレ。…それって絶対普通のカエルじゃないでしょ?
どこをどう隠れていたのかわからないが、2度同じ捜索を繰り返しても見つからなかったのに、3度目に観賞用の唐辛子が植えてある花壇の下の石の蔭にうずくまっているビイを私が見つけた。
やっぱ気持ち悪…。心なしかビイは、半目の上目遣いで「何で見つけたんだ」とでも言いたげな顔をしていて、ちょっと面白かったけど。
良かった良かったと喜んだミノリ君が、ビイを抱えて斜めにしたり、仰向けにしたり、縦抱きにしたりしたりして変わった事がないかビイの体中をあらゆる角度から確かめる。
「お前すげぇわやっぱ」とハルちゃんがそれを嫌そうに見ながら言った。「オレは軍手はめててもそこまで触れねぇ」
ハルちゃんのその感想には答えずにミノリ君は私に聞いた。「りっちゃんはこんな兄ちゃんのどこがいいの?やっぱ見た目?」
「…」
「わかんないの?わかんないのに兄ちゃんの事どんどん受け入れてるね」
「お前は余計な事言わなくていいよ」とハルちゃんが言う。
「兄ちゃんこそ、さっさと仕事に行く準備したら」
「わかった。リツ帰ろ。オレが仕事行く前に一緒に昼飯食お」
「りっちゃんは帰んないって」とミノリ君が言う。「ねぇ?りっちゃん」
ん~~と私は思う。取りあえずビイを水槽に戻さないといけないだろう。もう逃げ出さないようにしておかないと。
「今度リョウちゃん、うちに来るって」とミノリ君がハルちゃんに言っている。
『リョウちゃん』というのはおそらく、助教授をやっている従兄弟の事だ。
「へ~」とハルちゃんが気のない返事をする。
「リョウちゃんと一緒にキヨミさんも来るんだって」
「…へ~」
「りっちゃん?今兄ちゃん、気のない返事をしてみせたけど、キヨミさんていうのはこの間写真見せた、兄ちゃんのあの可愛い元カノの事だから」
…そうなんだ…キヨミさんて名前か。私は写真の彼女の素晴らしい笑顔を思い出す。見る人を幸せにする可愛い笑顔だった。
ていうか、『リョウちゃん』が従兄弟でその従兄弟と一緒にここに来るって、キヨミさんはまだハルちゃんと充分関係してるという事?
「りっちゃん?」ミノリ君が嬉しそうな顔で私を覗き込む。
そのミノリ君に抱っこされたビイはまだ仏頂面のままだ。
「気になるよね~~りっちゃん。写真見た時も気にしてたもんね~~」
気になるよ。確かに聞いたとたん、胸がぎゅっとした。でも気にしたくはないし、気にするのがそもそも間違ってるような気がする。
「気になるよね」確かめるようにもう一度ミノリ君が言う。「他の人の事好きだったのにさ、ぐいぐい言い寄ってこられてさ、その気になったところへまだ元カノと繋がってるなんて、ね~?」
いや、まったくその通り。泉田先生がマキちゃんを好きな事も黙ってたしね。
「繋がってない」とハルちゃんが言う。「いや、繋がってないわけじゃないけど、そういう繋がりじゃない。だいたいオレんとこじゃなくてばあちゃんとこへ来るんだろ?リツが誤解するように言うの止めとけって。…リツ、気になるの?」
気になるよ!そういう繋がりってどんな繋がり?でも今『気になるの?』のところで嬉しそうな顔したから絶対気になるなんて言わない。そしてこれから本当にもうハルちゃんの事なんて気にならない感じでいく。
…それはなぜかというと充分気になっているからなんだろう。
「ホームセンター行こう」と私はミノリ君に言った。
「へ?」といきなりな誘いにミノリ君は変な顔をする。
「水槽の上の方をきちんと固定する道具買いに行こう」
「あ…うん…そうか、そうだよね、ありがとう」
「じゃあハルちゃん、また明日ね」そう言う私は微妙にハルちゃんから目を反らしてしまう。
「リツ、約束したからって無理にミノリと付き合う事ないんだって」
「無理じゃないよ。そんなんじゃなくて、普通に約束だから」
「なんかムキになって可愛いね」
可愛いね、と言う割にハルちゃんは、意地悪な顔で私を見ている。意固地だなって思っているんだろう。でもしょうがない。私は意固地だし、ネガティブだし、貧乳だし人見知りだし…。なおそうと思ってもなかなか治らないんだって!
「ホームセンター行った後、ここでミノリと二人きりになるわけ?」
「大丈夫だって兄ちゃん」ミノリ君が答える。「兄ちゃんに対抗して兄ちゃんみたいなコスい感じでりっちゃんにチュウしたりとか、オレはそんな風にチャラくはないから」
言い返すかと思ったら意外に考え込むハルちゃんだ。
「ねぇリツ…まだだった?」とハルちゃんは聞いた。
「…何が?」
「まだ早かった?いや再会してから日数的にチュウまで持ち込むのが早かったんじゃないかな~とは思うよ。そういうオレらみたいなパターンのカップルの平均的なチュウまでにかかる日数とかわかんないけど」
「あれ?りっちゃん」とミノリ君が言う。「兄ちゃんが今すげぇ恥ずかしい事言い出してるけど。しかも自分たちの事カップルだって…超ハズい。超ハズダセぇ」
いや、超ダサいの前に飲み会の帰りにもされてるからね!
「んん…」とハルちゃんが唸る。「そうだな…。じゃあ1万円やる」
ハルちゃんがジーンズのポケットから財布を取り出して中から1万円札を出すとミノリ君に渡した。
眉間にしわを寄せる私とミノリ君だ。
「今日のお前とリツのデート代」とハルちゃんが説明する。「どうやっても行くって言うんならしょうがねぇなって事だよ。オレが出してやるから」
急にどうしたんだ?
「すげぇな…りっちゃん、すごいね」ミノリ君は私に話を振る。「1回のチュウくらいで、もうオレの女的な扱いされてるけど大丈夫?」
言いながらもそのハルちゃんが差し出した1万円を受け取り4つに畳んでポケットにしまい込むミノリ君。
…受け取るんだ!!
「許す」とハルちゃんがミノリ君に言った。「リツとデートするのを許す」
そして私にも言った。「『ねえちゃん』て呼ばす約束絶対守ってよね?」
「りっちゃん…マジでだっせぇよな、」ミノリ君はハルちゃんを指さして言う。「この人」
「じゃあ返せ1万円」
「いや、1回もらったもんはオレのもんでしょ」
「でも…」と私が何をどう言っていいかもわからないまま口を開くと、ミノリ君はそんな私にニッコリとほほ笑んで言った。
「行ってもいいってさ、りっちゃん。なんかこの人さ」とハルちゃんの事を言う。「懐の大きな所を見せたくなったんじゃないの?」
「いや」とハルちゃんが言う。「別にそういうわけじゃねぇって。だってお前、これからもずっとオレらの弟だし」
「きゃ~~~~~」とミノリ君が最高にバカにした声でハルちゃんを笑う。「オレら、だって!ほんと大丈夫?りっちゃん」
「まだ泉田先生の事は好きみたいだけど」ハルちゃんがまた余計な事を言う。「お前は入ってくる隙無いからな」




