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許すところと許さないところ 2

 「ハルちゃん~~」階下から母さんの声がする。「ご飯食べてよ~~リツも~~。朝からいちゃいちゃしちゃダメよ~~」

「ホラ、お母さんにも呼ばれた」とハルちゃんが笑いながら言う。「あ~~今日オレも休みてぇ~~。ミノリは何て言ってた?今日行けないって連絡したよね?」

私は返事をせずに先に階段を下りた。



 私たちは母さんが用意してくれた朝ごはんを食べる。ご飯とみそ汁、豆腐に目玉焼き…「ありがとうございます。オレの分まで」とハルちゃんが言う。

「リツ、今夜ポテトサラダ食べたい」と母さんが言うので「わかった」と私は無表情に答える。

「あ!」とハルちゃんが大きな声を出した。「もしかして今日、リツ休みだからリツがご飯作るの?うわ、食べたいな!今夜も来ていい?」

「ダメだよ。今日はミノリ君と出かけるから」

「はぁ?断ったんじゃないの?」

「断ってない」


 「お母さん」とハルちゃんが母さんを呼ぶ。「お母さん、夕べオレたち進展して、オレとしてはほぼ付き合ってるみたいな感じになったのに、リツがミノリとデートに行こうとしてます!」

「あぁ…そう…なの?」母さんがあやふやに答える。「でも、それを止めに来たんでしょハルちゃん。それにうちの夜ごはんはほぼリツが作ってるから、いつでもおいでよ。リツはね、仕事の時も行く前に夜ごはんの仕込みをしてってくれるのよ。私も仕事があるから」

 いつでもおいでよ、とか簡単に言わないでよ母さん。

「すげぇじゃんリツ。オレ毎日食べに来たい」

 さっきもそう言ったけどダメだから。



「それで進展て?」と母さんが箸を止めて聞く。

聞くと思った。母さんなら聞く。

 ハルちゃんが「え?言うの?」みたいな顔で嬉しそうに私を見て来るけれど、言っていいわけないじゃん。

「でもさ、リツ、前の日には泉田先生に告白出来て泣いてまでいたらしいのにねぇ?」

わざとらしいため息をつく母さん。泣いた事まで知ってんの!?私話したっけ?

 

 そして開き直る母さんだ。「でもいいんじゃないの?いろんな人と付き合ったり関わったりした方が。あんまり人と広く接しないから、前の彼氏の時みたいなやたら落ち込むだけみたいな事にならなくてもいいんじゃないの?お母さん、あの人よりはハルちゃんが断然いいと思うけど」

「お母さん…」非難するようにハルちゃんが言う。「ありがたいっちゃあありがたい言葉ですけど、なんか普通に喜べないな…」

「だからさ」と母さんが言う。「今日は取りあえずミノリ君とどっか行ったらいいんだって。ハルちゃん仕事だし」

「お母さん!」

 ハルちゃんが私の母さんを『お母さん』と呼ぶのを、あ~むかしは『おばちゃん』て呼んでたのに、と今さら思う。

 ハルちゃんが力説する。「リツはネガティブな分、流されやすいんですって。オレとだってすぐチュ…」

「うるさい!」

 …なんだろう。なんで私が嫌な顔をすると、母さんもハルちゃんもぱぁっとうれしそうな顔をするんだろう。



 タイミング良く電話だ。

 そして電話に出たのは私でも母さんでもなくハルちゃん。なぜ他人が一番に電話を取る。父さんだったたどうするつもりなんだ。

 でも絶対に相手はミノリ君だ。

「うんうん」とハルちゃんが返事をする。途中、「マジで?」とか「うるさい」とか「黙れ」とか「じゃあ仕方ねぇけど」とかそういう言葉が聞こえて来て、もちろん私はとても気になる。




 うちの電話に勝手に出た事を、さっそく私が非難しようとするのをハルちゃんが遮った。

「ビイが逃げたんだって。悪いけど一緒に探してやって。オレも昼まで一緒に探す」




 …私たちは今塾長の家の庭にいる。

 夕べハルちゃんは歩いてうちに来たから、母さんが私たちを駅まで送ってくれて駅から歩いてここまで来たのだ。

 まさか1週間のうちに2回も塾長の家を訪問する事になるとは。


 門柱の前でミノリ君が待っていた。

「遅いな」と私たちを見るなり言う。「たらたら歩いて来ないでよ」

「昨日のうちに撒いたんだな」とミノリ君の非難は無視して確認するようにハルちゃんが聞いた。

「撒いた撒いた」と答えるミノリ君。

「何を撒いたの?」当然私は聞いた。

「りっちゃんそこ踏まないで!薄いピンク色になってるとこ」

ビクッとして後ずさる。

 塾長の自宅の敷地と、その前の私道のような先細りの道の境界にはずっと、うっすらとピンク色の粉のようなもが振ってあった。学校の体育の時に線を引く石灰の粉のような、そのピンクバージョンだ。

左右を見回すと塀の外側にも沿うように、うっすらとピンク色の粉。

「これ、ビイを閉じ込めておく結界だから」とミノリ君が私に説明した。

 結界?


 「お前そんなファンタジックな説明すんな」ハルちゃんが言って私に説明しなおす。

「これはカエルが嫌がる成分が入ってる粉なんだよ」

 聞くと、大学の時にハルちゃんも、行っていた大学の助教授でもあった従兄弟と一緒に研究していたらしい。そしてその先生は今はミノリ君が行っている大学に移って研究を続けているらしくて、ミノリ君が今その従兄弟のゼミに入っていて…という話。

 ピンクの粉は天然記念物とか希少品種のカエルを、ある一定の区域に閉じ込めておくために開発されつつあるらしい。

 毒入ってんのかな。ビイも毒ガエルっぽい見た目だし。

 ハルちゃんもカエルの研究してたって事?意外だな。小さい時はカエルもトカゲも小さい虫も苦手だったのに。

「結構無理矢理な感じで参加させられてたの」とハルちゃんが説明する。「いとこだったし、いろいろ世話になってたから。できるだけカエルの世話とかは勘弁してもらって、オレは薬品とかカエルから出る分泌物を調べたりしてた。大丈夫だよ、ソレ。人体には無害だから」

 ビイがいない事に気付いて早い段階でその粉を撒いたらしいので、塾長の家の敷地からは出てないと思うとミノリ君は説明した。



 結局私は塾長のあの綺麗な奥さんの長靴を履かされて、塾長の家の庭の4隅の一つにスタンバイしている。今から3人でそれぞれが立っている庭の隅から、竹製の細い棒で軽く地面を叩きながらビイを追いこんでいくという作戦だ。

 配置に着く前にミノリ君が言った。「りっちゃんごめんね。せっかくデートだったのに。早く終わらせて出かけようね」

「「…」」無言の私とハルちゃん。

私は気まずく、ハルちゃんはニヤニヤしている。嫌な感じだ。

「ね?」それでもニッコリ笑うミノリ君。「夕べ兄ちゃんと一緒にいたってオレとの約束はそのまま守ってもらうから。ね?」

ハルちゃんが何も言わなきゃいいと思うが、言わないわけがない。

「お前超気持ちわりぃ。なんか可愛くていじらしいみたいな感じを出してるつもりかもしれないけど、リツはそんなんじゃ何も心動かされないから」

「いいから兄ちゃん早くじいちゃんの雨靴履きなよ。おせぇよ準備が」

「探さねぇぞ、お前のカエル」

「厳密にはオレのじゃねぇよ。リョウちゃんのだよ。リョウちゃんに告げ口するよ?ちゃんと捕獲してくんないと」

「偉そうに言うな、お前が逃がしたくせに」

「逃がしてねぇよ。自分から逃げたの!蓋もしてたのに、朝になったら蓋押し上げてた。ビイの力半端ねぇ。カブトムシみてぇ。ねぇ?りっちゃん」

いや、私よくわかんないけど。


 「りっちゃん?」ミノリ君が私を見つめ少し首をかしげる。「どうしたの?元気ないね。夕べ兄ちゃんに無理矢理されたの?」

「…」

そういう変な言い方するの止めて欲しい。それでも意に反して赤くなってしまっているのが自分でわかる。

「無理矢理じゃない」とハルちゃんが言ったが、言わなくていい事も続ける。「夕べもリツから泊まれって言ってきたし」

「ふうん…」じっと私を見つめるミノリ君。

 うつむく私だ。

「そうなんだ~~。オレにも言ってきたよね~~『私の行きたいとこに行くけど帰りたくなっても途中で帰っちゃダメ』って。いやだな~~まさかその夜に兄ちゃんを泊めてるなんて知らずに、オレはものすげぇ楽しみにしてたのに…」

 ここで、ごめん、とか言うのもおかしな話だ。

「あ~~そうかぁ…オレに『ねえちゃん』て呼べって言ってたのはそういう意味?ひどいねぇ気を持たせて」

私はぶんぶんと首を振る。


 「まぁね~~しょうがないのかな~~」ミノリ君が嫌味ったらしく私を非難し続ける。「兄ちゃんが誘ったら誰でもうんて言ってついてっちゃうだろうね~~りっちゃんでもさ。無理ないよりっちゃん」

「誰にでもそんな事するか」とハルちゃんが言う。「それに誘って来たのはオレじゃないの。リツの方なの」

「ハルちゃん止めて」

「まぁでも約束だから、今日は」とミノリ君が言う。「りっちゃん、気持ち切り替えてよ?例え夕べ流されて兄ちゃんとエッチしてたって今日のデートは予定通りりっちゃんの行きたいとこつれてってよ?」

「してない!」慌てて否定してしまう。「…そこまではしてない。早くしないとビイ逃げちゃうんじゃないの」

「『そこまで』って何?何されたの?」

ハルちゃんがニヤッと笑って言った。「オレとリツはちゃんとしたチュウしたから」

「止めて」とハルちゃんを止める。それ以上しゃべるな。

「あ、そう」

気のない返事をしたミノリ君に、なぜかむきになるハルちゃんが続ける。「アレはほぼエッチと同じようなチュウだったから」

びっくりする私だ。何を言い出すんだ、自分の弟に。

「ちょっと、ほんと止めて」

でもハルちゃんは止めない。「夜空の下で、ほぼエッチと言ってもいいくらいのすげぇ濃厚な…」

ガッッ!とこぶしでハルちゃんのわき腹をどついてしまった。

 うっ!とうめくハルちゃんを思い切りミノリ君が笑った。


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